最期
ぼんやりとしか見えないが、この骨ばった右手を両手で包むように握っているのは母親だ。涙を滴しすがるように白いシーツのすぐ上で祈るように額に軽く押し当てている。
実際奇跡を願っている。何度も本当は五体満足に健康そのものです! という不謹慎極まりないドッキリでした、なんて事を望んでいた。
しかし実際はベッドに横たわる我が子が元気になるどころか呆けた老人のように力無く天井を眺めているだけだ。起き上がるどころか呼吸すらままならない状態で、突然左手が動いた。
か細い腕が邪魔だと言わんばかりに口を覆う酸素マスクを外し、突然の出来事にその場にいた医者、看護師が慌てて戻そうとするが構うこと無く母親にやつれた顔だけ向ける。
「笑って。……さいごぐらいは、笑ってほしい」
涙で顔を濡らした女性は驚いたような表情をしたが、全て諦めたかのように一度うつむいてから笑顔を作る。唇の端が震え、涙が止まらないが、それでも彼女にとっての精一杯の笑顔を作った。
それを見た余命数秒の病人は安堵したのか、肺がもう持たないのか、大きく息を吐いて心臓が止まった事を知らせる音が病室に無情にも響いた。
長瀬寿は17年と三ヶ月程度の人生を終えた。