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 結婚してから二か月経った頃。


 私はいつものように市場に買い出しに来ていた。


 すると、背後から声をかけられた。


「……あの。奥様」


 私は振り向いて声の主を見る。若い女性だった。


 私は応える。


「何か?」


 女性は躊躇とまどっているのか、少しずつ言葉を紡ぐ。


「あの……。私は、ロザリーと申します。

 実は、奥様にお話がありまして……」


 私は怪訝けげんな顔をする。


「お話?」


「あの、ケヴィン様のことで……」


 途端に私は眉をひそめた。悪い予感がする。


 しかし、聞かないわけにはいかないだろう。


「こ、ここでは何ですので。カフェで伺います」


「はい……」


 そうして、私達はカフェに向かったのだ。





 カフェの席に着いて、私は口を開いた。


「それで? 夫とはどういう関係かしら?」


「はい……。実は、私はケヴィン様とお付き合いさせていただいておりまして……」


 私の顔は凍りついた。


「いつから?」


「はい……。二年になります……」


 その言葉は私を打ちのめした。


 ──二年!? 私とケヴィンはまだ出会って半年にも満たないというのに!?


 私は激昂しそうな自分を抑える。


「ということは、私が夫と婚約する前から夫とあなたは付き合っていたのね。

 しかも、私が婚約してからもずっと!」


 ロザリーは俯いて答える。


「はい……。申し訳ありません……」


 ──なんということだ。ケヴィンは私をずっと裏切って来たのだ。


 そして、ロザリーがとどめの一言を口にする。


「実は……。六か月なんです……」


「え……?」


「赤ちゃんが出来たんです……」


「そんな……」


 私は青ざめた。


「私、赤ちゃんが出来てから、赤ちゃんのことを真剣に考えるようになりました。

 この子は婚外子になります。

 私生児に対して世間の目は厳しいです。

 それだとまずいんです」


 ロザリーは矢継ぎ早に言葉を繰り出し始めた。


「ちょ、あなた何を言っているの?」


「ケヴィン様はお金を出してくれるって言っていますが、今までも満足にお金をくれたことなんてなかったんです。

 私、親に頼れないので、生活が苦しいんです。

 私、この子を幸せにしてあげたいんです」


 私はついに感情が抑えられなくなった。


「わ、私によくそんなことが言えるわね!」


「あなたは侯爵家のご令嬢です。お金持ちなんでしよ!

 ケヴィン様はあなたの資産目当てで結婚したって言ってました!」


「な!?」


 ──この女は、どれだけ私を打ちのめせば気が済むのか!


「こんなこと言えた義理じゃないのは分かっています。

 でもどうか、私を支援してください。

 私にお金を出すように、ケヴィン様に言って下さい。

 あなたの家名の名誉のために!」


 ──何なの!? この馬鹿女は! なぜ夫に裏切られた私が愛人に協力しないといけないのか!


 私は、頭の中をドス黒い感情が渦巻くのを感じた。


 怒り。


 嫉妬。


 恨み。


 ありとあらゆる負の感情が私を支配する。


 憎い。


 憎い。


  にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい! にくい!


 そして私は。


 悪魔になったのだ──。





 いつものように、邸宅にケヴィンが仕事から帰って来た。


 私は今夜もケヴィンと夕食を共にする。


 食卓で、ケヴィンは私に微笑んで聞いてきた。


「さあ、今日の献立は何かな?」


 私も微笑んで返す。


「今日はコース料理ですの。ちょっと変わっていますが、肉尽くしコースですわ。

 腕によりをかけて作ったので、是非召し上がっていただきたいです」


 ケヴィンは目を輝かせる。


「ほう。それは楽しみだ。早く食べたいね!」


「うふふ。今、持って来てもらいますわ」


 私はメイドに指示して、皿を運ばせた。


 ケヴィンの前にソテーされた肉が並ぶ。


「おお。美味しそうだ」


 が、私の前には料理はない。


「あれ? 君は食べないのかい?」


 私は答える。


「ええ。私、お肉が苦手になりましたの。どうぞ、気になさらず召し上がって下さい」


「そうか。ではいただこう」


 そう言ってケヴィンはナイフで切り分けて肉を口に運ぶ。


「んーー! 美味しい! 何て美味しいんだ!」


 ケヴィンは次から次へと肉を口に運ぶ。


「美味しい、美味しい! 本当に美味しい!」


 私は微笑む。


「それは良かったですわ」


「しかしこれは何の肉だい? 牛ではない。勿論、豚でもない。うさぎかな?」


「はずれですわ」


「じゃあ、子羊かな? この柔らかさはきっと子どもの肉だ」


「ふふ。当たりですわ。子どもと言う点では。ですが羊ではございません」


「ほう。では一体、何の肉なのかな?」


「あなたの良く知る肉ですわ」


「良く知る? うーむ。思いつかないな」


「ふふ。お分かりになりません? 実はロザリーさんと言う方からいただいた肉なんですよ」


 それを聞いた途端、ケヴィンの顔は凍りついた──。


「ロ! ロザリー!?」


 ケヴィンは声が裏返った。


 私は悪魔のような笑みを浮かべる。


「あら、お知り合いでした? でしょうね。長い付き合いのようですし」


 ケヴィンはしどろもどろで返す。


「ま、ま、待ってくれ、ヴィヴィアンヌ。せ、説明させてくれ!」


「大丈夫ですよ。もう全て知っていますから。

 ロザリーさんが今際いまわの際に教えてくれましたから」


 ケヴィンはさらに驚いた表情を浮かべる。


「い、今際の際!? どういうことだ!?」


「かわいそうに。赤ちゃんが大事だって言っていたのに。

 ロザリーさんは赤ちゃんと会えなかったですわね」


「な、な、な! き、君はロザリーに何をしたーっ!?」


 私は一言。


「殺しましたわ」


 ケヴィンは絶望の表情を見せる。


「な、な、な……!?」


「でも、せめてもの情けをかけてあげましたよ」


「君は何てことを!」


 私は無視して続ける。


「赤ちゃんを父親に会わせてあげました」


「は、はぁ!?」


「父親はとても喜んでいましたよ。

 嬉しそうに、何度も何度も言っていましたね」


「え……?」


「美味しい、美味しい。って」


 それを聞いた瞬間──。


 ケヴィンは声を失った。


「ま、まさか……この肉は……!」


 私は何も言わず、ただ微笑む。


 ケヴィンはそれで理解したようだ。


「そ、そんな。じゃあ、私は自分の子どもを食べたのか!?」


 途端にケヴィンは顔が真っ青になった。


「お、おぇ」


 私はケヴィンをいさめる。


「あら、大切な命を吐くなんていけませんわ」


 ケヴィンは耐えられない様子。


「おぇぇぇぇ」


 ケヴィンは床に手を着いて吐いた。


「うっ、うっ、うっ……」


 ケヴィンの顔は涙と吐瀉物としゃぶつでぐちゃぐちゃだ。


「……き、君は、何てことを……。君は人間じゃない。悪魔だ……」


「そうね。あなたが私を悪魔に変えてくれましたわ」


「こ、こんなことをしてただじゃ済まないぞ! 私は絶対にお前を許さない!」


 私は意に介さない。


「あら、あなたは何か勘違いしていますわね」


 ケヴィンはキョトンとする。


「……勘違いだと?」


「今日の料理はコース料理で、肉尽くしだと言いましたわね」


「はぁ?」


「実は、まだメインは出て来ていませんの」


 そう言うと私は立ち上がる。


 私は、床にうずくまっているケヴィンに歩みよった。


 そして私の手には、テーブルの下に隠し持っていた包丁が握られている。


 ケヴィンは私を見上げて狼狽うろたえた。


「ま、待て、ヴィヴィアンヌ。話し合おう……」


 私はケヴィンを見下ろして言う。


「メインのあなたはどんな味がするのか、楽しみですわ──」





 それから──。




 私はカフェに来ている。


 私はテーブルの対面に座る人物に話しかけた。


「これ、お金よ。大事に使いなさい」


 そう言って私は封筒を渡した。


「ありがとうございます。本当に」


 そう言って、ロザリーは頭を下げた。


 私は言う。


「勘違いしないでね。あなたのためじゃない。

 子どものためよ。子どもに罪はないわ」


「はい。奥様はお優しい方です」


「もし子どもが無事産まれてきたら、精一杯愛してあげて。

 父親には頼れないけれど、誰かさんみたいなクズにはならないように育てなさい」


「はい。お約束します」


 そこで私は立ち上がる。


「じゃあ、私はもう行くから。体を大事にね」


 そう言って私はカフェを出ようとする。


 そこでロザリーが私に声をかけた。


「あ、あの……、奥様……」


 私は振り向いて。


「何かしら?」


「あれから、ケヴィン様の姿が見えないのです。ケヴィン様は無事なのですか……?」


 私は微笑んで答える。


 精一杯。


 天使のような笑みで。


「まだ、食べてないわ」



読んでいただきありがとうございました!

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