上
結婚初夜は、正直言うと物足りななかった。
私にとって初めての体験だったから、緊張もしたし恐れもあったけれど、私の想像ではもっと愛を感じるものだと思っていた。
けれど──。
「すまない。ヴィヴィアンヌ。私はなんだか疲れているようだ」
ベッドの上で私に覆いかぶさった夫が言った。
夫が果てた様子はない。私もまだ満足できていない。でも、ここは夫を気遣うべきだと思った。
「いいえ。私は大丈夫です。ケヴィン様。どうか無理をなさらないで」
私がそう言うとケヴィンは微笑んだ。
「ありがとう。申し訳ないが、もう寝るよ」
「え……」
もう寝るの? と、戸惑う私をよそに、ケヴィンは私の隣でゴロンと横になると、早々に寝てしまった。
──体を重ね合わないのなら、せめて愛を語り合うなりして、二人の中を深めたかったのに……。
その夜はそんな風に思ったものだ。
というわけで、初夜は素敵なものにならなかった。
でもまあ、この結婚は親が勝手に決めた結婚で、私達はまだお互いをよく知らない仲なのだ。
──これから時間をかけて愛を深めればいいじゃない。
その時はそう思っていた。
私は男性と付き合ったこともなかったし、結婚というものは忍耐だと聞かされていたから。
*
それから一週間。
市庁舎に務めるケヴィンの帰りは遅かった。
夕食は出来るだけ一緒にとるようにしたが、ケヴィンは「私の帰りを待たずに先に食べなさい」と言って私と席を共にしようとはしなかった。
そして夜の営みもさっぱりだった。
私はベッドで待っていたのだが、疲れているのか、ケヴィンが事に及ぼうとする気配はなかった。
それどころか、私と語り合うことも、お互いの仲を深めようともしてくれない。
──まるで私に興味がないみたい。
私はがっかりした。
*
ある日、私はメイドに付き添ってもらい、町の市場に出かけた。
市場には、瑞々しい旬の野菜が並んでいる。
私は野菜を見て感嘆した。
「まあ、美味しそうなカブね。ポタージュにしたいわ」
私が言うと、八百屋の店主が応える。
「おや、貴族の奥方様は料理をなさるので?」
「ええ。私は幼い頃から料理が趣味だったの」
「では旦那様はさぞかし幸せでしょうな。男は美味い料理を作る女には目がないからね」
私はそれを聞いて思案する。
──私が手料理を振る舞えば、ケヴィンはもっと私に興味を持ってくれるかもしれない。
私は店主に言う。
「そのカブをいただくわ」
「へい、毎度あり」
そうして私は邸宅に帰ると、料理に取り組んだのだ。
*
夜になってケヴィンが帰ってくると、私は共に食卓に着いた。
ケヴィンが言う。
「先に食べていなさいと言ったのに」
私はばつが悪そうに応える。
「申し訳ありません。でも、ご一緒したかったのです……」
私はそう言うと、私はメイドに私の料理を運んできてもらった。
料理を見たケヴィンが呟く。
「おや、良い香りがする。食欲をそそられるね」
料理に興味をもってもらえたことに、私は気をよくした。
「実はそのポタージュは私が作りました。ケヴィン様はお疲れのようなので、精のつくスパイスを入れてみました」
「なんと。君に料理が出来たとは」
驚いた様子のケヴィン。私は恥ずかしくて俯いた。
ケヴィンはスプーンを手に取る。
「ふむ。ではいただくとしよう」
そう言うとケヴィンはポタージュを口に運んだ。
すると、ケヴィンの顔が和らいだ。
「うん、美味しい! 絶妙な味わいだ。スパイスがカブを引きたてている!」
その言葉は、私の顔を綻ばせた。私は照れながら聞いてみる。
「あの……。ケヴィン様が喜んで下さるなら、これからも作りましょうか……?」
するとケヴィンは微笑んで。
「ああ、それは嬉しいね。これほどの料理なら毎日でも食べたいよ!」
私は素直に嬉しかった。
私の存在価値を認めてもらえたような気がした。
──きっと私の料理を通じて二人の愛情を育むことが出来るはず!
私は意気込んだ。
それから私はケヴィンに喜んでもらおうと、毎日、料理に勤しんだのだ。
*
肉に、魚に、野菜。
私は厨房のシェフに手伝ってもらって、いろんな料理に挑戦した。
私の料理の腕が上がると、次第にケヴィンは早く帰宅するようになった。
そして、夜の営みも少しずつ増えて行った。
ケヴィンは奥手なのか、甘い言葉はかけてくれなかったけれど、体を重ねる内に私は彼を愛するようになった。
──最初はどうなることかと思ったけれど、順調に愛が育っている気がする。
このまま行けば、きっと赤ちゃんを授かって、円満な家庭を築けるわ。
そう思っていた。
その時は。
けれど、後になって私は気づかされるのだ。
私が馬鹿だったと。
そして、ケヴィンはとんでもないクズ男だったんだと。