□■第8話 手の平返し■□
夜が明け――翌日。
お世話になった村の人々に見送られながら、クロス一行は出立した。
冒険者ギルドへと戻り、任務の報告をするためだ。
「マザー……ですか?」
そして、帰ってきた大都。
冒険者ギルドにて、クロス達は担当の受付嬢に任務の達成報告を行っていた。
「洞窟の奥にガルガンチュアのマザーが潜んでいて、大量のガルガンチュアの発生はそれが原因だった、と……」
マザーがいたという報告に関しては、やはり俄に信じがたい様子だ。
「一応、証拠は持ち帰ってあります」
クロスは、受付嬢に回収したマザーの《核》――巨大な《魔石》を運び込んで見せた。
エレオノールが『回収するのです!』とうるさかったあれだ。
その《魔石》を目の当たりにすると、受付嬢は驚愕に目を見開く。
テーブルの上に置かれた、岩石ほどもある《魔石》は、周囲の視線を嫌が応にも集めてしまっている。
最初こそ、報告を行っているクロス達を冷やかし気味に眺めていた他の冒険者達も絶句し、徐々にざわめきが大きくなっていく。
「こ、こんなに大きな《魔石》、見たことがない……」
ハッと意識を取り戻した受付嬢が、半信半疑の様子で《魔石》を見回す。
「ま、まさか本当に、マザークラスのモンスターを討伐したのですか?」
「はい」
『さっきからそう言っているでしょうが!』
頭上のエレオノールがふんふんと拳を振って騒いでいる。
「さ、早速、鑑定士に見てもらいます!」
そう言うと、受付嬢はギルドの奥から一人の男性職員を連れてきた。
片眼鏡を掛け、頭髪を撫で付け口髭を整えた、理知的な雰囲気の男性だ。
どうやら、彼が鑑定士という役職の方らしい。
「ふむ……」
鑑定士の男性は、背広の内ポケットからルーペを取り出すと、《魔石》を隅から隅へ、観察していく。
「ど、どうですか? マジもんですか?」
あたふたしながら、受付嬢が問い掛ける。
鑑定士は一通り《魔石》を眺め終わった後、ルーペを畳み背広の内側に仕舞うと、優雅に一息吐き――。
「……マジもんです」
冷や汗を流しながらそう言った。
ギルド職員達、動揺しているのか言葉遣いがみんなおかしくなっている。
「し、失礼致しました! この度は、任務達成、ガルガンチュアのマザー討伐、お疲れ様です!」
受付嬢と鑑定士は、揃ってクロス達に頭を下げた。
どうやら、冒険者ギルド側も信じてくれたようだ。
「しかし……これは、とてつもない事ですよ! 本当にマザーを倒したというなら、そんなのA級、S級の冒険者に匹敵する実績です! そうじゃなくても、これほど巨大な《魔石》を回収してきたことだって、大功績です!」
興奮したように捲し立てる受付嬢。
どこか尊敬というか、畏敬の念が迸る目で、クロス達を見詰める。
「え、えへへ……」
「なんや、こんな扱い受けたことないから、気恥ずかしいな」
そう言われ、マーレットとミュンは照れたように笑い。
「ふふっ……」
ジェシカは、熱い視線をクロスに向ける。
「流石はクロス様だ」とでもいうような視線である。
周囲でざわめく冒険者の数も、どんどん増えてきている。
「あの、それで……今回の報酬に関することなんですが」
おずおずと、受付嬢が口を開いた。
「あまりにも規格外の成果ということもありまして、ちょっと判定に時間が掛かってしまいそうなので、数日ほどお待ちいただければと思うのですが……」
「あ、はい、後日になるのは承知の上なので、大丈夫ですよ」
「も、申し訳ありません」
ギルドの受付嬢も鑑定士も、平身低頭だ。
初日の頃と態度がまるで違う。
更に――。
「な、なぁ、あんた」
野次馬の冒険者達の中から抜け出て、ある男がマーレットに声を掛けてきた。
「覚えてるか? 前に、俺、あんたに勧誘されたの」
「あ……」
その男の顔を見て、マーレットは思い出したようだ。
彼は、以前マーレットがパーティーに勧誘し、無碍に断られた冒険者の一人だった。
「あんた達、すげぇ冒険者だったんだな。なぁ、是非俺も仲間に入れてくれよ」
「あ、待てよ! なら俺も!」
「俺だって!」
「な、前に声かけてくれたの覚えてるか!?」
その男の発言を皮切りに、次々に冒険者達がマーレットに駆け寄ってきた。
「こいつら、ちょっと前までウチらのこと見下してた奴等やで」
そこで、ミュンがおかしそうにクロスへと囁く。
「ありがとうございます、でも……」
一方、マーレットは、擦り寄ってきた男達にはっきりと、胸を張って言い放った。
「私達には、もうクロスさんがいるので、大丈夫です」
「クロス?」
「今回も、前回も、私達の任務達成の立役者はこちらのクロスさんなんです!」
そう言って、マーレットがクロスを紹介する。
「えーと、どうも……」
ぺこりと頭を下げるクロスに、男達は怪訝な視線を向ける。
「こいつ……確か、一昨日入ったばかりの新人だろ?」
「まだGランク冒険者じゃねぇか」
「見たところ神父、か?」
「《神聖職》ってことは……多少《光魔法》が使える程度の、ただの回復・支援役だろ?」
「こんな奴のどこかすげぇんだ?」
「もしかして、からかってるのか?」
男達は、馬鹿にしたような視線と言葉をクロスに向ける。
瞬間だった。
目にも留まらぬ速さで剣を抜き、ジェシカが切っ先を先頭の男の首元に突き付けた。
「貴様等、クロス様に対する暴言の数々、見過ごせないぞ」
「く、クロス様?」
男達がざわめく。
「聞いたか? あの男嫌いのジェシカが、様付けで呼んでんぞ……」
「あいつ、マジで一体……」
「ジェシカさん、落ち着いてください」
怒りを見せるジェシカを、クロスが慌てて宥める。
「行こう、クロス様」
「行きましょう、クロスさん」
「行こか、クロやん」
クロスは三人に引っ張られ、ざわめく冒険者達の間を通っていく。
「で、ではまた後日! 報酬が決定しましたらお伝え致します!」
受付嬢の声を背中に受けながら、四人は冒険者ギルドを後にした。
「ところで、行くというのは?」
外に出たところで、クロスが三人に問う。
三人は顔を見合わせ、クロスに笑顔を向けた。
「実は、今朝村を出る前に三人で話し合いまして」
「今日は、慰労会しようということになったのだ」
マーレットとジェシカが言う。
「慰労会?」
「任務達成、それと……」
ミュンがクロスの肩に腕を回す。
「クロやんの歓迎会やな」
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「「「かんぱーい!」」」
と、いうわけで。
都の街中にある酒場へとやって来た四人は、早速宴会となった。
麦酒の注がれたグラスをぶつけ合う。
酒を飲み、ご馳走に舌鼓を打つ。
『いやぁ、いいですねぇ、できるなら私も一緒に呑みたいくらいですよ』
クロスの後方で浮遊しながら、エレオノールは面白そうに宴会の様子を眺めている。
「ごめんなさい、僕等ばかり……というか、僕はお酒が飲めないので料理だけですが」
『いえいえ、気にしないでください。それよりも、クロス。皆さんが、何か言いたげですよ』
「なぁ、クロやん」
お酒も進み、少し顔を赤くしてへべれけになっている三人。
その中から、小首を傾げながらミュンが尋ねてくる。
「そういえば気になってたんやけど、前からクロやん、そうやって時々誰もいない空中に話しかけてるやん? それってなに? お化けでも見えるん?」
「えーと、それは……」
「クロス様には、神聖教会の信仰する女神様の姿が見えて会話もできるそうだ」
ジェシカが、ふふんっと、何故か得意げに言う。
「そうなんですかぁ?」
マーレットは少し左右に揺れている。
「あ、えーっと、一応……」
「すごぉい! やっぱりぃ、クロスさんは只者じゃないんですねぇ!」
興奮混じりに、マーレットは騒ぐ。
信じてくれた……。
いや、だいぶお酒が入っているから、正常な判断力が働いていないだけかと思うが。
「でもぉ、神聖教会を抜けたのにぃ、どうして今も女神様と会話ができるんですかぁ?」
「えーっと……」
「きっと、女神様もクロス様に惚れ込んでいて、神聖教会を捨てて付いて来てしまったのだ」
ジェシカが、グビグビと麦酒を飲みながら言う。
「あはははー、なるほどぉー」と、ミュンとマーレットが笑う。
何気に正解である。
「……クロスさん」
「はい?」
「ありがとうございます」
「ありがとな、クロやん」
「感謝している、クロス様」
そこで、一転して真面目な雰囲気になり、皆がクロスに感謝の意を告げた。
「クロスさんのおかげで、私達、色んな事が上手くいっています。任務も受注できて、成果も出せて……全部、クロスさんのおかげです」
「いえ、僕だけの力ではありませんよ」
そんな彼女達に、クロスは応える。
「そもそも、僕をパーティーに誘ってくれなかったら、僕は一人のままだった。きっと、任務すら受けられなかったと思います」
「でも、私達は実力的にも役に立っては……」
「そんなことありません。皆さん、実力は確実にあります」
クロスは三人を見回す。
「マーレットさんには、広い視野と《魔法拳銃》の射撃の腕が。ミュンさんには、鍛え上げられた体術とスピードが。ジェシカさんには、冷静な判断力と正確無比な剣術が。けれど、三人とも境遇や環境のせいで、心理的な負荷がかかっていた」
リーダーとしての責任を背負っていたマーレットは、視野が狭まり常に緊張感でいっぱいだった。
一生懸命な性格を周囲に疎まれていたミュンは、手を抜いて実力を抑えるようになった。
誰にも馬鹿にされたくない……特に、男に対して対抗意識を燃やしていたジェシカは、荒く派手で大振りな攻撃ばかりをしていた。
「皆さんには、もともと実力がありました。それが、周りの影響のせいで蓋がされてしまっていた。これからもっともっと、皆さんは強くなれるはずです」
クロスの言葉を聞き、三人は赤く染まった顔を、更に赤くする。
「んにゅぅ……すっごくウチ等のこと見てくれてるやん……なんかハズいわ」
ミュンが頬を掻く。
「クロスさん、きっととても素敵な神父様だったんでしょうね」
マーレットが目尻を落とし、とろんとした目を向ける。
「優しくて、人の心を導いて、救ってくれる……どうして、こんなに素敵な方を追放なんて……」
「馬鹿な連中しかいなかったのだろう、神聖教会の上層部は」
ふんっと、ジェシカが酒を飲みながら悪態を吐く。
「でなければ、クロス様ほどの御仁に不遇な処遇を与えるなど、神にも許されぬ悪逆をするはずがない」
「せやせや、アホばっかりなんや、神聖教会は」
「あははっ、あほー、あほー」
三人は、神聖教会への文句で盛り上がり出す。
「み、皆さん、ちょっと落ち着いて……」
神聖教会はこの国随一の宗派。
その信徒は多い。
この酒場の客達の中にもいるかもしれない。
こんな発言を下手に聞かれたら問題になると、クロスは皆を窘める。
「………」
しかし、三人の言葉を聞いて思い返してみたが、確かに自分は神聖教会の上の人間達の不興を多く買っていたのかもしれない。
《邪神街》の出身を黙っていた件等は切っ掛けの一つで、本当は煙たがられ、嫌われていたから、追放させられてしまったのだろう。
クロスは、溜息を吐く。
「……教会のみんなは、元気にしているだろうか……」
ふと、同僚の神父や職員、シスター達の姿を思い出し、クロスはそう呟いた。
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