□■第7話 剣士ジェシカ■□
「ジェシカさん……」
《光膜》で足場を作り、沈下した穴の底に到達したクロス。
足下のジェシカは、胸部に巨大な穴を空けられている。
重傷だ。
「………」
クロスは振り返り、ガルガンチュアのマザーを見る。
マザーは、自分の足先の一撃が容易く弾かれたことに、少なからず驚いているようだ。
『うわぁ……大き過ぎませんか、これ……』
「女神様」
ジェシカの傷は、一刻も早く《治癒》が必要だ。
その為には、この目前のガルガンチュアを即刻片付ける必要がある。
しかし、この巨体……《光刃》や《光球》等の通常攻撃では、削るのに時間がかかってしまう。
そこで、クロスはエレオノールに言った。
「あれをやりましょう」
『あれ……おお!』
クロスがそう言うと、エレオノールはその顔を輝かせ、一気にテンションを上げる。
『遂に、あれをお披露目する日が来たのですね!』
クロスは構えを作り、自身の魔力を練り上げる。
今までに無く、全力で。
『では、行きますよ! クロスと私の共同作業!』
そう叫ぶと同時、エレオノールの姿が光となって変形し――クロスの手の中に収まる。
――クロスの手中に、弓が握られていた。
白色と金で装飾の施された、神々しい気配を纏う巨大な弓。
「な……」
途絶え掛けの意識の中、その光景を見ていたジェシカが呟く。
「まさか……《極点魔法》、なのか」
「待っていてください、ジェシカさん。すぐに終わらせます」
クロスは弓を構える。
目前には、ガルガンチュアのマザー。
「《天弓》」
クロスの間近の空間に、七本の光の線――七本の矢が現れる。
クロスはその中から、赤く光る矢を選び、弓に番えた。
「《赤矢》」
灼熱を矢の形に圧縮したような、煌煌と輝く矢だった。
『いいですか、クロス! 《核》は破壊してはいけませんよ! これだけの大物の《核》は、相当な《魔石》になるはずです! 絶対にゲットするのです!』
弓からエレオノールの声が聞こえた。
「わかりました、火力は極力抑えます。洞窟を崩すわけにもいきませんので」
瞬間、クロスは矢を放つ。
炎熱の矢は、暗闇の中に赤い軌跡を残し、真っ直ぐ瞬く間にマザーの体に着弾し――。
――マザーの体が、津波のような炎熱に飲み込まれた。
「ギ――」
悲鳴を上げる暇すら無く、その巨体が塵と灰になって舞い上がる。
神話の中の存在――マザー。
強大にして脅威、人類にとって厄災と呼んで差し支えのない、そんな災害級のモンスターは――クロスの《魔法》により一瞬にして焼滅した。
「………」
「お待たせしました」
その光景を前に唖然とするジェシカの傍に膝をつき、クロスは《治癒》を施す。
しばらくの後、ジェシカの胸部の穴は、完全に塞がった。
『クロス! 《魔石》です! この《魔石》を持ち帰りましょう!』
マザーの残骸の中から岩ほどもある《魔石》を発見し、エレオノールが騒いでいる。
マザーの《核》のようだ。
『それとついでに、攫われた村人が向こうにいましたよ! 食糧置き場みたいなところに糸でグルグル巻きにされて転がっていました!』
「ありがとうございます、女神様。村人の方の救出こそついでではありませんが」
クロスは、塞がった自分の胸元を、信じられないもののように触っているジェシカに微笑みかける。
「ひとまず、マーレットさんとミュンさんが上で待っています。村人の方と《魔石》を持って、戻りましょう」
「あ、ああ……いや、その」
そこで、クロスは気付く。
ジェシカは、先程のダメージもあって、上手く立てないようだ。
「面目無い……」
「大丈夫です。わかりました。では、まずジェシカさんを上に運んで、その後また降りて、僕が村人の方と《魔石》を運びます」
「え? ……きゃっ!」
言った瞬間、クロスはジェシカをお姫様抱っこする。
そして《光膜》を発動し、上へ上へと跳躍していく。
「………」
間近でクロスの顔を見上げ、ジェシカは唖然とした表情を浮かべる。
しかし、その頬は上気していた。
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というわけで、クロス達一行がガルガンチュアの巣穴より無事帰還を果たした時には、既に夜となっていた。
救出した村人と、回収した巨大な《魔石》と共に近くの村へと向かう。
ガルガンチュアを完全に討伐し、攫われた村人も救い出したことで、村の皆からも深く感謝され、村一番の宿屋を無料で提供してくれることになった。
冒険者ギルドへの報告は、疲れたので明日にしようということになった。
マザーの《核》である巨大な《魔石》も回収したので、これで報告は問題なくできるはずだ。
「今日は、よく働いた一日だったな」
客室のベッドに腰掛け、窓の外をクロスは眺めていた。
そこで、ドアがノックされる。
「……夜分遅くに、その、申し訳ない」
訪ねてきたのは、ジェシカだった。
「どうしました? ジェシカさん。まだ、どこか痛みが残ってますか?」
「いや、負傷は問題ない。完全に塞いでもらったからな」
それよりも――と、ジェシカは気になっていることがあるようで、クロスに問い掛けてくる。
「貴殿は、《極点魔法》を使えるのか?」
「ああ……はい、まぁ、一応」
マザーを一撃で屠った、あの《天弓》の《魔法》のことを言っているのだろう。
《極点魔法》とは、並外れた才能のある魔道士の中でも、更に限られた者のみにしか到達できない、究極の《魔法》と呼ばれる存在である。
多くの汎用魔法とは違い、その魔道士にしか扱えないオリジナルの性能を持つ《魔法》であり、その力は文字通り他を圧倒する凄まじい効力を発揮する。
一説によると、《極点魔法》は『魔力を司る神級の存在に認められた者』……真に選ばれた者にのみ与えられる天稟、と言われているらしい。
「一体、どのような修練の果てに体得を……」
「えーと……その、何て説明したらいいんでしょう……ある日、女神様が『必殺技を作りましょう!』と言い出しまして……適当にやっていたら出来上がったというか……」
『クロスと私の共同作業です!』
あわあわしながら説明するクロスの後ろから、エレオノールが飛び出す。
「もう、女神様、少し静かに!」
「以前から気になっていたのだが……貴殿は、いつも一体誰と会話を……」
「あ、ええと、実は僕は神聖教会の崇拝する女神エレオノール様とお話ができまして……」
って、ダメだ!
女神様が見えない彼女にそんなことを言ったら、また変な奴だと思われてしまう!
やらかしてしまっただろうか……と心配になるクロス。
しかし、ジェシカは――。
「ふふっ……やはり、貴殿は只者ではないのだな」
そう、好意的な笑みを浮かべた。
「……ジェシカさん、僕からもいいですか?」
「なんだ?」
「ジェシカさんは、僕のことを……その、嫌っていると思うのですが」
クロスも、前から気になっていた事をジェシカに尋ねる。
「最初は、僕が男であることが原因だと思っていたのですが……もしかしたら、それ以外にも理由があるのではと思いまして」
「……少し、身の上話をしてもいいか?」
クロスは、頷く。
「……私の家は、貴族だったのだ」
ジェシカは、視線を落としながら語り始めた。
「貴族……じゃあ、ご令嬢だったんですか?」
「一応な。由緒ある騎士の家系の貴族だった。私の母親も立派な騎士で、そんな母に憧れていた。しかし、母が病に倒れてこの世を去ってから、すべてが狂った。父親が神聖教会に傾倒し、のめり込み……やがて没落したのだ」
「……それは」
クロスは頭を下げる。
「申し訳ありません」
「いや、悪いのは私の父だ。怪しい教えに踊らされ、洗脳され、騙されて、家財も地位も何もかもなげうってしまった。しかし、それでも割り切れず、貴殿に当たってしまっていたのかもしれない」
ジェシカも頭を下げる。
「数々の無礼、許して欲しい。傷を治してもらったこと、命を救われたこと……何か、私に恩返しが出来るなら、させて頂きたい」
「大丈夫ですよ。気にしないでください。僕はパーティーメンバーとしての責務を全うしただけです。ただ……そうですね、恩返しというわけじゃありませんが……」
そこで、クロスはおずおずと提案する。
「僕と、仲良くしてくれませんか? 仲良しグループは嫌いなのかもしれませんが、それでも、叶うなら」
「………」
それを聞いて、ジェシカは一瞬、ポカンとする。
しかし、直後、「ふふっ」とおかしそうに笑う。
「仲良くするも何も、これから、クロス様には色々と世話になると思う」
「クロス……様?」
ジェシカは、ベッドの上で三つ指をつき、深々と頭を下げた。
「こちらこそ、よろしく頼みたい、クロス様」
「そ、そこまでしてもらわなくても……それに言葉遣いも、僕の方が新人なんですから、もう少し砕けた感じで……」
「貴殿は私の命を救ってくれた。私にとっては、神の使いだ。これくらいの敬意は払わせて欲しい」
そう言って、ジェシカは譲らない。
まるで、信仰に近い気持ちを宿しているかのように、真剣な目でクロスを見詰める。
何はともあれ、仲良くなってくれた……と解釈して、いいのだろうか。
『やっほーい! 一番お堅いツンデレ剣士ルート開拓です! 流石、デレた時の反動が一番大きいのはこういうタイプの娘ですね! これでハーレムパーティーに二歩も三歩も前進ですよ、クロス!』
クロスの後ろで、エレオノールがガッツポーズをキメている。
女神様の声が自分以外に聞こえなくて本当によかった――と、今日ほど思ったことはない。
『ふふふ……これで私の野望の成就にも着々と近付きつつありますね……』
「ん? 何かおっしゃいましたか? 女神様」
『いえいえ、なんでもありませんよ、クロス』
何はともあれ、今日はもう休もう――と、クロスは促す。
「では、失礼します、クロス様」と、ジェシカは一礼し部屋を後にした。
クロスはベッドに横になる。
パーティーに加入し、まだ二日目。
最初はどうなるかと思ったが――こうして、皆と少しは打ち解けることが出来た。
任務も着実にこなし、報酬も得て、ランクも上がっている。
「幸先は良好……なのかな」
そう呟き、クロスは静かに寝息を立て始めた。
しかし、クロスは自覚していなかった。
――彼という存在が、周囲にどれだけの影響を及ぼしているのかを。
――誰しもが、彼無しではいられないほどの影響を受けつつあるという事を。
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