□■第6話 マザー■□
ガルガンチュアの討伐。
そして、攫われた村人の救出。
以上の任務を請け負ったクロス達のパーティーは、現場へと向かっていた。
冒険者ギルドの受付嬢によると、この任務のランクはEクラス相当。
だが、前回の任務の達成で、一応クロスはFランク、マーレット達三人もEランクへの昇格がほぼ確実の運びとなっていたらしい。
加えて、この件に関しては既にクロス達のパーティーが関わっている。
なので、今回の任務受注は特例で許可が下りた――というわけだ。
「ここか……」
村人達からの証言を頼りに、辿り着いたのは森の奥の洞穴。
村人を糸で絡め取り、攫って行ったガルガンチュアを追いかけたところ、この洞穴に逃げ込んでいく姿を見たのが最後だという。
「よし、では陣形を組みながら慎重に――」
「洞穴には、私一人で入る」
事前打ち合わせをしようとしたマーレットの言葉を遮り、ジェシカが言い放った。
「え……ジェシカさん?」
「この程度の任務、我々には容易い事だと証明する」
ちらっと、そこでジェシカはクロスを見る。
「?」
「……私一人で任務を達成する。そうすれば、あの連中も偉そうな態度を取れなくなるはずだ」
先刻、自分達を煽ってきた冒険者達のことを言っているのだろう。
ジェシカはずんずんと洞穴の方に向かっていく。
「あ、ジェシカさん!」
「マジメすぎるんよなぁ、あの娘は」
去って行くジェシカへ、ミュンが嘆息交じりに呟いた。
「ジェシカさん、さっき、僕を見ていましたが……」
「きっと、前回の任務も、ほぼクロやんの活躍で達成したようなもんやって、わかってるんやろな。でも、報酬はパーティーの成果として与えられた。せやから、あのアホ共に煽られたのに加えて、自分に対する不甲斐なさもあって、ああなってるんやろ」
「………」
クロスは洞窟へと入っていくジェシカの背中を見詰める。
「……行きましょう」
呟き、クロスはジェシカの後を追う。
マーレットとミュンも、黙ってクロスの後に続く。
松明を持ったジェシカには、すぐに追い付いた。
「私一人でいいと言ったはずだ」
ジェシカは怪訝な表情で振り返る。
「この任務を、そもそも請け負うと勝手に言い出したのは僕です」
「合意は全員でした。調子に乗るな」
「すいません……でも、松明じゃあ心細いでしょう。支援役として、僕が足元を照らします」
クロスは《光球》を発動する。
暗闇が、目映い光で照らされた。
「ジェシカさんを、一人で行かせるわけにいきません!」
「というか、パーティーで受注したんやからパーティーで挑むのが道理やろ?」
マーレットとミュンも、そう言う。
二人を見回し、ジェシカは溜息を吐く。
「……勝手にしろ」
かくして、クロス達は四人で洞窟の中を進んでいく。
「警戒した方がいいかもしれませんね。ここが巣穴なのだとしたら、昨日よりも大量のガルガンチュアが出てくる可能性もありますし」
「それは無い」
クロスの想定を、ジェシカが切り捨てる。
「ガルガンチュアが大量発生しているなら、とっくの昔にもっと被害が出ている。いても数匹程度のはずだ」
「………」
ジェシカの言い分はその通りだ。
しかし、クロスはどうしても気に掛かってしまう。
そこで――。
『クロス! 来ますよ!』
頭上で、エレオノールが声を上げた。
見ると、目前の闇の中から、ガルガンチュアが二体現れた。
八つの足を動かし、低い声を発して威嚇してくる。
「よく気付きましたね、女神様」
『私は蜘蛛が嫌いなので、蜘蛛の気配には人一倍敏感なのです!』
「慈愛の女神なのに嫌いな生き物がいるんですね」
「何を一人でぶつぶつ喋っている」
エレオノールに構っているクロスを訝るように一瞥すると、ジェシカは真っ先に飛び出した。
腰の剣を抜き、二匹いるガルガンチュアの一方に単身で挑む。
「クロスさん、下がってください!」
一方、もう一体のガルガンチュアを前に、ミュンとマーレットが立ちはだかる。
「リーダーとして、クロスさんのお手は煩わせません!」
「この前は本領発揮する前やったけど、見といてや」
どうやら、二人はクロスに自身の活躍を見せたいようだ。
言うが早いか、ミュンが勢いよく飛び出し、ガルガンチュアに攻撃を仕掛ける。
蹴りが主体だ。
引き締まったしなやかな脚が、鋭い蹴りをガルガンチュアに叩き込んでいく。
速い。
昨日の戦いよりも、そして、数時間前にクロスと手合わせした時よりも、確実に速くなっている。
どうやら、彼女の中で何かが吹っ切れたのかもしれない。
枷が外れたような動きだった。
「援護します!」
そして、そんなミュンの後方から、マーレットが《魔法拳銃》で的確な援護射撃を行っていく。
彼女も、昨日とは動きが別人だ。
クロスを気に掛け緊張し、思考が硬くなって周りが見えていなかったあの時と違い、射撃の精密さもタイミングも適格だ。
「シッ!」
ミュンの蹴りを叩き込まれたガルガンチュアの頭部が、一回転する。
地面に倒れ、体の節々からドス黒い瘴気へと変換されていく。
「やった、倒した!」
「お疲れー」
ハイタッチするマーレットとミュン。
これが、彼女達の本来の実力のようだ。
一方――。
「……ふぅ」
ジェシカの方も、片付いたらしい。
胴体を切り落とされたガルガンチュアが、煙になって消滅していく。
腰の鞘に剣を戻すジェシカは、少し息を乱している。
「ジェシカさん……」
クロスは、そんなジェシカに声を掛けようとした。
その時だった。
「!」
そこで、気付く。
周囲の岩陰や天井、更に地面からは穴を掘って――大量のガルガンチュアが発生し、クロス達を取り囲んでいた。
『ヒィィィイ! く、く、蜘蛛がいっぱいぃー!』
クロスの頭に腕を回し、エレオノールがしがみついてくる。
クロス以外には見えていないからいいとして、中々恥ずかしい姿を晒している女神様である。
「ば、馬鹿な、これだけの量のガルガンチュアが、何故今まで人の目に触れることなく群生できていたんだ……」
ジェシカが、自身達を取り囲むガルガンチュアを見て、そう唖然と呟く。
確かに、彼女の言うとおりだ――と、クロスも思う。
そして、何故今頃になって人里に現れ、発見されたのか……。
しかし、相手はそんな思考を待ってはくれない。
我先にと、クロス達に飛び掛かってくる。
「くっ!」
皆が、それぞれ応戦の体勢を取る。
ミュンは体術で、マーレットは銃撃で、クロスも《光刃》と、召喚していた《光球》を駆使し戦闘に入る。
そして、ジェシカも、飛び付いてきたガルガンチュアに剣を振るう。
しかし、その時だった。
ジェシカの足下で、ビシッ――と、岩に亀裂が走る音。
「な――」
そして次の瞬間、彼女の足下が崩れ落ちた。
「ジェシカさん!」
クロスが気付き叫んだときには、彼女の体は数体のガルガンチュア達と一緒に、沈下した穴の中へと消えていた。
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「く……」
落下の最中、壁から突き出た岩石を蹴りながら衝撃を殺し、なんとか無事に着地を果たした。
しかし、落下の衝撃で体に痺れが発生する。
「だいぶ、落ちたな……」
ジェシカは頭上を見上げる。
自分が落ちてきた穴は遙か上のようで、暗闇に紛れて見えない。
「―――っっ」
その瞬間、ジェシカはおぞましい気配を察知し、すぐさま臨戦態勢を取って振り返る。
目前……暗闇の中に、広大な空間があるのがわかる。
そして、そこに何かがいる事も。
蠢くような気配を感じ取る。
まさか、またガルガンチュアの群れか?
いや、それよりも、もっと禍々しい何かがいる、気がする。
「―――」
やがて、目が慣れ、それの正体を直視したとき。
ジェシカは、言葉を失った。
――そこにいたのは、見上げるほどの巨大なガルガンチュアだった。
思わず、夢か幻かと目を疑った。
小高い丘ほどもありそうな巨体のガルガンチュアが、オレンジ色の八つ目でこちらを見下ろし、鎮座している。
「まさか、嘘だ……」
そこで、ジェシカはある可能性を口にした。
「これは、《マザー》なのか?」
マザー。
通常、モンスターは《魔石》を《核》とし、そこに瘴気が纏わり付き凝縮されて発生する、生物に似た性質を持つ自然災害のようなものだ。
マザーとは、そのモンスターが長年をかけて成長して誕生する、自らもモンスターを生み出し支配する力を持った、強大な存在。
しかし、ありえない。
モンスターがマザークラスになるには、数十年、場合によっては数百年の時が掛かるといわれている。
そんな長きに渡り、モンスターが人の目にも触れず、駆除もされずに生き延びるなど、現在の世界ではあり得ない。
少なくとも、今では書物の中でしか語られない、過去に猛威を振るった伝染病等と同じ扱いの、いわば伝承の中の存在だ。
だが、マザーが実際に存在したとするなら、納得がいく。
先程見た、大量のガルガンチュアが発生した理由だ。
あのガルガンチュアの群れは、このマザーが生み出した。
子供のガルガンチュアはマザーに餌を運び、その食い残しを食らう。
そのおこぼれにも恵まれなかった子供が、餌を求めて人里までやって来て、家畜や村人を襲ったのだ。
「はぁ……はぁ……」
見上げた先――八つの巨大な目が、自分を矮小なもののように見下している。
剣を握った手が、震える。
相手は神話の中の存在。
自分一人で敵う相手ではない。
いや、パーティー全員でも無理だろう。
それでも――ジェシカは。
「マーレット! ミュン! ガルガンチュアの巨大な個体がいる! 私が時間を稼いでいる内に、攫われた村人を探し出してくれ!」
届くかどうかはわからないが、叫ぶ。
そして、目前の強大な敵に、飛び掛かった。
仲間達の逃げる時間、それと、攫われた村人を救出できる時間も確保できれば、と。
無謀だとわかっている。
それでも――。
しかし、戦力差は歴然だった。
いくら剣を振るおうとも、マザーの巨木ほどもある足先には、かすり傷を負わせるのが精一杯で――。
まるで羽虫を払うように、マザーは足先をゆっくり動かす。
気付いた瞬間、ジェシカの胸を、その鋭利な足先が貫いていた。
「かは………」
胸筋をえぐられ、鮮血が吹き出す。
口の中に血が逆流する。
肺に穴が空いたとわかった。
致命傷を負い、ジェシカは仰向けに倒れる。
「母上……」
暗闇の中、ジェシカは体から熱が失われていくのを感じながら、うわごとのように呟く。
「私は、あなたに、少しでも、近付けただろうか……」
そんなジェシカに、マザーの爪先が、無慈悲に、無感動に、振り下ろされる――。
「ジェシカさん!」
――ジェシカの前に降り立ったクロスが、《光膜》でその一撃を弾き飛ばした。
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