□■第45話 凶弾■□
「な……」
突如、地響きが起こったと思ったら、頭上の地盤が崩れ落ちてきた。
地下牢にいたクロスとマーレットは、その現象に溜まらず驚く。
降り注いでくる土砂や落石を、クロスは《光魔法》――《光膜》で防御する。
「クロスさん! 大丈夫ですか!?」
「ええ、なんとか」
一方で女神エレオノール顕現の為に魔力を使っているので、結構な負担ではあるが……何はともあれ、やがて崩落は止み、クロスは《光膜》を解除する。
「なんだったんだ……」
最早、牢獄も何もあったものではない。
頭上から差し込む日の光が、目前の風景を照らす。
崩れ落ちた地面や岩盤が積み重なって、土砂山が出来上がっていた。
土煙が蔓延し、視界も満足に確保できない。
「クロス神父?」
すると、近くの土煙の中から声が聞こえた。
よろよろと現れたのは、アルマだった。
「シスター・アルマ! どうしてここに!?」
「クロス神父が捕まっているという話を聞いて、助けに来たの」
アルマは、ふらふらとクロスの前まで歩み出る。
そして、「クロス神父の顔を見たら、ホッとしたわ」と言って、もたれかかるように体重を預けてきた。
クロスはアルマを抱きかかえる。
「ミュンちゃんやジェシカちゃん、それに狼の獣人のボスも一緒よ」
「ベロニカも? でも、一体どうして僕が神聖教会に囚われているとわかったんですか?」
「ええと、なんとかっていう魔女の人が、クロス神父に盗聴器を仕掛けていたと聞いたわ。クロス神父、ストーカーに狙われていたのよ。用心しなければダメよ」
「………」
魔女……。
もしかして、モルガーナか?
詳細は不明だが、クロスが神聖教会に捕らえられたことをモルガーナが突き止め、皆と協力して助けに来てくれたようだ。
「そうか……モルガーナには感謝しないと」
「人が良すぎるわ、クロス神父」
「でも、いきなり地面を《創造》で崩壊させて強行突破してくるなんて、ちょっと力技が過ぎるのでは……」
「いえ、そういうわけじゃ……」
そこで、アルマがクロスから体を離し、きょろきょろと周囲を見回す。
「そういえば、あの女性は?」
「女性?」
「金色の髪に神秘的な恰好で、なんだかとても五月蠅い女性と一緒にいたの」
「……女神様かな?」
「クロス神父の体を支配している契約書を奪ったと……」
やっぱり、エレオノールで間違いないようだ。
「そうですか、《魔女の契約書》を奪還したんですね。流石、女神様」
「ええ、でも、地上で敵に囲まれてしまって。なんとか窮地を打破するべく、私が魔法の力で地面を崩落させたのだけど……」
「女神様は一体どこに……」
アルマの発言から考察するに、契約書を持ったエレオノールもこの崩落に巻き込まれている。
アルマと一緒にいたというなら、そう離れた場所にはいないはずだ。
「女神様、ご無事でしょうか? 早々に探し出さないと」
「ええ」
「マーレットさんも、大丈夫ですか?」
「はい、クロスさんが守ってくれたので問題ありません」
クロスはアルマとマーレットに目配せし、共にエレオノールの捜索を開始する。
崩落の影響で、鉄格子は折れ曲がり砕けている。
ひしゃげた鉄の棒の先端に注意しながら通過し、三人は周囲を警戒する。
「どこに敵が潜んでいるかわかりません。大声は発せられないので手探りになってしまいますが、女神様を探しましょう」
マーレットの武器である《魔法拳銃》は取り上げられてしまっている。
今のマーレットは丸腰だ。
なので、魔法が使えるクロスとアルマで彼女をサポートしながら、慎重に行くしかない。
土煙の中を進むクロス達。
その時だった。
「ゲホッゲホッ……」
聞き覚えのある声が、頭上から聞こえた。
顔を上げると、土煙の向こう――瓦礫の山の上に、エレオノールがいた。
「女神様!」
「あ……ああ! クロス!」
クロスの姿を確認すると、エレオノールは目を輝かせる。
そして、手に握った契約書を戦利品のように見せてきた。
「見なさい! この女神エレオノールが見事《魔女の契約書》を奪還――」
そこで、エレオノールの声が止まる。
彼女の目が、クロスの後方を捉え見開かれていた。
「クロス! 後ろです!」
エレオノールの声よりも先に、クロスは彼女の表情を見て振り返っていた。
クロスの視界の中に――土煙に紛れるように忍び寄っていた、あの暗殺者の姿が映った。
アークシップの配下である、黒尽くめの暗殺者。
しかし、暗殺者がターゲットにしていたのはクロスではなく――クロスよりも後ろにいた、アルマだった。
また、人質にする気だ。
反応し、魔法を発動しようとする。
だが、既に暗殺者の手はアルマの首元に――。
「ふっ!」
その瞬間、動いたのはマーレットだった。
クロスよりもアルマよりも、誰よりも早く暗殺者に反応していたのは、彼女だった。
その手には鉄の破片――先ほどの地盤の崩落で折れた、鉄格子の破片を隠し持っていたのだろう――それを、アルマを狙った暗殺者の腕に突き立てた。
「くっ!」
思わず離れる暗殺者。
「マーレットさん!」
「……暗殺者の隠密行動に対しては、まず私が迷惑を掛けてしまいましたから……」
暗殺者を睨むマーレット。
実際に被害に遭った経験からか、彼女は一番にその存在を注意していたようだ。
「おお! よくやりました、ロリ巨乳っ娘! 流石はクロスの第一婦人候補!」
「な、何を言ってるんですか、あの人は……」
顔を真っ赤にしながら、マーレットははしゃいでいるエレオノールを見る。
瞬間――一発の光線が、エレオノールの腹部を貫いた。
「あ……」
皆が絶句する中、エレオノールの体が瓦礫の山の上で倒れる。
「女神様ッ!」
今まで聞いたことも無いような声量で、クロスが声を張り上げる。
「手間を掛けさせてくれたな」
「も、申し訳ございません……」
倒れたエレオノールの後方――土煙の中から、アークシップとベルトルが現れた。
エレオノールを攻撃したのは、アークシップの放った熱光線の《光魔法》――《光芒》だった。
「く、クロス……」
腹部を撃ち貫かれたエレオノールは、それでも最後の力を振り絞るように体を動かす。
結果、彼女の体が瓦礫の山から転がり落ちる。
「女神様!」
落下してきたエレオノールに、クロス達が駆け寄る。
「クロス……これ……」
エレオノールは、震える手で契約書をクロスに差し出す。
「………」
「動くな」
瓦礫の山を転がり落ち、痛々しい姿になったエレオノールを、黙って見詰めるクロス。
一方、その山の頂上に立つアークシップが、《光魔法》――《光芒》の魔方陣を空中に展開させ、クロス達に狙いを定めている。
更に、この地盤の落下でも無事だった教会員達が集結し、クロス達を包囲し始めた。
「大人しくしていろ。少しでも動けば、まずその女達を攻撃する」
「………」
瞬間、クロスの周囲が戦慄いた。
まるで空間そのものが鳴動するように、ビリビリとした気配が放出される。
クロスの体から、まるで沸き立つように黒い気配が立ち上っている。
それが殺気だということは明白だ。
周囲を取り囲う教団員達も、そしてアルマとマーレットも恐怖を感じる。
普段の温厚なクロスから掛け離れた雰囲気に、思わず背筋を凍らせる。
「クロス……」
そこで、腕の中のエレオノールがクロスの手を握る。
「ダメですよ……クロス。飲まれては……」
「……大丈夫です、女神様」
そのエレオノールの声を聞き、クロスも微笑みを返す。
一瞬不穏な気配を見せたものの、我を失ってはいないようだ。
その証拠に、クロスは既にエレオノールへと《治癒》を掛けていた。
傷を治し、痛みを完全に取り去った上で、彼女への魔力の供給を解除。
エレオノールに注いでいた魔力がクロスに戻り、エレオノールの姿がクロス以外の視界から消える。
「シスター・アルマ」
クロスは、エレオノールから受け取った《魔女の契約書》をアルマに預ける。
「これを、お願いします」
「……ええ」
「僕の為に、皆さんに大変なご迷惑をお掛けしました」
そして、クロスは立ち上がる。
「早々に終わらせて、帰りましょう」
「取り押さえろ!」
アークシップの命令が飛ぶ。
瞬間、教団員達がクロスへと襲い掛かった。
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