□■第44話 《魔女の契約書》争奪戦■□
神聖教会総本山――正面入り口。
「どうかお引き取りください。あなた達のおっしゃる人物は、ここにはおりません」
「嘘を吐くな、証拠は挙がっているんだ。大人しくクロスを差し出せ」
正門前にて、二つの集団がぶつかり合っている。
一方――神聖教会側は、総本山内にいたほぼ全ての教会員達である。
そして、それに相対しているのは、奇怪な集団だった。
人間、獣人、男、女、種族も性別も異なる者達が集結し、教会員達を前に物怖じすることなく立ち向かっている。
先頭に立ち、神聖教会側の代表とぶつかり合っているのは、狼獣人の長――ベロニカ。
その後ろに、彼女の配下の狼獣人達と、冒険者のミュン、ジェシカ、バルジが続いている。
「何よ何よ、一体いつまで睨めっこしてるつもり? とっととクロスに会わせなさいよ」
その後方には、牛獣人の一派とニュージャーが続く。
ニュージャーは、頭部の角に金属の輪――魔力を放出できる魔道具を既に装着し、臨戦態勢だ。
「私達からもお願いするわ。もう神聖教会を去った身ではあるけれど、少し内部の調査をさせて欲しいだけなの」
更に、アルマとウナ、サナも。
「詳しい事情が必要なら、彼女、《魔女》のモルガーナが説明するわ」
「………」
そして、少し離れた場所にモルガーナがいる。
都を出立したクロス解放前線のメンバー達が、早速神聖教会総本山を訪れ、クロスを差し出せと主張しているのだ。
「ですから、何度も言っているでしょう。ここに元・神父のクロス氏はおりません」
「もういい、貴様では埒が明かない」
先頭に立って話し合っていた教会員に、ベロニカは吐き捨てる。
「ここで一番偉い奴を呼んで来い。そいつと話をさせろ。オレは《邪神街》の一画を統べる狼獣人の顔役、ベロニカだ。言うことが聞けないなら、力尽くで行かせてもらうぞ」
その発言に、総本山の教会員達は一気にピリついた空気になる。
「……お引き取りください。ここは、神聖なる女神様の御所。乱暴な行いを善しとする方々を、迎え入れるわけにはいきません」
殺気立つ教会員達。
彼等も神聖教会に身を置く者達……当然、《魔法》を習得している者も多く居る。
戦いとなれば、大騒動に発展するのは必至だ。
両陣営は、再び睨み合いの状態となる。
「うにゃああああああああああ!」
その時だった。
素っ頓狂な雄叫びを上げて、総本山神殿の入り口より人影が飛び出して来た。
誰であろう、女神エレオノールである。
ゴロゴロと地面を転がりながら登場した彼女に、その場にいる教会員達も、ベロニカ達も、「誰?」という風にポカンとなる。
「待て、貴様!」
「うう、しつこいですね、まったく……」
神殿の方から、ベルトル達が追いかけてくる音が聞こえ、エレオノールは慌てて起き上がる。
「ど、どうすれば……おお! あそこに見えるのは!」
そこで、エレオノールはベロニカ達の姿を発見する。
「わんこ! ツンデレ剣士! 干物女子シスターも! これはいいところに! お願いです! 私を助けてください!」
「誰だ? あいつ」
「さぁ……」
騒いで助けを求めるエレオノールを見て、ベロニカとジェシカは顔を見合わせる。
当然ながら、二人は彼女の正体を知らない。
「クロスが捕まっていて、この契約書で自由を奪われています! これを壊すのです!」
しかし、そこでエレオノールがクロスの名を叫び、手にした《魔女の契約書》を見せたことで状況が一変した。
「あれは……」
モルガーナも、エレオノールの持っている契約書が本物の《魔女の契約書》だと気付く。
「あの女、クロスの味方か?」
「わからんけど、そう考えてもええんちゃうかな?」
「追い付いたぞ!」
その時、遂に神殿の中からベルトルが現れる。
後ろには、更にアークシップの姿も。
「アークシップ司教! ベルトル司祭!」
「そ、その女を捕まえろ!」
驚く教会員達に、ベルトルが指示を出す。
すぐさま、教会員達はエレオノールを取り囲う。
「コラッ! 私の言うことを聞きなさい、我が教えの信者達!」
「どういうことだ?」
怒りを露わにするエレオノールに、教会員達は首を傾げる。
「この私こそ、神聖教会が崇拝する女神エレオノールですよ! この神々しくも美しい姿を見てわからないのですか!」
そう言って「ドヤッ!」と胸を張るエレオノール。
しかし――。
「ふざけるな! 我等が信仰する女神様が貴様のようなマヌケ面なわけないだろ!」
「不躾な嘘を吐くな!」
「身の程を知れ!」
当然、誰も信じない。
「きえええええええええ! 全員纏めて地獄の炎で焼かれなさい!」
瞬間、教会員達がエレオノールに飛び掛かる。
しかし、エレオノールは素早く身を屈め、もみくちゃになって混乱している教会員達の下を何とか擦り抜けていく。
「あの女が何者なのかはわからないが……クロスはやはりここに捕まっている!」
そこで、ベロニカが叫ぶ。
「ともかく、あの女の人を保護せな!」
「契約書を持ってるようだ!」
ベロニカ達一同が、教会員達を押し退け神殿方向へと進行する。
「待て!」
「止まれ、貴様等!」
かくして、神聖教会総本山にて大戦争が勃発した。
「どけ! そこだ! あの女は虫のように地面を這って逃げる!」
教会員達の間を走り、ベルトルがエレオノールに追い付く。
「うおおおお!」
必死の形相で、《光魔法》――《光芒》を発動するベルトル。
光線が発射され、教会員達を巻き込み地面が破裂する。
「きゃあっ!」
衝撃で吹っ飛ばされるエレオノール。
その手から、《魔女の契約書》が手放される。
「よし!」
ベルトルが手を伸ばし、契約書を掴もうとするが……。
「ミュン! あそこだ!」
「よっしゃ!」
瞬間、ジェシカの剣戟がベルトルを襲う。
「うお!」
間一髪で回避したベルトルの目前で、跳躍したミュンが契約書を掴む。
「あの契約書を奪え!」
しかし、着地した瞬間を狙い、教会員達がミュンへと飛び掛かる。
「させるか!」
そこで、バルジが《風魔法》――《暴風》を発動。
ミュンに飛び掛かった教会員達が、その場に発生した嵐に跳ね上げられる。
「あ!」
しかし、ミュンの手にしていた契約書も、強風に乗って飛ばされてしまう。
「よくやった、ミュン、ジェシカ、バルジ!」
宙に舞った契約書を、跳び上がったベロニカがキャッチした。
が――そこで、光が瞬く。
「ぐっ!?」
どこからか放たれた投げナイフが、ベロニカの胴体と肩を掠めた。
「………」
アークシップの雇った暗殺者。
黒尽くめの男が、教会員達の中に紛れ攻撃をしたのだ。
ベロニカの手を離れた契約書に、教会員達がたかる。
「よし! ベルトル司祭、アークシップ司教! 取り戻し――」
「それはアタシのよ! よこしなさい!」
ニュージャーの放った雷撃が、契約書を手にした教会員達を吹き飛ばした。
大混乱を極める状況。
次々に手を渡っていく契約書。
「ゲットぉぉぉぉ!」
そして遂に、契約書は再びエレオノールの手へと戻ってきた。
しかし、エレオノールの周りを教会員達が取り囲う。
「うぬぬ……」
やはり、この場でいくら契約書を奪おうとしても、数の利で逃げ道を封じられてしまうため、じり貧だ。
エレオノールは、契約書を胸に抱いたまま唸る。
「ねぇ」
その時だった。
エレオノールは、背後に気配を感じる。
気付くと、アルマと背中合わせになっていた。
「干物女子シスター!」
「クロス神父は、どこ?」
変なあだ名で呼ばれていることも気にせず、アルマは問う。
「クロスは地下の牢獄に囚われていて……そう、ちょうどこの下あたりです!」
エレオノールは地面を指さす。
そう――確かあの地下牢獄は、今エレオノール達がいる場所の直下だったと思う。
「わかったわ」
「ま、まさか……」
「クロス神父を取り戻すのに、最速の方法を使うわ」
瞬間、アルマが魔法を発動する。
アルマの魔法は、世にも珍しい《創造》の魔法。
その魔法の力により、彼女達の立っている地面が陥没した。
「わああああああああ!」
突如、崩れ落ちる地面。
エレオノールも、アルマも、取り囲う教会員達も、次々に地下へと落下していった。
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