□■第40話 ベルトルの交渉■□
クロスは、目前の人物を見て驚き表情を浮かべる。
随分と、久方ぶりに見た気がする――かつての上司の姿だ。
「ベルトル司祭、どうしてここに」
「ベルトル……」
その名を聞き、クロスの後ろに隠れる形になっていたマーレットも気付いたのだろう。
現れた男へ鋭い視線を向ける。
マーレットも名前だけは覚えている。
この男が、クロスを神聖教会から追放した張本人。
そして噂によれば(ギルド受付嬢のリサから聞いた話だが)クロスのギルド内での昇格を、私怨から阻んでいた存在。
そのため、自然と敵意が沸いたのだろう。
警戒心を抱き、マーレットはベルトルの動きを注視している。
「……クロス神父」
ベルトルがクロスへと接近する。
直後、その顔にわざとらしいほど柔和な笑みを浮かべた。
「い、いやぁ、久しぶりだな、クロス神父。元気にしていましたかな?」
「………」
その不自然過ぎる態度と猫撫で声に、流石のクロスも怪訝な表情になる。
「……何の用ですか?」
「いや、なに、この村に神聖教会の布教活動に訪れていたところでね。そんな折、君がここの宿に宿泊しているという話を耳にして駆付けたのだ」
本当だろうか?
どう考えても腑に落ちない発言に、クロスも、マーレットも疑念の目を向ける。
「ははっ、何もそんなに警戒することないじゃないか」
そんなクロス達を前に、ベルトルはあくまでも友好的な態度を崩さない。
「噂は私の耳にも届いているよ、クロス神父。教会を去った後は冒険者として活躍し、今ではギルド内でも評価がうなぎ登りだとか」
「……ありがとうございます」
後方で、マーレットがムッとしているのがわかる。
どの口で……と思いながらも、賢明に口を閉ざしているのかもしれない。
『キィー! どの口でほざきますか、このペラペラタヌキ親父!』
背後のエレオノールは遠慮なく爆発している。
女神にあるまじき言葉遣いが散見される。
もうちょっと神聖な存在としての自覚を持って欲しいところである。
「お話の通り、僕は現在冒険者として日々のお仕事を頑張らせてもらっています。教会の皆さんには、どうかよろしくお伝えください」
「いやいや、待ちたまえクロス神父」
足早に話を切り上げようとするクロスを、慌ててベルトルが制止する。
一体、今更何の話があるというのだろうか。
それに、先程から彼は、クロスのことを『クロス神父』と呼んでいるのにも違和感がある。
自分が教会を去る時も、頑なに『元・神父』と呼び続けた彼が。
「いや、何、実は君に提案があるのだが……」
そこで、ベルトルは驚くべき発言を口にした。
「クロス神父、神聖教会に戻って来たまえ」
「………はい?」
その突拍子もない発言に、クロスは一瞬言葉を失う。
「今回の、君の追放を判断した件に関しては、話を進めた私も少々大人げなかったと思っている。いくら君が、あの穢れた《邪神街》の出身であることを隠していて、その身に《邪神の血》の流れる魔族と人間のハーフであると発覚したからと言って、即座に追放の決断をするとは性急な判断過ぎた。実に反省しているよ」
「………」
「例え、穢れた存在であったとしても生きる事を許し、女神様の加護を与えて頂けるよう努めさせるのが神聖教会の在り方のはず。そこで、君に神聖教会へ復職することを許そうと思う」
朗らかに笑い、まるで悪気も無いという顔で、ベルトルは言う。
『クロス、クロス』
背後のエレオノールが真顔で言う。
『もう、しばいちゃっていいんじゃないですが?』
「女神様がしばくとか言わない方がいいと思いますよ」
流石に、エレオノールも怒髪天を貫くというレベルの様子だ。
「ところで、クロス神父。君は、シスター・アルマとは会ったかね?」
一方、クロス達の感情など無視し、ベルトルは話を続けていく。
「はい。彼女は現在、冒険者ギルドに所属し冒険者として活動をしています。シスター・ウナ、シスター・サナと一緒に」
「そうかそうか。再会していたのか。であれば、話が早い」
ベルトルはホッと胸を撫で下ろした。
「クロス神父、君からシスター・アルマ達へ今回の話と、それと、彼女達にも神聖教会へ復帰してもらうよう伝えてもらえないかね?」
「………」
『クロス、わかりましたよ。私にはわかりました』
ほとほと怒り尽くしたのか、エレオノールが逆に落ち着いた口調で喋り出した。
彼女を呆れさせるとは、この人も中々のものである――と、クロスは少し失礼な感想をベルトルに対して抱いた。
『この男、完全に教会内での立場が悪くなってるんですよ。クロスを追放して、クロスと仲の良かった神父やシスター達から苦情が上がって。そして、限界を迎えたシスター・アルマが出て行ったことで、本格的にマズいと思ったんでしょう。クロスと和解した形にして、今回の件を丸く収めたい――その為に、遠回しに提案してきてるんです。正に“もう遅い”ってジャンルのストーリーそのままですね。ケッ』
憤慨混じりのエレオノール。
無論、クロスもここまでの話で何となく察しは付いていた。
「ベルトル司祭」
クロスは、後方に立つマーレットを一瞥する。
不安そうに見詰め返すマーレット。
その表情を見て改めて決心を固めたかのように、ハッキリと伝える。
「僕はもう神聖教会に戻るつもりはありません。冒険者として生きていきます」
その返答に、ベルトルは動揺を見せる。
「な、何を言い出すかと思えば……せっかく復職できると、この私が提案しているのに……そ、そうか、君は今や冒険者ギルド内でも相当優遇される立場にいるんだったか。ならば、神聖教会としても君に対する処遇を考えよう。もっと上の役職に就かせるよう、総本山に口利きしようじゃないか。冒険者なんて、野蛮で危険と隣り合わせの賤職。教会に戻れば、安心安全で、もっと多額の報酬も得られるようになるぞ」
ベルトルは必死に言葉を連ねる。
しかし。
「……せっかくのお誘いですが」
当然、クロスの気は変わらない。
「お引き取りください」
「……うぐっ」
ベルトルは歯噛みする。
どこか焦っているようにも見える。
やはり、先程エレオノールが語った通り、教会内での立場が危うくなり、クロスに戻ってきて欲しくて必死なのだと――その表情からわかる。
「わ、わかった、ならば――」
ベルトルが、続いての提案を発する――その直前だった。
「もういいだろう」
「!」
背後から、聞き覚えの無い声が聞こえた。
クロスは振り返る。
「く、クロスさん……」
マーレットの首筋に刃物を触れさせ、一人の男が立っていた。
全身黒尽くめの格好。
顔も布で覆って隠している。
まるで、影のような男だ。
しかし、その全身から放たれる異様な殺気から、只者ではない事は窺える。
「何をグズグズしている。例の魔道具を使えば一瞬で終わる話だろう」
影のような男は、ベルトルに向かって抑揚の無い、低い声を投げ付ける。
「か、簡単に言うな! まずは交渉し、上手く事を運ばなければ、サインをさせる事も出来ないだろう!」
「……ふんっ、なら、最初から俺にこうやって協力させればよかっただろう。頭の回らない奴だ」
男は、マーレットの首に刃物を当てながら、クロスを見る。
「動くな。お前が少しでも妙な動きをすれば、この女の首を切り落とす」
「………」
クロスは、黙って男を見据える。
おそらく、暗殺者。
ベルトルが雇ったのだろうか?
いや、先程の会話を聞くに、主従関係というわけでも無さそうだ。
言われた通り黙って動きを止めながらも、注意深く暗殺者を観察するクロス。
「クロス」
そこに、ベルトルが近付いてくる。
その手には、一枚の紙切れが。
「この契約書に、お前の血判を押せ。早くしろ」
「………」
古代文字で書かれた文言。
特殊な模様の縁取り。
そして、見ただけで何か途轍もない力を秘めていると思わせる……オーラというか、魔力が感じ取れる。
おそらくこの契約書は、自分をベルトルに隷属させる類いの魔道具だろう。
以前、冒険者ギルドから預かった事のある『ガイド』と『支援者』の協力を締結するための契約書……あれよりも、確実に強制力の強い……レベルが上の、呪具の類いかもしれない。
「……わかりました」
しかし、今はマーレットの命には替えられない。
クロスは、素直に答え、自身の右手親指に歯を立てる。
『クロス! 良いのですか、そんなに簡単に! 速攻で攻撃して全員一網打尽にしちゃいましょうよ!』
「今は、マーレットさんの安全が第一です」
頭上で慌てているエレオノールに呟きながら、クロスは契約書に血判を押した。
瞬間、契約書から溢れ出た魔力の波動が、ベルトルとクロスを包み込む。
「は、はははははは! やったぞ! 成功だ!」
狂喜するベルトルは、クロスに向かって叫ぶ。
「跪け、クロス!」
スッと、クロスはベルトルの前で膝を突いた。
何か、強い力によって強制的に体を動かされたような感触だ。
その光景を見て、ベルトルは更に嬉しそうに笑う。
「よし! よし! いいぞ! これで私は助かる! 後は――」
「主に報告が必要だな」
暗殺者が、ベルトルに向けて言う。
「このまま主の元へ向かう。そいつと……それと、この女も。二人とも縛って連れて行くぞ」
「クロスは既に私のしもべだぞ? 縛る必要など無いのでは?」
「念の為だ」
「ふふっ、そうか。ならば……」
そこで、ベルトルはクロスに命令する。
「クロス、お前の手でその女を拘束しろ」
「………」
悪趣味だ、と、クロスは思うが、体は言うことを聞かない。
暗殺者の用意した縄を受け取り、マーレットの体を縛り上げていく。
「く、クロスさん……」
「大丈夫です、マーレットさん」
せめて彼女を安心させるため、クロスは言う。
「申し訳ありませんが……今は、大人しく。このまま彼等と共に、元凶の正体を確かめに行きましょう」
「……はい」
クロスの力強い、先を見越した言葉を聞き、不安そうだったマーレットも気を引き締め直し、頷き返す。
その後、クロスも暗殺者の手により拘束され、二人は目隠しも施され、馬車の荷台に詰め込まれる。
「………」
馬車が走り出した。
クロスは静かに、あくまでも従順なふりをして成り行きに身を任せる。
これは、神聖教会と自分の因縁だ。
なのに、自分だけならまだしもマーレットをも巻き込んだ。
密かに怒りを燃やしながらクロスは、今はただ機を窺う――。
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