□■第39話 大商家との謁見■□
《邪神街》での用事も終え、クロス達は拠点である都へと戻ることにした。
ベロニカ達とも、またしばしのお別れとなる。
『寂しいのう……もう少しゆっくりしていけば良いのに』
レイフォンは、あの中枢区の山の中で一部の魔獣達の上位に君臨する立場にいるらしい。
なので、簡単には中枢区から出られないそうだ。
レイフォンとも、一旦お別れである。
『本当はクロス達についていきたいのじゃが、仕方が無い。機が整ってからにするわい』
クロス達は、名残惜しそうなレイフォンと別れの挨拶を交える。
『またいつでも遊びに来るんじゃぞ。お菓子を用意して待っておるからのう』
レイフォンは、最後までおばあちゃんみたいなことを言っていた。
さて――。
都へと戻ったクロスは、冒険者ギルドからの任務を受けたり、マーレット、ミュン、ジェシカと鍛錬を行ったりしながら、冒険者としての業務に精を出す。
――そんなある日の事である。
「……き、緊張しますね、クロスさん」
「ええ」
現在、クロスは大きな屋敷の応接間にいる。
ふかふかのソファに腰を沈め、ホストが来るのを待っている。
隣には、よそよそしく周囲を見回すマーレットが。
「まぁまぁ、クロスさんにマーレットも、そんなに緊張しないでも大丈夫っすよ」
「ば、バルジさんは逆に緊張しなさすぎだと思いますが……」
同じく、高級な椅子にでんと座っているバルジに、マーレットが言う。
ここは、ある大商家の豪邸。
本日、クロス達はバルジに案内され、ここへと訪れていた。
何を隠そうこの屋敷の持ち主こそ――先日の窃盗組織の被害に遭い調査を依頼していた、王国全土に店を構える有名な大商家の主人なのである。
彼は、件の窃盗組織に関する調査どころか、根城を突き止め壊滅にまで追い込んでくれた事を、とても感謝しているそうだ。
そこで、今回依頼を受けたバルジは、当主に窃盗組織壊滅にはクロスが関わっており、クロスの存在無しでは成し得なかったと、とても派手に脚色して伝えてくれたようで……。
当主はとても驚き、是非直接お礼がしたいとクロス達を屋敷に招いてくれた――という顛末らしい。
ちなみに、ミュンとジェシカは冒険者ギルドから単独の任務を承っていたため、今日はマーレットとクロスのみが訪問する形となった。
「いやぁ、お待たせ致しました」
応接間で待機していたクロス達のもとに、一人の男性がやって来た。
「ご紹介します。こちらが、今回の依頼主であるアルバート氏」
バルジが立ち上がり、クロス達へ彼を紹介する。
「そして、こちらが今回の件で大変なご活躍をされた我が尊敬すべき偉大なる魔道士、クロスさんと、クロスさんの所属するパーティーのリーダー、マーレット嬢です」
「よ、よろしくお願いします」
とても大袈裟に紹介されてしまったため、クロスは恐縮しながらアルバート氏に挨拶する。
「おお、あなた達が今回の立役者の。いやぁ、バルジ氏から話を聞かせていただきました。まさか、これほどの御仁が私の依頼を担当していただけていたなんて、ありがたい限りです」
アルバート氏は、皺の刻まれた顔ににこやかな笑みを湛える。
名家の当主という立場ながら、何とも柔和な人柄が窺える。
「噂の程、バルジ氏から伺っております。なんとも、実力、実績、人柄に至るまで素晴らしい人物だと」
「い、いえいえそれほどの者では……」
「ご謙遜とは、聞いた通りの方ですな。貴殿等のお陰で、王国内の物流も正常な状態に戻りつつあります。この大恩は、決して忘れません」
「お父様」
そこで、アルバート氏の後ろから一人の少女が現れる。
「ごめんなさい、身支度を整えていたら遅れてしまって」
「ナナリア、お前もご挨拶なさい」
アルバート氏に促され、少女が前に出る。
「お初にお目にかかります、わたくし、アルバート家の長女、ナナリアと申します。この度は、我が家において大変なご恩を……」
そこで、ナナリアと名乗った少女はクロスの姿を目にすると、びっくりしたように目を丸くした。
「あ、あなたは!」
「え、クロスさん、お知り合いですか?」
「ええと……」
クロスは首を傾げる。
どこかで会っただろうか……。
と、考え込んでいた矢先だった。
「救世主様!」
ナナリア嬢が、そう叫んでクロスに抱き付いたのだ。
これには、その場の一同も驚愕する。
「これ、ナナリア、一体どうしたのだ?」
「お父様、この方です! 以前、わたくしを盗賊から救ってくださった救世主様は!」
「あ」
その話を聞いて、クロスも思い当たった。
『クロス、クロス、この娘はあの時の……』
エレオノールも気付いたようだ。
そう――クロスは神聖教会から追放された直後、盗賊に襲われているご令嬢を助けたことがあった。
この娘は、あの時、盗賊の魔の手から救った少女だ。
「本当か? 人違いではないのか?」
「間違えるはずがございません!」
ナナリア嬢はアルバート氏へ叫び、クロスの手を掴む。
キラキラした目が、真っ直ぐクロスを見詰める。
「あの時から、一時も忘れたことがありません! 騎士達も倒れ、盗賊達の野蛮な手がわたくしへと伸ばされたその時! まるで奇跡のような力で助けて下さった神父様! 正に、神の使途の如きご活躍! ああ、嬉しい! こうしてまたお会いできるなんて! これはきっと運命です! 宿命です! 神様のお巡り合わせです!」
「は、はは……」
何とも熱烈な彼女の言動に、クロスは若干気後れ気味である。
「あの時叶わなかったお礼を、是非させてください!」
『よっしゃあ! 大金持ちの一人娘とのフラグはまだ生きていましたよ、クロス!』
頭上で、何故か大喜びのエレオノールがはしゃぐ。
「ほ、本当なのですか!? クロス殿!」
「ああ、ええと……はい」
アルバート氏からも問い質され、流石に言い逃れ出来そうにないため、クロスは正直に答えた。
「ななななな、なんと……娘の命だけでは無く、我が家の経営的危機まで救って下さったとは……正に娘の言うとおり神様のお送り下さった使徒! 改めて、深く深く御礼申し上げますぞ!」
「ははっ、ありがとうございます……」
ナナリアの話を聞き、大層感服するように頭を垂れるアルバート氏。
「すげぇ……これが、出来る男の出世街道物語か。正にサクセスストーリーを目の当たりにしてるようだぜ」
「クロスさん……なんだか、最近は感覚が麻痺していましたけど、本当に凄い方なんですよね……」
そんな光景を見ながら、バルジとマーレットも呆けたように反応する。
その後――アルバート氏の心遣いにより、クロス達は豪勢なもてなしを受ける事となった。
それこそ、今後一生食べられるかどうかわからないような、そんなご馳走を振る舞われた。
「救世主様、こちらもお食べになって(ハート)」
「は、はい」
「美味しいですか? お酒もお飲みになります?(ハート)」
「ああ、いいえ、僕はお酒に弱くて……」
「では、外国より取り寄せたとても珍しい果実を用意させますわ(ハート)」
宴は夜まで続き、その間、ナナリア嬢は常にクロスの隣にいて、ハートマークを飛ばし続けていたのだった。
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さて、そんな感じで宴も盛り上がったものの――。
「大変なご馳走を、ありがとうございました。本日は、これにて失礼させていただきます」
是非宿泊していって欲しいという話にもなったが、明日も早くから冒険者ギルドに行く予定がある。
クロスとマーレットは、名残惜しそうにしているアルバート氏とナナリア嬢に別れを告げ、アルバート家を後にした。
せめて今夜は屋敷に泊まっていただき、朝一番の馬車で都までお送りしますから――と提案もされたのだが……正直、ナナリア嬢の圧が凄すぎて、少し引き気味のクロスと、クロスの貞操を心配したマーレットの頑なな判断により、なんとか誘いを断って屋敷から帰ることにしたのだった。
ちなみに、泥酔したバルジは屋敷に泊まっていくようだった。
「すっかり、夜も遅くなってしまいましたね」
「ここに来る途中、街道沿いの小さな村に宿があったと思うので今夜はそこで休憩していきましょうか、マーレットさん」
「そうですね」
クロスとマーレットは、アルバート家から少し歩き、街道沿いの小さな村に立ち寄る。
来る途中に見掛けた宿屋の入り口を潜り、一晩部屋を借りる事にした。
しかし――。
「え……部屋が一つしか空いていない?」
「はい、今日は偶然ほとんど満室でして」
宿主によると、現在空いている部屋は一つだけだそうだ。
「ですが幸運ですよ、お客さん。空いているのは二人部屋ですので」
「そ、それは……」
幸運、とは言い難い。
宿主からしたら、クロスとマーレットは恋人同士にでも見えているのかもしれないが……。
「ど、どうしましょう、マーレットさん。よければ、僕は野宿でも……」
「い、いえ! そんなことできません!」
マーレットは顔を真っ赤にしながらも「二人部屋でお願いします!」と、宿主に言う。
というわけで仕方無し。
クロスとマーレットは、同じ部屋に泊まることとなった。
「……一応、ダブルサイズですが、ベッドは一つですね」
「………は、はい」
部屋の中央にでんと設置された、ダブルサイズのベッド。
その端と端に、クロスとマーレットはそれぞれ腰を下ろして、背中を向け合わせている。
部屋の中に、沈黙が流れる……。
『クロス! クロス! 据え膳食らわぬは男の恥ですよ! 密閉された部屋の中に年頃の男と女! 何も起こらないはずもなく!』
「女神様、ちょっと黙っていて下さい」
何故かこの状況に一番テンションが上がっているゲス女神、エレオノールが囃し立ててくるが、正直そんな空気ではない。
マーレットも緊張……というか、どうすれば良いのかわからないのか、顔を真っ赤にして俯いたままだ。
「ええと、マーレットさん、よろしければ就寝していただいても」
「お、お構いなく! クロスさんこそ全然ベッドを使っちゃって下さい!」
「いやぁ、僕はその……」
流石に、もう耐えられない。
クロスは立ち上がる。
「なんだか目が冴えてしまっているので、外の空気でも吸ってきます」
「え……」
『こらー! クロス! このヘタレ!』
エレオノールに罵倒されるが無視。
クロスは部屋を出ようとする。
が、そこで。
「わ、私も行きます!」
マーレットもついてくる事に。
というわけで、宿の外。
草木も寝静まった田舎の自然の中で、二人は深呼吸をする。
徐々に、緊張も解れてきた。
「……なんだか、ごめんなさい。私、暴走しちゃってましたね」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
落ち込むマーレットを、クロスは励ます。
「……そういえば、クロスさん」
「はい?」
「私、クロスさんに聞きたいことがありまして……」
そこで、思考が落ち着いたからだろうか。
マーレットが、以前から気になっていたことをクロスに問い掛け始めた。
「クロスさんの正体が知りたいと言いますか……」
「正体?」
「え、ええと、別にクロスさんのことを疑っているとか、そういうわけではないのですが……クロスさんは、《邪神街》の出身だということは知っています。魔族とのハーフだということも。ですが、その出生はベロニカさんに聞いても知らないそうですし……」
おずおずと言葉を選ぶマーレットに、クロスはそこで苦笑する。
「そうですね。確かに、気味が悪いですもんね。出生もわからないような人間と、一緒に仕事をするのは」
納得したように頷く。
深い意味は無い。
本当に、ただそう思っただけだ。
「ち、違います!」
しかし、マーレットは強く否定する。
「決して、クロスさんのことを気味悪がっているわけではありません! ただ、クロスさんをもっと知りたくて……」
「………」
「どういった子供時代を過ごしたのか。一体、どんな理由で神父になろうと思ったのか。クロスさんのことを知れば、もっと、パーティーとして強くなれる気がするんです」
「……そうですね」
クロスは微笑む。
そしてポツポツと、自身の身の上――その、最も古い部分を語り出した。
「実を言うと、僕は両親の顔を知りません。物心ついた時には、自分は人間と魔族との間に生まれた子……ということだけを知っていて……あの《邪神街》の中枢区、あそこで僕は一人生きていました」
「あ、あんなところで……」
「あの環境で生き残れたのも、僕の中にある《邪神の血》のお陰だったのかもしれません」
「……昔から、凄い人だったんですね」
「……そんなに良いものでもありませんでした」
そこで、クロスはふっと表情に影を落とした。
マーレットも思わずドキリとする、初めて見る顔だった。
「僕は、子供の頃から自分の持つ魔力に悩まされていたんです。この力が、《邪神》経由のものだからでしょうか……ずっと、声が聞こえていたんです」
「声……」
「『人間に対し力を振るえ』という声。支配し、苦しめ、君臨せよという、そんな声です。……」
「………」
「……そんなある日、僕はある人物と出会いました。その出会いを切っ掛けに、僕は神聖教会に仕え、神父になろうと決めたんです」
「ある人物……」
その人物とは、一体誰なのか――。
マーレットが尋ねようとした、その時だった。
「み、見つけたぞ……」
そこで、一人の男が息を切らして現れる。
司祭服を纏った、壮年の男。
誰だろう……と首を傾げるマーレットの一方、その姿を見て、クロスは驚愕を顔に浮かべた。
「ベルトル司祭……どうしてここに」
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イラストを担当していただいたのは、チェンカ先生!
主人公クロスを初め、女神エレオノールやヒロイン達をとても魅力的に、可愛く手掛けていただきました。
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皆様、是非よろしくお願いいたします!




