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□■第38話 《魔女》モルガーナ■□


「ここが、今のモルガーナが暮らしている場所か……」


《邪神街》中枢区――とある小高い山の山頂。


 そこに聳え立つ厳かな屋敷――その裏口に、現在クロス達一行は居る。


 最初は正門から入ろうとしたのだが、巨大な門の前には門番もおらず、どうやって来訪を伝えれば良いのかわからなかった。


 どこかに入り口はないか……と、屋敷の周りを散策していたところ、そこで裏口にて掃除をしている使用人を発見したのだ。


 その使用人に、モルガーナに会えないか頼み込んだのである。


 最初は、『約束の無いお客様をご案内はできません。お引き取りください』と言って断られてしまったのだが、自分達の名前と素性、モルガーナとは旧知の仲である旨などを伝えて、なんとか挨拶だけでもできないかと頼み込んだ。


 使用人は最初こそ訝っていたが、クロスと一緒に狼獣人の顔役のベロニカや、魔獣のレイフォン等がいるのに気付き、どこかただ事ではないと気付いたのだろう。


 確認すると言って、屋敷へと入っていった。


 そのため、クロス達は使用人が戻って来るのを待っている最中である。


「凄いなぁ」


 貴族が暮らすような巨大な屋敷を見上げ、クロスは呟く。


「あんなに引っ込み思案で大人しかったモルガーナが、立派になったんだなぁ」

「………」


 どこか、自分のことのように嬉しそうなクロス。


 一方、ベロニカは不機嫌そうに屋敷を睨み上げている。


「……多分、あいつは来ないぞ」


 ベロニカの呟きに、クロスは振り返る。


「あいつ、自分の生み出した秘術や魔道具で、随分と荒稼ぎしてる。人間界の上流階級や権力者の中にも信者を作って、だいぶ貢がせてるくらいだ」


 ベロニカは、吐き捨てるように言う。


「あの頃より、ずっと傲慢で高飛車になってる。前に一度、狼の獣人を束ねる立場になった時、挨拶の意味も込めて会いに来たが、顔も見せなかった」

「へぇ……」


 ベロニカの発言を聞き、しかし、クロスは半信半疑だ。


 俄に想像しがたいのだ。


「僕の記憶だと、モルガーナといえばお淑やかで繊細で、どちらかというと大人しい感じの女の子……っていう記憶なんだけど」


 クロスの思い出の中のモルガーナは、引っ込み思案で主張の少ない、いつもおどおどしていて口下手な印象の女の子だった。


 黒い三角帽子を被り、黒い外套を纏い、瓶底のように厚い眼鏡をかけていた。


 そばかすの散った顔に、薄らと笑みを浮かべているような、そんな感じの女の子だ。


「ハッキリ言って陰キャだったな」


 そんなクロスの記憶の中の姿に、ベロニカはド直球なコメントをぶつける。


 容赦が無い。


「魔術オタクだったし、運動音痴だったし」

「確かに、あまり外向的な性格じゃなかったけど……魔術に対する知識と、勉強熱心なところは僕達の中で一番だったよ」


 思い返してみると、クロスはモルガーナから自身の体内の魔力の掴み方や操作の仕方……魔法に関する知識を色々と教えてもらった。


 モルガーナが、自分にとって魔法の先生だったと思っている。


「是非、もう一度会いたいな」


 純粋な顔でそう呟くクロスに対し、ベロニカは溜息を吐く。


「でも、そんなに凄い方が、もしもクロスさんに協力してくれるようになったら、とても強い後ろ盾になりますよ」


 不機嫌なベロニカに気を使いつつも、そこでマーレットが口を挟む。


「確かに。話を聞くに、モルガーナ氏の作った魔道具や秘術は特定の限られた者にしか知れ渡っていない。もしも人間界で、方法や原因の不明な犯罪が発生した場合、モルガーナ氏の生み出した技術が使われていた……という可能性もある」

「だから、その大本である魔女さんを味方に出来れば、最高の情報筋が手に入るっちゅうことやな」


 ジェシカとミュンが、うんうんと頷きながらそう言葉を発した。


 その時だった。


「く、クロス?」


 気付くと、彼女はそこにいた。


「モルガーナ?」


 振り返ったクロスは、裏口に立つ一人の女性を見遣る。


 見惚れそうになるほど、美しい女性。


 マーレットやミュン、ジェシカも思わず目を奪われている。


 それほど、妖艶な人物だった。


 黒いドレス、黒いケープで覆われた目元。


 その透けた布地の奥に輝くのは、サファイヤのような紫色の瞳。


 息を乱し、ここまで慌てて駆けてきたという事がわかる。


「も、モルガーナ様……」


 数名の使用人達がやっと追い付いた事にも気付かない様子で、モルガーナはクロスの姿を上から下へと確かめる。


「く、く、クロス……う、嘘、嘘、嘘、ほ、本物?」

「ああ、クロスだよ。久しぶり、モルガーナだよね」


 クロスを前に、息を荒げ、上手く喋れていないモルガーナ。


 そんな彼女に、クロスはニコッと微笑む。


 その笑みを見て、モルガーナは「は、はわっ」と可愛らしい声を発した。


「ひ、ひひ、久しぶり……あ、ええと……」


 モルガーナは、右へ左へ視線を泳がせる。


 緊張しているのだろうか?


 クロスは首を傾げる。


 ベロニカから聞いていた話と、だいぶ違うからだ。


 あれから年月を経て、高飛車で高慢になったと聞いていたが、見たところ昔と変わらない気がする。


 だが……クロスの記憶中の、子供の姿とは違う。


 ベロニカと同じく、今では立派な大人に成長してる。


「すっかり姿が変わっててビックリしたよ、モルガーナ」


 そう、率直に思ったままを伝えるクロス。


「そ、そう?」


 その言葉に、モルガーナは「えへへ……」と、嬉しそうに引き笑いをする。


「で、でも、どうして、いきなりクロスが?」

「えーと、どこから説明するべきか……今、僕は冒険者を生業にしているんだ」


 クロスは、手にした冒険者ライセンスを見せる。


「ぼ、冒険者……」

「ああ、それで僕は、この《邪神街》と人間界の橋渡し的な役割を担う、ガイドを務めさせてもらっているんだ。で、いち早くベロニカとも再会して、協力をしてもらってるんだけど――」

「おい、モルガーナ」


 そこで、ベロニカがクロスの隣にズイッと進み出る。


「……ベロニカ」

「クロスだけじゃなくて、オレもいるぞ。まさか、オレの存在は覚えてないのか?」


 瞬間、ベロニカとモルガーナの間で、何やら鋭い視線が交差する。


 空気がピリついたような、そんな感じがあった。


「別に……覚えてるよ、ベロニカも」

「じゃあ、どうして前に挨拶に来た時、オレには会わなかったんだ?」

「他の来客で忙しかっただけ。別に、タイミングが合えば……」


 そこで、モルガーナの声が止まる。


 見ると、彼女の視線が、クロスとベロニカの後方にいる、マーレット、ミュン、ジェシカに向けられていた。


「あ、あの娘達は?」

「ああ、紹介するよ。今、僕とパーティーを組んでもらっている方々だ」

「……パーティー?」

「一緒に仕事をする仲間だよ。《銃士》のマーレットさん、《剣士》のジェシカさん、《格闘家》のミュンさん」

「は、初めまして! リーダーを務めています、マーレットです!」

「ジェシカだ。普段から、クロス様には大変お世話になっている」

「ミュンです。クロやんと仲良く仕事させてもらってまーす」


 代わる代わる、モルガーナに挨拶をするマーレット達。


「……お、女の子ばかり」


 しかし、それに対し、モルガーナは――。


「ハーレムパーティーだ……ま、また女の子ばかりに囲まれてる……」

「ん?」


 何故か、ショックを受けたような表情をしている。


「どうしたんだ? モルガーナ。何か、落ち込むようなこと言ったかな……」

「こいつ、マーレット達がクロスの群れだって思ってるんだ」


 そこで、ベロニカが口を挟んだ。


 その発言に、クロスは「え?」と反応し、モルガーナもビクッと体を揺らす。


「いやいや、群れだなんて……」

「無論、マーレット達はそういうのじゃないが……言っておくぞ、モルガーナ。仮にクロスが群れを作ったとしても、お前はクロスの群れに入ることはできない。オレが認めないからな」

「ベロニカ?」

『んん? わんこってば、あのお色気魔女に対してやけに当たりが強くないですか?』


 エレオノールの発言にも頷ける。


 流石に、ベロニカがモルガーナを敵視し過ぎている気がするのだ。


「クロス、オレはモルガーナを仲間にするのは反対だ。その理由を説明する」


 そこで、ベロニカがモルガーナを指さす。


「俺は知ってるんだ。モルガーナは昔、クロスを自分のシモベにしようとしてたんだぞ」

「!」

「え?」


 その発言に、目を見開くモルガーナと、疑問符を浮かべるクロス。


 そんな中、ベロニカが高らかに宣言する。


「昔、モルガーナが秘術を使って、クロスやオレ達に内緒で薬を作ってるのを見たんだ! その時の独り言も、盗み聞きしたんだぞ! 『これで、クロスは自分の虜だ』って、そう言ってた!」

「え、あ、そ、それは……」

『おう、あの薬か。ワシも覚えておるぞ』


 そこで、それまで静観していたレイフォンも、この話に参加してきた。


 いきなり人間の言葉を発し出したレイフォンに、モルガーナはビックリする。


「れ、レイフォン!? なんで、喋って……」

『クロスのおかげで人間と言葉で意思疎通ができるようになったのじゃ。ああ、そうそう、話は戻るが、その時モルガーナが作っておったのは、古文書に書かれておった“惚れ薬”でのう、随分と一生懸命研究をしておったと――』

「わ゛あ゛あ゛あああああああああ!」


 瞬間だった。


 絶叫を上げて、モルガーナが魔力を解放した。


 彼女の向けた手の平の先に魔方陣が生まれ、黒い波動がクロス達を襲う。


『ほぎゃあ! クロス!』

「大変だ!」


 即座、クロスは《光膜》を何重にも重ねて皆を守る。


 モルガーナの発した黒い波動はその場の空間を爆撃のように粉砕し、何もかもを吹き飛ばしていく。


 まるで、強大な重力場が発生したかのように、屋敷の裏口――地面も、植物も、一帯の全てが崩壊させられた。


「わ゛あ゛あ゛あああああああああ!」

「モルガーナ様!?」


 モルガーナは乱心した様子で屋敷に走って戻り、その後に使用人達が続く。


 一方――。


「……だいぶ吹き飛ばされてしまいました」

『す、凄い威力でしたね……』


 モルガーナの屋敷のある場所から、かなり遠退き。


 山の中腹にて、クロスは皆を包み込んでいた《光膜》を解除する。


「あいつ、混乱してオレ達を攻撃しやがったぞ!」

「おそらく、《闇魔法》の一種でしょう。重力を発生させて広域を破壊する……流石モルガーナ、凄い魔法だ」


 怒るベロニカの一方、クロスは感心したように呟く。


『ふぅむ、どうやらモルガーナの機嫌を損ねてしまったようじゃのう。昔から、情緒不安定だったからな、あの娘は』


 レイフォンが溜息を吐きながら言う。


『残念だが、再び会うのは難しそうじゃのう』

「ええ、モルガーナに仲間になってもらうのは……またの機会にしましょうか。とても多忙のようですしね」

「構わない構わない、クロスにはオレが付いている。オレ達、狼の獣人の一派で、全力でサポートするから大丈夫だ」


 そう言って、ベロニカが上機嫌でクロスの肩を叩いている一方――。


「さっきの様子を見るに……モルガーナさんって、もしかして……」

「まさかだが、クロス様の昔の仲間は、皆クロス様のことを……」

「ううむ、クロやん、サークルクラッシャーの素質バッチリやな」


 マーレットとジェシカ、そしてミュンは、ヒソヒソとそんな会話を交えていた。



【書籍化決定!】

 この度、『「《邪神の血》が流れている」と言われ、神聖教会を追放された神父です。~理不尽な理由で教会を追い出されたら、信仰対象の女神様も一緒についてきちゃいました~』の書籍化が決定しました!

 イラストを担当していただいたのは、チェンカ先生!

 主人公クロスを初め、女神エレオノールやヒロイン達をとても魅力的に、可愛く手掛けていただきました。

 発売は、BKブックス様より7月5日を予定。

 皆様、是非よろしくお願いいたします!

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