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□■第37話 《妖狐》レイフォン■□


「綺麗……」


 現れた存在を目の当たりにし、マーレットは静かにそう呟いた。


 クロス達の前に、今、一匹の魔獣が君臨している。


 美しい狐の魔獣だ。


 薄暗い森の中、九つの尾をたなびかせ、こちらを赤い目で見詰めるその狐は――明らかに異質な存在感を放っている。


 その魔獣の名前は――レイフォン。


 かつて、クロスが子供の頃、この《邪神街》で共に暮らしていた仲間の一人……いや、一匹である。


「《妖狐》……」


 そこで、驚き目を見開いたまま、ジェシカが口を開いた。


「知っとるん? ジェシカ」

「赤い目に九つの尾、神々しいまでの銀色の毛並み……確実に《妖狐》だ。物の本に拠れば、その毛皮は美しい上に強大な魔力を秘めていると言われ、大昔、多くの魔術師が手に入れようと血眼になったゆえに、数を減らしたと伝えられている」


 問い掛けたミュンに、ジェシカは自身の知識を思い返しながら語る。


「ちなみに、その過程で多くの魔術師も返り討ちに遭い、両者痛み分けになったらしい。つまり、美しいだけではなく、それだけ強力な魔獣でもある」

「レイフォン」


 そこで、クロスが再び、その名を呼ぶ。


 かつての友人との再会を喜ぶように、無垢な笑顔を湛え。


 警戒する事も無く、レイフォンへと歩み寄りながら。


「久しぶりだね、レイフォン。あの頃と、全然変わってないや」

「………」


 レイフォンは、その赤い目を細め、クロスを見詰める。


 神秘的で、近寄りがたい雰囲気を放つ、神の遣いのような生物。


 そんなレイフォンが、クロスをしばらく見詰め――。


「きゅーん!」


 喉から甲高い嬌声を発し、ぴょんっとクロスに飛び付いた。


 先程までの緊張感はどこへやら。


 高潔な魔獣――《妖狐》が、まるで飼い犬のようにクロスの体に纏わり付く。


「ははっ、相変わらず柔らかいな、レイフォンの毛は。手触りも良いし、ずっと触っていたくなる」

「きゅんきゅん」


 クビの周りや背中を撫でられると、レイフォンは嬉しそうに鳴いてクロスに尻尾を絡みつける。


 九本の尻尾で覆われて、クロスの姿が半分以上毛皮に吸収されてしまっている。


『ええと、デジャブ? デジャブですか? あのわんこと再会した時とほぼ同じ流れなのですが。どれだけ子供時代から天然ジゴロだったんですか、クロス。しかし気持ち良さそうですね』


 レイフォンの尾っぽにもふもふされているクロスを見ながら、ちょっと羨ましそうにエレオノールが言う。


 彼女が言う通り、《妖狐》の毛並みは美しい上に上質なシルクのように肌触りも良い。


 しかも、ボリュームもあるので体が包み込まれる感覚に陥る。


「《妖狐》が、まるでペットみたいに……」

「まぁ、正直予想通りの流れやけどな」

「長年の時を隔てても、絆は健在ということだ。喜ぶべきだろう」


 そんなクロスとレイフォンの姿を見ながら、マーレット、ミュン、ジェシカがコメントする。


 ちなみにベロニカは、「いいなー……」と呟きながら、その光景を見詰めていた。


『クロス、クロス、ちょっとトロンとしているところアレですが、当初の目的を忘れずに』

「はっ、そうでした」


 レイフォンの毛並みに包まれ、若干うとうとしていたクロスに、エレオノールが釘を刺す。


「レイフォン」


 クロスは、懐から薬の入った小瓶を取り出す。


 レイフォンは、それを見て不可思議そうに首を傾ける。


「レイフォン、数年ぶりに再会して、いきなりなんだけど、ちょっと協力して欲しいんだ」

「きゅん」

「この薬は特殊な魔道具で、レイフォンが飲むと、僕達人間ともっと具体的にお話ができるようになる」

「きゅきゅん!」

「言葉で会話ができるようになれば、昔以上にレイフォンと仲良くなれる気がするんだ。でも、レイフォンが嫌なら今のままでも――レイフォン!?」


 言い終わらぬ内に、レイフォンはクロスの手の中の小瓶を銜えると、一気に中の薬を飲み干した。


『まったく警戒心とか無いですね、この魔獣!』


 流石にビックリするエレオノールの眼前で、レイフォンは薬の苦さに一瞬顔を顰める。


 しかし、少し経つと――。


『クロスじゃー!』


 レイフォンの口から、人間の言葉が飛び出した。


『どうじゃ、クロス! ワシの声がわかるか!?』

「レイフォン……うん、わかるよ!」

『ふふふふっ、面白いのう、200年生きてきて、人間の意思を表情や発声からなんとなく理解できるようになったワシと言えども、こうして言葉で会話が出来るようになれる日が来るのは予想外じゃった』


 レイフォンは、嬉しそうに声を弾ませて喋る。


「え、レイフォンって、200年も生きてたんだ」

『うむ、《妖狐》という種族でいえばまだまだ子供じゃがのう。それでも、人間に比べれば長命よ。クロスよりもずっと年上じゃ』

「そうだったんだ、全然知らなかった」

『ワシ等の意思疎通は一方通行だったゆえ、仕方もなかろう。しかし、こうして会話ができるようになって嬉しいぞ、クロス』

「でも、なんの警戒も無しにいきなり薬を飲むから、ビックリしたよ。怖くないの?」

『ふふふ、200年も生きておれば怖いものなど無くなるのじゃ。何事も度胸よ、度胸』


 レイフォンは、ふふふふと微笑みながら、クロスの頬に鼻先を当てる。


『しかし……クロス。ちょっと見ない間にこんなに大きくなって。成長したが、相変わらずのかわいさじゃ。かわいいのう、かわいいのう、クロス』


 囁きながら、クロスを愛おしそうに尻尾で撫でるレイフォン。


 その姿は、まるで孫をかわいがるお婆ちゃんみたいである。


「クロス、そろそろオレ達も会話に参加してもいいか」


 そこで、すっかり蚊帳の外になっていたベロニカ達が、クロスとレイフォンの元へとやって来る。


『ぬ? お主は……』

「久しぶりだな、レイフォン。ベロニカだ」


 ベロニカも、久しぶりの仲間との再会を喜ぶように微笑む。


 対し、レイフォンはベロニカの姿を確認すると……。


『ほう、あのチビだったベロニカも、立派に成長したか。しかし……これ! いい年の女子がそんなはしたない恰好をしてはならぬぞ! もっと、気品を持て!』


 ベロニカの現在の服装を見て、お説教を始めるレイフォン。


「うう……レイフォン、なんだかクロスに比べてオレに厳しい気がするぞ」

『そんなことないぞ、のう、クロス~♪』

『いや、そんなことありすぎでしょ』


 頭上で、エレオノールが呆れながら突っ込んだのだった。




 +++++++++++++




『なるほどのう、クロスは今、冒険者をやっておるのか』


 ひとまず、再会の挨拶は終わり。


 クロスはレイフォンに、現在の自分の状況と、仲間のマーレット、ミュン、ジェシカを紹介した。


『なんじゃ、嫁か? クロスはそう簡単にやらんぞ』と、姑のように唸るレイフォンは一旦置いておき、クロスは話を進める。


「僕は冒険者として、この《邪神街》と人間界を繋ぐ橋渡し……っていうと大袈裟だけど、ガイドという役割を担っているんだ。レイフォンにも、これから機会があったら、僕の仕事に協力して欲しいと思って」

『そうかそうか、クロスも今や立派な社会人か。子供が育つのは早いのう』


 ちょっと涙ぐみながら、レイフォンは寂しそうに語る。


『むむぅ、このコンコン、完全に自分をクロスのお婆ちゃんだと思い込んでますよ。ちょっと注意してやった方がいいんじゃないですか? クロス』

「まぁまぁ、抑えてください、女神様」


 後方正妻面が板に付いているエレオノールのおまいう発言は、ひとまず流す。


『承知したぞえ。ワシも、クロスの力になるならば、何でも協力しよう』

「ありがとう、レイフォン」


 任せておけ――と胸を張るレイフォンに、クロスは喜び感謝する。


『して、クロス、今のところ、この《邪神街》でどれほどの仲間を作ったのじゃ?』

「そうですね……ベロニカと狼の獣人一派の皆さん……それに、レイフォン……だけかな」

『なんじゃ、彼奴のところへはまだ行っておらぬのか』

「彼奴?」


 レイフォンの言葉に、クロスが首を傾げる。


『あの頃のワシ等の仲間……もう一人、所在のわかっている者がおる』

「え?」


 言うと、レイフォンは首を持ち上げる。


 彼女の視線が向けられた先――木々の向こう。


 遠く山の頂上の方。


 そこに、小さく屋敷のような建造物が見える。


『ベロニカ、お主もこの《邪神街》でそれなりに顔の利く大物になっているのなら、彼奴のことを知っているじゃろう』

「……知ってる」


 ベロニカは、声を低くして呟く。


「でも、正直言えば、あいつをクロスに会わせたくない」

「ベロニカ、レイフォン……あのお屋敷に、誰がいるんだ?」


 クロスは問う。


 彼女達が言う、もう一人の仲間の正体について。


「《モルガーナ》」


 ベロニカが、観念して口を開く。


「黒魔術を極め、人の心をも支配する魔道具を生み出し、今や《邪神街》どころか人間界にも多くの信者を抱える、秘術と魅惑の魔女……その正体は、クロス、オレ達と一緒に子供時代を生きたかつて仲間の一人、モルガーナだ」



 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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