□■第36話 クロスの正体とは?■□
――窃盗組織元締めのアジト壊滅、及び主犯メンバー捕縛完了の数日後。
《邪神街》に、王国騎士団の派遣隊がやって来た。
前回の指名手配犯グスタフ捕縛任務の際に協力関係になったこともあって、王国騎士団と狼獣人の仲は現在良好である。
捕まえた窃盗組織の主犯グループは、檻付の荷車に乗せられ、王都へと連行されていく。
バルジ達パーティーは騎士団と共に王都へ向かい、引き継ぎと、冒険者ギルドへの事後報告を行うことになった。
というわけで、彼等とはここでお別れだ。
「お疲れ様です! この度はお世話になりました、クロスさん。また機会がありましたら、ご協力お願いします!」
狼の獣人のアジトの前で、騎士団と共に出立の準備を終えたバルジが、深々と頭を下げてクロスに別れの挨拶をする。
「あ、時間が取れたら、魔法の指導もお願いします! 本当に、暇な時で全然いいので!」
そう言って去って行くバルジを、クロスは見送る。
『かわいい下僕ですね、クロス』
「下僕じゃありませんよ。僕の冒険者の先輩です」
隣に浮遊しているエレオノールの言葉を、クロスは訂正する。
+++++++++++++
――さて。
――バルジ達が帰っていった日の、午後。
クロス達一同は、まだ《邪神街》に滞在中である。
そんな中――狼の獣人のアジトにて、マーレット、ミュン、ジェシカの三人が顔を突き合せていた。
宿泊用に用意された、広い客室の中である。
ちなみに、クロスは別部屋――というか、ベロニカの私室で寝泊まりをしている。
「ミュンさん、ジェシカさん」
不意に、マーレットが口を開いた。
「どしたん? リーダー」
「ちょっと気になることがありまして……」
「クロス様に関してか?」
難しい顔をしているマーレットに、得物の剣をメンテナンスしていたジェシカが声を掛ける。
「はい」
言い当てられ、マーレットは素直に頷く。
「わかる。確かに旧知の仲とは言えども、成人の男性と女性が同じ部屋で何日も閨を共にするというのはどうにも不健全だ。クロス様とベロニカ殿に進言し、お二人には寝床を別けて――」
「あ、ええと、ジェシカさん、そうではなくて」
何を勘違いしたのか先走ったジェシカに、マーレットが突っ込む。
ジェシカは、「そ、そうか……」と呟いて、何気ない風に剣の手入れに戻る。
が、顔は真っ赤である。
「私がクロスさんについて気になっている点は、先日のクインレイブンといい、今回のニュージャーさんといい……クロスさんって、なんだか魔獣や獣人……闇の種族達に好かれやすい気がするんです」
マーレットは、クインレイブンのセリフや、ニュージャーが体に魔力を補給された後に発した言葉などを思い出す。
『お主の中から、何か途轍もない、魔力の波動を感じるというか……お主、本当にただの人間か?』
『どう、ベロニカなんて捨てて、あたし達の一派に入らない?』
「……以前より、クロスさんが只者ではないということはわかっていました。しかし、その、なんていうか……」
「《邪神の血》が流れている」
そこで、椅子の背もたれに体重を傾け、天井を見上げていたミュンが口を開いた。
「クロやんが、神聖教会を追放された時に言われた言葉やな」
「はい……」
クロスは、自身を魔族と人間のハーフだと言っていた。
その身には、魔族の血が流れている――と。
「あくまでも憶測ですが……クロスさんは体質的に、もしくは所有する魔力に、同じ魔族から連なる種族を魅了する力があるのでは、と思いまして……あ、いえ、単純にクロスさん自身がカッコイイっていう理由だけかもしれませんが」
「んー……まぁ、可能性はあるやろうけど。んで、リーダーは何でそれが気になるん?」
「え?」
「まぁ、わかるで。クロやんがモテすぎてることが、心配なんやな?」
ミュンがおどけると、マーレットは「か、からかわないでください!」と、頭上からぷんぷん湯気を吹き上げる。
「わ、私は単純に、クロスさんの素性というか、バックボーンを知りたいと思っただけで……」
「失礼するぞ」
そこで、客室の扉が開き、ベロニカがやって来た。
「あ、ベロニカさん、クロスさんは?」
「バルジを見送りに行ってる。それよりも、すまないな。三人一緒の部屋しか用意できなくて、不自由はしていないか?」
「ああ、いいえ、そんな、もったいないくらいです」
客人の様子を見に来たらしいベロニカに、三人は恐れ多い様子で返答する。
「あの……ベロニカさん」
「ん?」
ふと、マーレットがベロニカに問い掛ける。
先程話していた疑問を、彼女にも確かめたいと思ったのだ。
「ベロニカさん、クロスさんって、その……何者なんですか?」
「何者?」
「あ、いえ、深い意味は無いのですが……その、クロスさんってちょっと特別な魔力を持っているのかなって……以前、任務で出会った魔獣も心惹かれている様子があったり、今回も、牛の獣人のニュージャーさんが魔力を注がれた後、クロスさんにどこか懐いている感じがしたので」
「それに、以前、ベロニカ殿はクロス様が《邪神街》の帝王になるはずの人物とおっしゃっていた記憶がある」
ジェシカも、会話に参加する。
「幼い頃からクロス様を知るベロニカ殿なら、クロス様がいかなる存在なのか、わかっているのではないかと」
「むぅ……オレも、詳しいことまではわからん」
質問をぶつけられたベロニカは、腕を組みながら真剣な表情を浮かべる。
「だが、オレも元を辿れば邪神の眷属である獣人の端くれだ。だから、直感的に思うというか、クロスの傍にいるとわかるんだ。クロスは何かが違う。他の人間とも、魔族とも違う……何か、もっと強大な存在だって」
「随分、感覚的な話やな……」
「すまないが、オレは頭がそこまで良くない。だから、オレの記憶と知識に基づいてクロスを紐解く事はできない……昔の仲間達の中になら、わかる奴がいるかもしれないが」
「そういえば、クロスさんが《邪神街》にいた子供時代って、どんな感じだったんですか?」
「ああ。身寄りの無い子供同士、協力して生きていたんだ。オレとクロスを入れて、仲間は七人……いや、六人と一匹か」
当時を懐かしむように、ベロニカは語る。
「クロスは、みんなを平等な仲間として見ていただろうけど……それでも、あの頃のみんなの中心はクロスだった。だから、クロスが《邪神街》を去った後、残された仲間はいつの間にかバラバラになってしまっていた」
「なるほど……ちなみに、ベロニカさん以外の仲間って、今は――」
「失礼します」
そこで、コンコンとドアが鳴る。
ベロニカとは違い、律儀にノックをした後、クロスが顔を覗かせた。
「あれ、お話中でしたか? お邪魔してしまいましたか……」
「ああ、いえ、何も、ちょっとした雑談なので……」
クロスに関して話し合っていたとは言い出せず、マーレット達は慌てて誤魔化す。
クロスは「そうですか」と微笑み、ベロニカを見る。
「ベロニカ、知っていたら教えて欲しいのだけど。ちょっと、協力してくれないか?」
「なんだ? クロス」
「《レイフォン》が今、どこにいるのか知りたいんだ」
その名前を聞き、ベロニカは目を丸める。
まるで、随分懐かしい名前を聞いた――と、そんな感じだ。
「レイフォン、か……知らないわけじゃないが、何か用があるのか?」
「ああ。あくまでも、レイフォンが許してくれるならだけど……これを使わせてもらおうと思って」
言って、クロスがコートの下から取り出したのは、ある薬品だった。
《魔道具》研究家――グスタフが捕まった後、彼の家から押収された薬品の一つで、モンスターと意思の疎通が出来るようになるというもの。
先日、クロスはその薬品を魔獣、クインレイブンに用い、問題無く会話をする事に成功していた。
「もし、レイフォンとも会話できるようになったら、嬉しいなと思ったんだ。あ、それだけじゃなくて、《邪神街》で仲間を増やせられれば、もっとガイドとして役に立てるかもしれないっていう利己的な理由もあるけど」
クロスは、どこか照れ臭そうに言う。
「レイフォンもあの頃一緒に過ごした、僕の仲間だから。会話が出来たら良いなって、素直に思って」
「そうか……なるほど」
クロスの言葉に、ベロニカが頷く。
「あの……すいません」
そこで、マーレットが会話に参加する。
「お話に出てきている、そのレイフォンという方は、一体」
「ああ、すいません、こちらだけで話を進めてしまって」
困惑するマーレット達に、クロスが説明する。
「以前、僕が《邪神街》にいた頃一緒に暮らしていた仲間に、魔獣がいると言ったと思うんですが……それが、レイフォンです」
+++++++++++++
「おそらく、ここらへんだ」
ということで、ベロニカに案内されてやって来たのは、《邪神街》の中枢区付近。
かつてグスタフが潜伏していた、《邪神街》の中でも“少しヤバい領域”に分類される場所だ。
その中でも、現在クロス達が足を踏み入れたのは、街というよりも山野に近い場所。
木々が生い茂り、斜面の激しい山肌が見える、人の生活圏から離れた自然地帯である。
「この森の中は、野生生物以外に、モンスターをはじめ魔獣も生息している。あのグスタフも、最初はここで魔道具薬品の実験を行っていたのだろう」
クロスの隣に立ち、ベロニカが周囲を見回しながら言う。
獣の遠吠え、鳥の奇怪な雄叫び、何の生き物なのかわからない生物の唸り声等……街中にいては聞くことのない音が、四方八方から聞こえてくる。
マーレット、ミュン、ジェシカの三人も、いつ何が起きてもいいように警戒態勢を取っている。
「オレも、レイフォンとはしばらく会っていない。だが、時々この当たりで目撃されているという噂が耳に届いてきている。自身の群れを作ってよろしくやっているのか、それとも仲間など不要と一匹だけで生きているのか、それはわからないがな」
「そうか……」
クロスは、その手に持った薬品を見る。
「今更だけど、勝手かな? ただ僕が、レイフォンと話をしたいからなんて理由で、薬を飲ませるなんて」
「オレが言うのも何だが、レイフォンはオレに負けないくらい、クロスのことが好きだった。だから、嬉しいと思うぞ。クロスと会話が出来るようになって、今以上に仲良くなれたなら……オレとしては、ちょっと複雑だが」
そう言いながら難しい顔を浮かべるベロニカを見て、クロスは微笑む。
「……そうか。でも、どうやってこの山の中からレイフォンを探し出そうか」
「呼べばいい。クロスが呼べば、レイフォンも気付いてやって来るはずだ」
「そんな簡単に行くかな?」
とは言え、今は他に選択肢も無いので――。
クロスは、声を張り上げてレイフォンの名前を呼ぶ。
子供時代――仲間として一緒に生きていた頃……あの頃を意識しながら。
クロスの張り上げた呼び声が、山間に木霊す。
「別のモンスターを呼び寄せてしまったら、急いで逃げましょう」
クロスの言葉に、マーレット達が「了解です」と返事をした――その時だった。
「……来る」
ベロニカが、鼻と耳を微動させる。
何かが凄まじい勢いで、こちらに向かって接近してくるのを感じ取ったようだ。
「クロス、どうやら当たりのようだ。それに、警戒もしなくていいぞ。レイフォンが来るなら、他のモンスターも魔獣も恐れて近寄ることは無い」
ベロニカが言うと同時、その場の皆が理解する。
地面が鳴動し、木々がざわめく。
何かがこちらに近付いているのが、音でわかる。
そして、気配でも。
強大な存在感を持つモノが、すぐ近くまで来ている――。
誰もがそう理解した、その時だった。
それは、気付くとクロス達の目前にいた。
この怪しい気配に満ちた、不気味な森に似つかわしくない、神々しいオーラを放つ……それは、美しい“狐”だった。
体長は一メートル半ほど。
全身が、目を奪われるような美しい銀色の毛並みで覆われている。
そして、こちらに向けられているのは、神秘的な赤い双眸。
九つの尻尾が、陽炎のように揺らめいている。
「レイフォン」
《魔獣》――《妖狐》のレイフォン。
かつての仲間を前に、クロスは懐かしそうにその名を呼んだ。
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