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□■第35話 命の恩人■□


「魔力……欠乏症?」


 魔道具の力を借り、《雷魔法》を乱発していた牛獣人の少女、ニュージャーが昏倒した。


 その姿を見てクロスが口走った『魔力欠乏症』という単語に、マーレット達が反応する。


「ええ、魔力を持つ者が、体内の魔力を枯渇させてしまった際に陥る不良状態です」


 クロスは説明する。


 普通は、体内の魔力が減少すれば体調に変化が起き、限界点を越える寸前で自覚症状が出る。


『気分が悪い』『これ以上魔力を消費すれば、おかしくなる』――と、本能でわかるはずだ。


 けれど、彼女は魔法使いとしての経験や訓練を積まずに、あの魔道具の力を借りていただけ……言わば、自動的に魔法を生み出すだけのマシーンと化していた。


「無理に魔力を絞り出した結果、自分自身の体の変化に気付けず、デッドラインを越えちまった……ってことですね」


 同じく魔力の扱いに精通している《魔道士》――バルジも、理解しているのだろう。


 後ろから補足する彼に、クロスは頷く。


「なるほど、せやから挑発してバンバン魔法を撃たせてたんやな」

「口振りから察するに、彼女は魔法や魔力に関するノウハウが薄く、手にした力に酔っているきらいがありましたので、こうなるだろうと予測していました。とは言え、あの小さな体でこれだけの《雷魔法》を発動できることは、十分凄まじい素質だとは思いますが」


 クロスは《光膜》を解除する。


 そして、仲間の牛の獣人達に囲まれ、ピクリとも動かないニュージャーの元へと向かう。


「お嬢っ!」

「お嬢、しっかり!」


 屈強な牛の獣人達も、生死不明のニュージャーを前に困惑している。


「クロス、ニュージャーは死んだのか?」


 やって来たクロス達に気付き、ベロニカが問う。


「死んではいないよ。けれど、このまま放っておけば廃人になってしまう」

「そうか……まぁ、自業自得だがな」


 ベロニカは、呆れ気味に呟く。


「分不相応な力に振り回された末路だ」

「ええ……ですが」


 そこで、クロスはニュージャーの傍へと歩み寄る。


 たじろぐ牛の獣人達の間を掻き分け、彼女の傍にしゃがみ込むと、その小さな体を抱き起こした。


「このまま不幸になるのを放っておく気にはなりません」


 抱えたニュージャーの腹部に手を翳し、クロスは魔法を発動する。


《治癒》だ。


 ニュージャーの全身が、淡く温かい光に包まれる。


「お、おい、見ろ、お嬢が……」


 牛の獣人達が驚く。


 徐々にだが、ニュージャーの瞳の中に光が戻ってきているのがわかる。


「《治癒》を通して、僕の魔力を注いでいます。応急処置ではありますが、これで欠乏した魔力も補えるはずです」

「……ん、うん……」


 やがて、ニュージャーは意識を取り戻す。


「あったかい……え?」


 深い眠りから目覚めたように目を瞬かせ、左右を見回す。


 そして自分が、クロスに抱きかかえられているという事に気付いた。


「あ、あたし、いったい何が……」

「魔力の欠乏を起こして、死にかけていたお前をクロスがわざわざ助けてくれたんだ」

「……あんたが?」


 ベロニカに言われ、ニュージャーはビックリした表情でクロスの顔を見上げる。


「クロスの貴重な魔力を注いでもらったんだ、地に伏して感謝しろ」

「……確かに、なんだか、体が気持ちいい……なんだろう、すごく幸せっていうか……」


 ニュージャーは、ほんのりと頬を上気させ、熱の籠もった眼差しをクロスへと向けた。


「……ありがとう」


 そして、感謝の言葉を漏らす。


「おい、ニュージャー」

「みゃっ!」


 そこで、どこか苛立たしげに、ベロニカはニュージャーの首根っこを掴んで持ち上げた。


 まるで、クロスから引き剥がすかのように。


「ニュージャー、これで勝負はついた。その上、お前の身の危機を救ってやったんだ。今回は大人しく引き下がれ」

「た、確かに、命を救ってもらったのだから……仕方ないわね」


 ニュージャーは残念そうに呟く。


 呟きながら、気付くと自然にクロスへと近付き、腕に抱きついてもたれ掛かる。


 そんな彼女に、ベロニカが「離れろ!」と、再度首根っこを掴んで引っ剥がした。


『おやおや、この爆乳牛娘、何やらクロスに熱い視線を向けていますよ?』


 頭上を浮遊していたエレオノールが、それでもチラチラとクロスへ目線を向けてくるニュージャーを見て面白そうにしている。


『一目惚れですかね。罪な男ですねぇ、クロス』

「いやいや、まさか……」

「でも、あんた達なんでここに来たの? 目的は何?」


 ひとまず、状況は落ち着いた。


 因縁のあったニュージャーとベロニカの喧嘩も収まったので、肝心の用件を伝える流れになる。


「ふぅん、窃盗組織を追ってるのね……」


 そこで、ニュージャーは何やら意味ありげな様子で相槌を打つ。


「何か知っているのか? 知ってるなら大人しく吐け、ニュージャー」

「んー、別にー?」

「もしかしてですが……」


 ベロニカの尋問をはぐらかすニュージャーに、そこでクロスが問い掛ける。


「ニュージャーさんの持っているその魔道具は、窃盗組織からの経路で手に入れたものなのでは?」

「なに?」

「えへへ、よくわかったわね」


 ニュージャーは、クロスに話を振られたのが嬉しかったのか、上機嫌で答える。


「その通りよ。何を隠そう、この魔道具はあんた達の標的の窃盗組織から、あたしに貢がれたものなの。この牛の獣人が支配する区域にアジトを置いて、匿ってあげてるあたしに対する献上品ってところね」


 ベロニカ相手には誤魔化していたのに、クロス相手には意気揚々とペラペラ内情をバラしている。


「なるほど、この頭の足りない小娘の機嫌さえ取っておけば、後は娘にゲロ甘の頭目とその部下の獣人どもだけだ。簡単に取引を成立させられると睨んだんだな。中々やるな、その盗人組織の連中は」


 ベロニカが嫌みたっぷりに言う。


「しかし、これで確定だ。件の窃盗組織の元締めが潜んでいるのは、やはりここで間違いない」


 ジェシカの言葉に、皆が頷く。


「おい、ニュージャー」


 ベロニカは、更にニュージャーへと情報を要求する。


「その窃盗組織のアジトを教えろ」

「そ、それは……」


 そこで、ニュージャーは口籠もる。


 流石に、彼女達にも仁義はあるのだろう。


 取引を成立させた以上、匿っているのが犯罪組織だったとしても、容易く口を割る気にはならないようだ。


「何を黙ってる。潔く言え。まだ痛い目に遭いたいのか」

「仕方がないよ、ベロニカ」


 そこで、クロスはベロニカに言う。


「彼女達にもメンツがあるんだ。それに、力尽くで聞き出すというのもどうかと思う」

「………」


 諦めるように言うクロス。


 ニュージャーは、そんなクロスの表情を見て、ちょっと後ろ髪を引かれているような顔になる。


「……で、でも、流石に教えることはできないけど、調査の許可くらいはいいわよ。仕方がないけど、命を救ってもらったんだし……」


 ニュージャーは言う。


 その彼女の発言に、周囲の牛の獣人達は焦っているが、「パパには自分から言うから大丈夫」と、ニュージャーが断言する。


「別に協力するわけじゃないんだから、約束を反故するわけじゃないわ」

『ふふふ、押してダメなら引いてみろ。北風と太陽。鬼と仏。流石クロス、心理的な攻めもお手の物ですね』

「?」


 エレオノールはそう言うが、クロスに自覚は無い。


「よし、じゃあさっそく捜索に向かうぞ」


 ベロニカが先頭に立ち、皆に向かって言う。


「馬鹿な牛の獣人どもが用意した隠れ家だ。わかりやすいところに決まってる。どうせ、すぐに見付かるぞ」

「誰が馬鹿よ! あんた達には一生掛かっても見付からないわよ!」


 ベロニカの発言に、ニュージャーが憤る。


 感情変化の激しい娘である。


「ふん、どうだかな。こちらは索敵能力に優れた狼の獣人だぞ?」

「無理ったら無理よ、絶対に無理! 賭けたっていいわよ」

「ほう、そうか。なら、オレ達が一時間以内に盗人共のアジトを見付けられたら、深々と土下座して『もう一生逆らいません』と宣言しろ」

「い、いいわよ? 別に……あ、そうそう、言っておくけど、東の森の奥の廃屋には近付かない方がいいわよ。あそこには、恐ろしい魔物が……」

「なるほど、そこに潜んでいるんだな」

「あ、し、しまったぁ!」


 うっかり口を滑らせ、頭を抱えるニュージャーを尻目に、ベロニカは歩き出す。


「言っただろ、あいつは馬鹿だって」


 そして、後ろに続くクロスに、彼女は楽しそうに笑いながら言ったのだった。




 +++++++++++++




 というわけで、そこからの流れは早かった。


 クロス達は、ニュージャーの言っていた東の森の奥へと向かう。


 そこに、結構な大きさの廃屋があった。


 蔦で覆われた、石造りの建物。


 かつては、城塞の一部だったのではないか……と、そんな印象を受ける。


 どちらにしろ、人目に付きにくく、潜むのに完璧な場所だ。


 陣形は鉄板パターンを用いる。


 狼の獣人達に周囲を囲ってもらい、クロス、ベロニカ、マーレット、ミュン、ジェシカ、バルジとそのパーティーで一気にアジトに乗り込む。


「な、なんだっ!?」


 敵は、まさかこんなに迅速に急襲がされるとは思っていなかったのかもしれない。


 窃盗組織の元締めメンバー達は、クロス達の手によって次々に捕縛されていく。


 慌てて外に逃げた者達も、狼獣人達によって取りこぼす事無く捕まっていく。


 グスタフの時に比べれば、相手は特殊な攻撃能力も、武器も持っていない。


 普通の犯罪者達、という感じだ。


 なので、クロス達にとってはさほど手の掛かる敵では無かった。


「よし、こんなところか」


 というわけで、窃盗組織は見事壊滅。


 捕縛した彼等は、一旦狼の獣人のアジトに幽閉させてもらう。


 この後は、バルジが王国騎士団を呼び、王都の裁判所へと連行される流れとなる。


「あーあ……壊滅しちゃったのね」


 狼の獣人達に縄を引かれ、連れて行かれる犯罪者達。


 その光景を見ながら残念そうに呟くニュージャーを、ベロニカが見据える。


「残念だったな、お前に便利な魔道具を提供してくれる連中がいなくなって」

「別に……あんな奴ら、稼いでる財宝の量に比べれば、あたし達への貢ぎ物なんて大したものじゃないってわかってたから。この魔道具だって、使いすぎると魔力欠乏になるっていう注意もせずに渡してきた。元から、そこまで貴重なものじゃないって知ってたのよ」


 ふんっ、と、ニュージャーは手にした魔道具のリングを見ながら言う。


「それよりも……」


 と、そこで。


 気付くと、ニュージャーが再び、クロスの横にやって来ていた。


「ねぇ、あんた。クロスっていうのよね」

「はい、まぁ」

「強いわね。どう、ベロニカなんて捨てて、あたし達の一派に入らない?」


 背の低い彼女はクロスの腕に豊満な胸を押しつけ、二の腕に頬擦りしながら甘えた声を出す。


「あたしがパパに言えば、特別待遇で迎えられるわよ。将来的には、あ、あたしのお婿さんにしてあげても……」


 クロスにべたべたするニュージャー。


 そんなニュージャーに、ベロニカは瞬く間に肉薄し、首根っこを掴み。


「ふんっ」


 全力で、森の彼方へと思い切り放り投げた。


「みぎゃあああああぁぁぁ………」

「お嬢ぉおおお!」


 悲鳴を残し、星になったニュージャーを追いかけ、牛の獣人達が走っていく。


 何はともあれ――こうして、バルジの依頼であった、王国内で猛威を振るう巨大窃盗組織。


 その元締めの捕獲任務に成功したのだった。



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