□■第34話 《獣人》ニュージャー■□
「ここから先は、あたし達《牛の獣人》の縄張りよ。絶対にあんた達を通さないから」
行く手を遮る牛の獣人達――その先頭に立つのは、年端もいかないくらいの少女。
頭部から一対の立派な角を生やし(牛の獣人は、女性も角を持っているようだ)、不適な笑みを湛えた小柄な少女だ。
彼女は、年の割には主張の強い胸元を突き出し、偉そうに言い放つ。
「牛の獣人には用はない、調査をしたいだけだ。黙ってそこをどけ、ニュージャー」
そんな少女に対し、狼獣人のボス、ベロニカは吐き捨てる。
「それに、今なんて言った? 《魔法》を使えるようになった? ガキは現実と妄想の区別も付かないのか」
「はんっ、妄想かどうかわからせてあげようじゃない。もう、あんたが偉ぶれる時代じゃなくなったの、野良犬の女王様」
高圧的な態度のベロニカ。
しかし、そんな彼女に対し牛獣人の少女――ニュージャーも負けていない。
一触即発の空気が、ピリピリと肌を刺す。
「あの、ベロニカ……」
そこで、クロスはベロニカに声を掛ける。
「クロス。すまないな、待たせてしまって。あのへなちょこをすぐにどかすから、ちょっと待っててくれ」
「いや、一つ聞きたいのですが……彼女は?」
クロスは、依然仁王立ちしながら、自信満々の笑みでこちらを見据えている少女を指さし、問い掛ける。
「ああ、奴はニュージャー。この一帯を縄張りにしている、牛の獣人の一派の頭目――その一人娘だ」
ベロニカが説明をする。
「まだ子供のくせに、生意気で、オレを敵視している。時々こうやってオレに歯向かっては、いつも返り討ちにあっているかわいそうな奴だ」
「誰がかわいそうな奴よ!」
その言い草に、流石にニュージャーが怒り出す。
『沸点が低いですねぇ、まだまだ子供だというのがよくわかる反応です』
クロスの頭上で、エレオノールがそうコメントする。
「お嬢!」
そんなニュージャーを、周りの牛の獣人達が、『抑えて抑えて』と宥めている。
ふーふーと息を荒げていたニュージャーだったが、すぐに不敵な笑みを取り戻し、ベロニカに言い放つ。
「ふんっ、口喧嘩なんてまどろっこしいことしても意味無いわ」
「オレ達は、お前と会話している事自体がまどろっこしいんだ。大人は忙しい。子供は家に帰って寝てろ」
「ふふんっ、楽しみね、これからその顔が、苦痛に歪むと考えるとね」
愉悦たっぷりに言い放って、ニュージャーは懐に手を伸ばす。
胸元をごそごそと探り、手が戻されると、何やら輪っかのようなものが握られていた。
「なんだ、それは?」
「さっき言ったでしょ。《魔法》を使えるようになったって」
「だから、妄想も大概にしておけ。お前みたいな奴が、昨日今日で習得できるほど魔法は単純なものじゃない。クロスみたいな天才じゃないと扱えない代物だ」
「姉さん姉さん、俺も一応使えます」
「バルジは黙ってろ」
ベロニカが言うと、バルジは「ウス」と大人しく引き下がる。
完全に義姉弟関係になっている、この二人。
「確かに、牛の獣人の女は、成長するにつれ体内に魔力を蓄える体質だと聞く。だが、お前はまだまだ子供。そんな未成熟の体では大した魔力も無く、魔法が扱えるはず……」
「ところが、これを使えば扱えるのよ。この、《魔道具》をね」
「……魔道具?」
瞬間、ニュージャーは手にしていた輪っかを、頭の角に装着する。
あたかも角輪のように。
「あんたの言うとおり、牛の獣人は女と男でそれぞれ特徴がある。男は屈強な肉体を持つ一方、女は成長するにつれて豊富な魔力を蓄える」
ニュージャーの頭から生えた、一対の角。
その角の先端の間に、光が走った。
「あたしはまだ子供だけど、牛の獣人の女。魔力は持っている。この魔道具の力を借りれば、体内から魔力を無理やり引き出して魔法効果に変えられる!」
「……クロス!」
そこに至って、ベロニカも気付いたようだ。
ニュージャーの言葉が、偽りでは無いということに。
「喰らいなさい!」
刹那、ニュージャーの角の間に、光の球体が発生。
直後、その球体は稲光となり、けたたましい爆音を迸らせ、ベロニカ達に向かって放たれた。
まるで、稲妻だ。
「皆さん! その場から動かないで!」
直前、クロスが動いていた。
《光魔法》――《光膜》を発動。
その場にいたマーレット達やバルジ達、狼の獣人達も含めて、広範囲の結界を生み出す。
放たれた雷撃が、《光膜》に衝突し爆炎を上げた。
「きゃっ!」
「こ、こりゃ、確かに凄い威力やな……」
打ち込まれた雷撃の威力に、マーレットとミュンが驚愕する。
「驚いている暇は無いぞ! 全員、できるだけクロス様の近くに!」
一方、ジェシカが叫ぶ。
「そ、そうです! クロスさんの魔法の範囲を狭めて、負担を少なくしてください!」
マーレットも続いて指示し、皆を一カ所に集める。
「ふふん! いつまで防げるかしらね!」
ニュージャーは続いての一撃を放つ。
砲撃もかくやという衝撃が、クロスの《光膜》を襲う。
『クロス、大丈夫ですか?』
「……想像以上の攻撃力です。これは、永くは保たないかもしれませんね」
心配そうにクロスを気遣うエレオノールに、雷撃を打ち込まれ、ヒビの入った《光膜》を見ながらクロスが言う。
「これで終わりよ!」
ニュージャーは、既に次撃の準備に入っている。
「クロス、《光膜》を解除してくれ」
そこで、クロスの前に立つベロニカが言う。
「オレと部下達で壁になる。その隙にクロス達は――」
「……いや、ベロニカ」
狼獣人を束ねるボスとして、責任を果たそうとするベロニカ。
そんなベロニカに、クロスは言う。
「ちょっと、試してみたいことがある」
「何か、考えがあるのか?」
「ああ……」
そこで、クロスはベロニカに耳打ちする。
端的に、自身の“仮説”を伝えた。
「……なるほどな」
「今から一瞬、《光膜》を解く。そうしたら、僕が《光膜》を維持したまま外に出て――」
「いや、クロス。その役目は、オレに任せてくれ」
クロスを振り返り、ベロニカは微笑む。
「……危険だよ?」
「オレが心配か? 心配してくれるのは嬉しいが、オレだって弱くないぞ」
そう言い放つベロニカに、クロスも微笑みを返す。
「わかった、お願いする」
「おう!」
クロスは《光膜》を刹那だけ解除。
瞬間、ベロニカが《光膜》の外に飛び出す。
そして瞬時の動きで足下にあった石を掴み、全力でニュージャーに向かって投擲した。
「きゃっ!」
飛来した石を、ニュージャーは慌てて避ける。
放とうとしていた雷撃は、明後日の方向へと打ち出され、空の彼方に消えていった。
「ちょ、ちょっと! あたしを守りなさいよ、あんた達!」
「申し訳ありません、お嬢!」
「どうした? 情けない声を上げて」
周囲の配下達に怒るニュージャーを、ベロニカが挑発する。
「お子ちゃまには、まだまだ子守が必要か。おむつを取るのもまだ早かったんじゃないのか?」
「ふんぎぃ!」
ニュージャーは、怒りに任せて雷撃を撃ち出す。
高速で放たれる爆撃を、ベロニカは身体能力の限りを尽くしてギリギリ回避していく。
「ほらほらほら、防戦一歩よ! いつまでちょこまかと逃げ回っていられるかしら!」
ニュージャーの雷撃が、疾駆するベロニカを仕留めるために、あちこちに乱射される。
木々が吹き飛び、牛の獣人達は地面に伏せ、クロスは《光膜》に全力を込め流れ弾に吹き飛ばされないように集中する。
地形をも変容させるほどの爆撃が、しばらく続き――。
「はぁ……はぁ……」
「ふ、ふふ……」
硝煙が立ち上り、荒れ果てた更地の中。
ボロボロになった衣服を纏い、煤に塗れた肌を晒すベロニカが、息を荒げながら立っている。
その姿を、ニュージャーは喜悦の表情で見ていた。
「良いザマね、ベロニカ。今まで、散々あたしを小馬鹿にしてくれたバツよ……」
「はぁ……はぁ……」
「ひ、ひざまずいて、謝るなら、許してやるわよ?」
「……はぁ……ニュージャー」
そこで、ベロニカが言う。
「ひざまずくのは、お前の方だ。死にたくないならな」
「は、はぁ? 何を言って……」
「随分、顔色が悪いぞ」
そこまで来て、ニュージャーは自覚する。
興奮していて気付かなかったのだろう――今のニュージャーは、全身から汗を滲ませ、顔色は青ざめ、目の焦点も合っていない。
確実に、どこかおかしい。
「え、あ、あたし、何、これ……」
「降参しろ、ニュージャー」
ベロニカが、ニュージャーに歩み寄っていく。
「こ、降参? ふ、ふざけないでよ!」
そんなベロニカに対し、ニュージャーは攻撃を仕掛けようとする。
魔道具により、自身の中に蓄えられた魔力を抽出。
《雷魔法》の魔法効果にして撃ち出す。
しかし、その行動を起こそうと意識をした、瞬間だった。
ぷつんと、彼女の中で何かが切れた気がした。
「は……はれ?」
そして直後。
ニュージャーは、まるで糸の切れた人形のように、その場に跪き、頭から倒れた。
「お、お嬢!」
地面に伏せていた牛の獣人達が、倒れたニュージャーに駆け寄る。
ニュージャーは、目を見開いたまま微動だにしない。
その瞳の中からは、光が消え去っていた。
本当に、命の灯火を失った人形のように。
「バカめ」
ベロニカが、嘆息混じりに呟く。
「い、一体、何が……」
《光膜》の中、その光景を見ていたマーレットが零す。
「限界を超えてしまったんです」
理解できていない皆に対し、クロスが説明する。
「体内の魔力が急激に減少した結果、誤作動を起こした……いわゆる、魔力欠乏症です」
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