□■第33話 牛の獣人■□
「なんでもここ最近、王国内で猛威を振るってる窃盗組織が現れたらしいんですよ」
ここは――王国の外れ。
山を越え、人里から離れた先にある、どこか淀んだ空気の漂う街。
いや――街と表現するには不釣り合いなほど、その土地の規模は大きい。
場合によっては一国ほどの領土を持つその場所の名は、《邪神街》。
その《邪神街》のとある場所――ここは、狼の獣人が統治する縄張り。
狼の獣人のアジトである、堅牢な石造りの建物の中の、一室。
そこに、数名の人間達が集まっていた。
誰であろうクロスと、その仲間のマーレット、ミュン、ジェシカ。
そして、バルジと三人の仲間達のパーティーである。
そう、今回、クロスは《邪神街》のガイドとして、バルジ達に協力する形になったのだ。
加えて、マーレットのパーティーも加わり、合同で任務に挑む事になったのである。
「窃盗団……ですか」
クロスは、自分が教会を追放されたばかりの頃を思い出す。
大金持ちの馬車を襲っていた盗賊を、偶然にも通り掛かったクロスが撃退した時のことだ。
「最近、各地に出没する盗賊や強盗が増加してきていて、街中の商店や銀行、輸送中の積み荷なんかが被害にあってるそうなんですよ。で、どうやらその盗賊や強盗ってのが、元を辿ると一つの大きな組織から派遣されてるらしくて」
「なるほど……大人数を抱え込んだ、巨大窃盗組織ということですか」
クロスは、バルジの言葉に頷く。
「はい。で、盗まれた商品や金は、足が付かないように《邪神街》に流されるのがよくある事。なので、《邪神街》で怪しい情報がないか、調査を依頼されたって経緯です」
「主に情報収集と調査がメインの任務ですね」
「ええ」
そこで、バルジは頭を掻く。
「正直言うと、俺達が普段請け負うのは、モンスター討伐の任務ばっかです。今回みたいなのは、完全に専門外で」
「では、どうして請け負おうと思ったんですか?」
「今回の任務の依頼を出したのは、王国内でも名の知れた商家の大金持ちらしいんですよ」
盗賊や強盗により、最も被害を受けているのは、やはり流通や商売に打撃を加えられている商家のようだ。
「で、これから俺達が上に行くためには、そういう大口案件もこなして、権力者との間にパイプを作っておきたいですからね」
「なるほど、バルジさんの意欲の強さには、見習う部分があります」
クロスにそう言われ、バルジは照れたように笑う。
「……まぁ、何より、一番の理由はクロスさんと一緒に任務に挑みたかったから、なんですけどね」
そして小さく、ボソリと呟いた。
「さて……ということらしいんだ、ベロニカ」
「ああ、わかった」
バルジの説明が終わると、クロスは横の女性に話を振る。
頭の上に耳を立たせ、腰から短い尻尾を覗かせる、ワイルドな格好をした長身の女性。
彼女――ベロニカは、この《邪神街》を統括するチームの一つ――狼の獣人の一派のトップであり、クロスの後ろ盾。
そして、クロスの旧い友人の一人である。
「最近、人間界から盗んできた物品や金品を売り捌き、荒稼ぎしている連中がいると噂は聞いている。外の世界でならず者達を支配し、《邪神街》を拠点として活動している連中だ」
「ビンゴ! 流石はクロスさんのご友人だ! こんなに早く手掛かりが掴めるなんて、すげぇぜ!」
バルジと仲間達は、ベロニカの発言に盛り上がる。
「………」
「………」
「………ごほん」
しかし、一方。
マーレット、ミュン、ジェシカの三名は、先程から黙り込み胡乱そうな目をベロニカに向けていた。
理由は、簡単。
現在、ベロニカは椅子に座ったクロスに、後ろから抱きつくような姿勢を取っているのである。
クロスの体に両腕を回し、抱きすくめ、クロスの顔に自身の顔を密着させながら、今のシリアスな会話を行っていたのだ。
「ありがとう、ベロニカ」
「えへへっ、オレ、クロスの役に立った? クロス、嬉しい?」
感謝するクロスに頬ずりしながら、ベロニカは目を輝かせ喜んでいる。
「………」
「………」
「……ごほん」
ジェシカが再び咳払いをし、ベロニカを睨む。
「ええと、ベロニカ殿……流石にそろそろ指摘すべきだと思うので言わせてもらうが、そのような姿勢では話がし辛くないか?」
「別に問題ないぞ。オレは、クロスの近くにいたいんだ」
「で、でもクロスさんも居心地が悪いでしょうし……」
笑顔をひくつかせながら、マーレットも参戦する。
「迷惑か? クロス」
「んー……確かにちょっと暑いですが、子供の頃はいつもこんな感じだったので、僕は特に気にはなりません」
そう言って、クロスは笑顔を浮かべる。
「っていうか、コラ、アホのバルジ。あんたも何普通に会話しとんねん。この状況に突っ込み入れんかい」
ミュンは、そんなクロスとベロニカを前に平素の態度で対話していたバルジへと、苦言を呈する。
「ああ? 何で俺がわざわざ協力してくれてるクロスさんとベロニカの姉さんに文句言わなくちゃいけないんだよ。お二人とも別に気にしてねぇんだからいいだろ」
「うー、バルジ、お前人間にしては良い奴だな。オレ、気に入ったぞ」
「あざすっ! 光栄です!」
深々と頭を下げるバルジを見て、ミュンは溜息を吐く。
『クロス、クロス、三人はクロスがわんことベタベタし過ぎている事にやきもきしているのですよ』
そこで、クロスの頭上から声が降ってくる。
そこに浮遊していた女神エレオノールが、助言をしてくれたようだ。
「そうなのですか……ううん、でも、ベロニカは昔からの友達ですし、この《邪神街》で活動する上では大きくお世話になる相手ですし、ベロニカが望むなら好きなようにさせてあげたいといいますか……」
『クロスは押しに弱いですねぇ。でもいいのです。主人公が色恋沙汰に対して受け身属性の場合、焦ったヒロイン達が我先にと暴走を開始して面白くなるものです。ラブコメの王道ですよ』
「凄く楽しそうですね、女神様」
空中浮遊しながらニヤニヤしているゲス女神は一旦置いておき――。
クロスは、バルジを見る。
「では、ひとまずの方針が決まりましたね」
「はい、その窃盗組織の本拠地がここにあるっつぅなら、そこを目星にありったけの情報を集める。それを持ち帰って対策を立て、王国騎士団や冒険者達と協力して、一気に乗り込んで叩く……そんな感じですかね」
あくまでも現時点では、敵の全容が見えない。
ここは冷静に、慎重に行くべきだろう。
「でも、そういう連中は逃げ足も速い。オレ達の気配を察知したら、すぐにどこかへ身を眩ます可能性もある」
そこで、ベロニカが言う。
「もし一気に叩かなくちゃいけない状況になったら、クロス、オレ達狼の獣人達も力を貸すぞ」
「ありがとう。頼もしいよ、ベロニカ」
クロスが頭を撫でると、ベロニカは「んへへへ」と嬉しそうに笑う。
「………」
「………」
「………ゴホン」
そして、そんな光景を、三人娘はもやもやした顔で見ていた。
+++++++++++++
さて。
ベロニカは即座に部下達を動かし、対象の捜索を始めた。
《邪神街》に散った狼の獣人達が、あちこちで聞き込みを行い、どんどんと情報が本部に集まってくる。
結果、どうやらその窃盗組織の元締めと思しき連中が、盗んだ金品と共に潜んでいるアジトが、この《邪神街》の北の区域にあるという噂をキャッチした。
「よし、早速向かおう。オレの部下達を先回りさせて、そのアジトを包囲するように言ってあるから」
クロス達はベロニカと共に、《邪神街》を北上していく。
「その北の区域も、ベロニカ達の縄張りなのか?」
「いや、そこを統括しているのは、別の獣人の一派だ」
ベロニカ曰く、《邪神街》の中には様々な区域があり、縄張りを作って支配しているグループも多数存在する。
ベロニカ達狼の獣人の一派は、《邪神街》の中でも最大規模の派閥だが、そんな彼女等と抗争している獣人の派閥も少なくない。
「だが、問題無い。そこを統治している獣人共は、オレからしたら取るに足らない連中だ。オレの名前を出して話を付ければ、そいつらの縄張りの中にも問題無く――……ん?」
《邪神街》の中を進み、徐々に自然の風景が増えてきた。
そろそろ、問題の区域に差し掛かる――というところで、ベロニカは足を止める。
つられて立ち止まったクロス達の視線の先で、何やら揉め事が起こっている。
ベロニカが先に向かわせた狼の獣人達と、何やら、別の獣人達が揉めているようだ。
「何をやってる」
「あ、ボス!」
その集団の元に向かうと、振り返った狼の獣人達がベロニカを見て驚く。
「それに、クロスさん! お疲れ様です! いつもお世話になってます!」
「あ、いえ、お世話になっているのは僕の方ですから」
加えてクロスの姿を発見すると、すぐさま腰を曲げる狼の獣人達。
そんな彼等に、クロスは戸惑いつつ微笑む。
「何を揉めている?」
「それが、ボス。こいつら、俺達を通さないの一点張りで……」
クロスは、道を妨げるように立ちはだかった者達を見る。
狼の獣人にも負けぬほど屈強な体付きに、頭部から生えた角。
顔を見ればわかるが――皆、牛に似た容貌をしている。
彼等がこの区域を支配する、《牛の獣人》の一派のようだ。
「何故だ? お前達の頭目に話を通せ。ベロニカが来たと言えば、すぐにわかるはずだ」
皆の先頭に立ち、ベロニカが牛の獣人達に向かって言い放つ。
しかし――そこで。
「あたし達が、いつでもあんたの言いなりになると思ってるの? ベロニカ」
牛の獣人達の間から、声が響いた。
甲高い、少女のような声だった。
「パパが許しても、あたしが許さないわよ。あんたの勝手にはさせないから」
「……その声は」
ベロニカが反応すると同時に、牛の獣人達の間から彼女は現れた。
少女だった。
しかも、かなり背丈は小さい。
屈強な体付きの獣人達と比較する形になってしまうため、一層小さく見えるが、大体130㎝くらいだろう。
金色の短めの髪に、幼い顔立ち。
その顔に、不敵な笑みを湛えている。
頭部からは、一対の立派な角が生えている。
小柄な体格で、おそらく年端もいかないくらいの年齢と思われる。
しかし、その胸だけは不釣り合いにデカい気がする。
「ニュージャー」
彼女の名前を呼び、ベロニカは目を細める。
「一体何のつもりだ、牛獣人のボスのわがまま娘が勝手なマネをして、また痛い目に遭いたいのか?」
「ふふん、あんたが偉ぶれるのも今日までよ」
牛の獣人の少女――ニュージャーは、デカい胸を張ってデカい態度で言い放つ。
「今日は、あたしがあんたをギタギタにしてやる。遂に《魔法》を使えるようになった、このあたしの手でね!」
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