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□■第32話 アルマとクロス■□


「別に、私一人でいいんですよ? クロスさんのおうちのサポートは」


 ナイトレイブン討伐任務の、翌朝。


 マーレット、ミュン、ジェシカの三人は、クロスの家へと向かっていた。


 今日も、彼への罪滅ぼしの一環で、生活のサポートをするためにである。


 前回は、クロス宅への訪問はマーレットだけだったが、今回は三人全員で来ていた。


「まぁまぁ、たまには三人で一緒に朝食の席を囲んでも楽しそうやん」


 脳天気な声音で、ミュンが言う。


「私は前回、クロス様との仕事に関する話しかできなかったからな。今回こそ二人同様、クロス様の生活の助けをしたいのだ」


 と、ジェシカは意気込みを語る。


「そんなこと言って、本当は私が抜け駆けしないように監視しようとしてるだけじゃないんですか?」

「別にー?」

「そんな不埒な理由は無い」


 マーレットの発言に、ミュンもジェシカも即座に返す。


「しかし、昨日は大変やったな」


 道を歩き進みながら、ミュンが呟く。


 昨日の事――任務の件は当然として、彼女達を悩ませたのはアルマというシスターの存在だった。


 クロスを追い掛けて、神聖教会を抜けてきたという美人でクールな修道女である。


「また、クロやんを追い掛けて色々ちょっかい掛けてきたらどうしよか?」

「だが、あのアルマというシスターも反省した様子だったし、一から冒険者としてランクアップしていくと言っていた。しばらくは、しつこくパーティーへの加入を求めてくることも無いだろう」


 そして、三人はクロスの住む集合住宅を訪れる。


 彼の部屋の前に立ち、呼び鈴を鳴らす。


「はい」


 玄関の扉を開け、クロスが現れた。


「あ、皆さん、おはようございます」

「おはようございます、クロスさん」

「朝飯用意しに来たでー」

「もしご迷惑で無ければ、今日は四人一緒に――」


 そこで。


「クロス神父? 誰か来たの?」


 クロスの部屋の中から、女性の声が聞こえた。


 同時、目元を擦りながら、明らかに寝起きのアルマが姿を見せた。


 その光景を前に、マーレットは手に持っていた朝食用の食材の入ったバスケットを落とし、ミュンとジェシカは硬直する。


「ど……どうしてここにアルマさんが!?」


 叫ぶマーレットに、アルマは寝ぼけ眼を向けている。


 修道服を脱ぎ、下着姿になっている彼女は、三人の姿を一瞥すると「お水……」と呟きながら、クロスの後ろを通過していった。


「ああ、ええと、実は昨日の夜、彼女がやって来まして……」


 クロスは、困ったように苦笑しながら説明する。


「それで、どうしても僕の家に泊まりたいという事だったので」

「それで、泊めたんですか!?」

「無防備過ぎやろ、クロやん!」

「いや、でも、彼女は一応顔馴染みですし、まぁ、仕方がないといいますか……」

「つ、付き添いの双子のシスターはどうしたのだ?」


 矢継ぎ早に疑問をぶつけてくるマーレット、ミュン、ジェシカへ、クロスは押されつつも答えていく。


「ウナさんとサナさんは、普通に宿に泊まっているそうです」

「じゃあ、何故アルマ氏だけクロス様の家に宿泊しているのだ!?」

「く、クロスさん、昨夜は何も無かったですか? その、アルマさんに、何か……無理やりされたりしたりとか!?」

「いえ、特に何もしてもされてもいませんが……」

「本当やな?」

「しかし、力尽くでクロス様の家に泊まりに来たのに、何もなかったということは考えられないぞ!」

「そ、そうです、私、クロスさんに聞きたいことがあったんです!」


 困惑する三人は、止まること無く質問を投げ掛けていく。


「あ、アルマさんが、クロスさんがいないと生きていけない体にされてしまったって、ど、どういう意味なんですか!?」


 そこでマーレットが、昨日から気になっていた事を問い掛けた。


 顔を真っ赤にしながら。


「ええと、それは……」


 その問いに、クロスが答えようとした、その時だった――。


 ガシャーンと、凄い音が後方で発生した。


 見ると、アルマがびしょ濡れになって床の上に腰を落としている。


 傍には、水が入っていたピッチャーとグラスが割れて散らばっていた。


「ど、そうしたんですか、アルマさん」

「……水を飲もうとして、失敗してしまったわ」

「どうしたら水を飲むのを失敗できるんですか?」

「ピッチャーの中の水をグラスに注ごうとして、手が滑ってグラスを落としてしまって、拾おうと屈んだところで片手にピッチャーを持っていたことを忘れていて、注ぎ口を下に向けてしまって水が零れて、それに驚いて滑って転んでしまったわ」


 水に濡れた状態で、懇切丁寧、理路整然と経緯を説明するアルマ。


 そして、申し訳なさそうに顔をクロスに向ける。


「ごめんなさい、クロス神父」

「とりあえず、体を拭きましょう」


 クロスは手を貸し、アルマを立ち上がらせる。


「ガラスが割れて、床に散らばってしまっていますね。ちょっと片付けるので、アルマさんは待ってて下さい」

「私も手伝うわ」


 そう言うと、アルマはしゃがみ込んで割れたグラスに手を伸ばす。


「あ、危険ですよ。割れた断面が尖っているので指を切ってしまうかも――」

「切れたわ」


 アルマは、早速切れて血が流れ出している指先を見せてきた。


「ほら、言わんこっちゃない!」

「ごめんなさい、クロス神父。痛いわ」


 クロスは涙目のアルマの手を取り、《治癒》を掛ける。


 そして、「ガラスが散らばって危険なので、アルマさんは椅子に座っていてください」と、アルマを近くの椅子に促す。


「わかったわ」


 アルマは椅子の上に腰を下ろすと、そのまま足を折り畳み、抱き込むように座る。


 クロスは床に散らばったガラスを片付けると、布巾を持ってきてアルマの体を拭く。


「頭、もう濡れてるところは無いですね」

「下着に水が染み込んでしまったわ、クロス神父」

「体の方は自分で拭いて下さい」


 そんなやり取りを交わす二人を、マーレット達は黙って見ていた。


「なんだか……」

「なんやろな……」

「何というか……」


 その光景は、まるで親子のようだった。


「もしかして、アルマさんの、クロスさんがいなきゃ生きていけない、って言葉の意味って……」

「ええと、何と言いましょうか」


 何かに感付いたマーレットに、クロスが中断していた説明を再開する。


「アルマさんは、魔法の才能に関しては天才的なのですが、その代わり生活能力がびっくりするくらい無いといいますか……教会にいた頃も、僕がそこらへんの介助をしていたことが多くて」

「や、やっぱり……」

「そういう意味だったんやな」

「だから、クロス様がいないと生きていけない体になってしまった、ということだったのか……」

「クロス神父が教会を追放されてしまった後は、ウナとサナを初め、シスターの皆が私を助けてくれていたわ」


 そこで、アルマが話に参加してきた。


 体育座りのまま。


「でも、やっぱり私は、クロス神父がいないとダメなようなの」

「いや、キリッとした顔で何を情けないことを言ってるんやろ、この人」

「じゃあ、その、クロス神父とアルマさんは、別に男女の関係だったとか、そういうわけではなかったんですね……よかった……」


 アルマの言葉を聞き、マーレットはちょっとホッとした様子を見せる。


「クロス神父」


 そこで、体の水滴を拭き終わったアルマが、クロスに声を掛ける。


「お腹が空いたわ。朝ご飯にしましょう」

「自由ですね、アルマさん」

「朝ご飯は、私が用意するわ」

「いえ、大丈夫です。アルマさんに厨房を貸したら何が起こるかわかりませんので」

「あ、じゃあ、私が朝ご飯は用意します!」


 というわけで、当初の予定通り四人ではなくなったが。


 クロス達はこの日、五人で朝餉を囲うことになったのだった。


『……ぐー、すぴー』


 ちなみに、この間、女神エレオノールは天井付近を浮遊しながら眠りこけていた。




 +++++++++++++




 結局、アルマはあの後、探しに来たウナとサナに引っ張られて二人の宿泊している宿へと回収された。


「ほら、アルマさん! 昨日、クロス神父から卒業するって言ったでしょ!」

「一人前の冒険者になって、クロス神父のパーティーに加入を許されるまで、クロスさんには甘えないって宣言してたじゃないですか!」

「最後にちょっとだけ、一緒に一夜を共にしたかっただけよ。本当よ。嘘じゃないわ。本当よ」


 ウナとサナに引き摺られて行き、ひとまず、アルマがクロスの家に同居するという事は無くなった。


 それから数日、クロス達はパーティーで任務をこなしながら、冒険者としての職務を全うする日々を続けていた。


 アルマ達も、アルマ、ウナ、サナの三人でパーティーを組んで頑張っているようで、その成果を時々報告に来た。


 やはり、元々破格の才能を有している彼女と、アルマ同様《魔法》の才能を持つウナとサナが組んでいるためか、順調にランクを上げてきている。


「同じランクになるのも、すぐかもしれませんね」

「でも、油断は禁物よ。地道に努力をしていくわ」


 そう会話を交えたりもした。


 さて、そんなある日のこと――。


「クロスさん!」


 冒険者ギルドで、受付嬢のリサと近況について話をしていたところで、だった。


 クロス達の元に、一人の男がやって来た。


 腰に魔法用の杖を携帯し、クセがかった深い緑色の髪の、顔に満面の笑みを浮かべている青年だ。


「誰や、自分」

「バルジだよ!」


 ミュンに言われ、バルジは慌てて名乗る。


「まさか、クロスさんも忘れてないですよね!? バルジですよ、バルジ! あなたの舎弟にして一番弟子のバルジです!」

「ええと、すいません、バルジさんのことは覚えていますが、舎弟になっていただいた記憶と一番弟子になっていただいた記憶は無いのですが……」

「バルジ、クロス様は今忙しいのだ。サインなら後にしろ」

「別にサインが欲しくて来たんじゃないんだよ! いや、もらえるなら滅茶苦茶欲しいけど!」


 そこで、バルジは一度ゴホンと咳払いすると、クロスに言う。


「クロスさん、実は俺達のパーティー、ある《邪神街》絡みの任務に今関わってまして」

「《邪神街》……」

「是非、クロスさんにガイドとして協力していただきたいな、と。《邪神街》への同行をお願いしてもいいですか?」



 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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[一言] ドジっ子属性。ここまで酷いとさすがにな。
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