□■第26話 クロスのサポート■□
「祝! クロスさん新居決定おめでとうございます!」
いつもの酒場にて。
今日も、マーレット、ミュン、ジェシカが、クロスと共に宴会を開いている。
全員がCランク冒険者への昇格も決定したこの機会に、今まで都の外れの廃屋に住んでいたクロスの新居を選ぼうという話になったのだ。
度重なる任務の達成成功で、収入は十分過ぎるほどある。
以前の約束通り、本日皆と一緒に都の住まい関係を扱っている業務店に行き、ちょうど良い物件を選んだのだ。
「でも、ホンマによかったの? クロやん。あんな小さい賃貸の部屋で」
「クロス様なら、もっと良い家に住めると思うのだが」
「いえいえ、男一人で暮らすのには十分過ぎますよ」
クロスが今回居住に選んだのは、いくつかの部屋が集合した、家主と賃貸契約を結んで住むことが出来る家屋。
いわゆる、集合住宅だ。
『正確には、男一人ではなく私もいるのですけどね』
後ろから、女神エレオノールがそう付け加える。
「おほん……クロスさん」
そこで、何やら畏まった感じでマーレットが口を開いた。
今日も、彼女は結構お酒を飲んでいて、顔を赤くしている。
しかし、真剣な表情になると、真っ直ぐクロスを見据えて言う。
「私、クロスさんに提案したいことがあるのですが」
「はい、なんですか?」
「クロスさんは今回、ガルベリスさんの口添えもあって無事、私達と一緒にCランク冒険者へ昇格することができました。でも、本来の実力的には、やはりもっと上の立場に居ないといけない人だと思うんです」
マーレットの言葉に、ミュンとジェシカもうんうんと頷く。
「買いかぶり過ぎですよ。それに、Cランクへの昇格が決まった時にも言いましたが――」
「はい、クロスさんのお気持ちはとても嬉しいです。その……」
マーレットは、視線を逸らす。
「私達と一緒に居るのが好きだから、このパーティーと共に歩んでいきたいっていう、その想いは……」
クロスは、実績・実力的に、本当ならAランク冒険者にだって昇格できる人材だ。
だが、クロスはそれを断り、マーレット達と歩調を合わせ昇進していきたいと、推薦者のガルベリス及びギルド側に願ったのだ。
「……でも、逆に言えば、私達はそこに罪悪感を覚えているんです」
「罪悪感?」
「んん、まぁ、ウチ等がクロやんの足を引っ張ってるんやないか? ってことやな」
マーレットに続き、ミュンが補足する。
「そんな、考え過ぎです。僕はそんなこと思っていません」
「無論、清廉で優しいクロス様は、そんな気持ちは抱いていないだろう。仮に抱いていたとしても、口や顔に出すこともしないだろう」
ジェシカが言う。
「だから、これは我々の気持ちなのだ」
「ジェシカさん……」
「私達、考えたんです。この罪悪感を、どうやって解消すればいいのかって」
マーレットは再び真剣な眼差しを、クロスに向ける。
「そして、思い至りました。なら、自分達にできることで、クロスさんに恩返しをすればいいんだと」
「恩返し?」
「つまり――」
マーレット、ミュン、ジェシカが、ずいっとクロスに顔を寄せて言う。
ちょっと緊張し、照れの混じった表情で。
「私達で、クロスさんの生活をサポートさせてください!」
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クロスの生活をサポートさせて欲しい。
マーレット達の発した提案――それはつまり、一体どういうことなのか――。
翌日、早速彼女達は、その実践に参った。
「おはようございます! クロスさん!」
朝――集合住宅の自室で起床したクロスの耳に、呼び鈴の音が届く。
部屋のドアを開けると、廊下にマーレットがちょこんと立っていた。
「おはようございます、マーレットさん。今日は、ええと、どのようなご用件で?」
「クロスさん、昨日ここに引っ越して来たばかりですが、荷物の荷解は大丈夫ですか?」
「ええ、元々そんなに私物も持っていないので」
「そうですか……では、朝ご飯をご用意させていただきます!」
言うと、マーレットは手に持っていたバスケットを持ち上げる。
中には、彼女が買って来たのだろう食材が入っていた。
クロスの生活をサポートする――という宣言は、つまり、こういう意味だったようだ。
「いいんですか? せっかくの休みの日に」
「はい! むしろ、是非とも! 私達の罪悪感の解消のためにも!」
そう言われてしまえば、クロスも無碍に断りづらい。
マーレットはクロスの部屋で、朝食の調理を開始する。
「どうぞ、クロスさん」
「わぁ、美味しそうですね」
パンにスープ、サラダ、それにスクランブルエッグ。
彩色豊かな朝食メニューを前に、クロスは感動する。
「あ、そうだ。クロスさんが食事をしている間、部屋のお掃除させてもらいますね。あと、洗濯物も」
「え? いや、朝食を作りに来ていただいただけで十分過ぎるのに、何もそこまで……」
「えへへ、罪悪感に押し潰されないためにも、です!」
不穏なワードを口にしている割には、どこか楽しそうである。
そんな感じで、マーレットはクロスの代わりに色々と家事を手伝ってくれたのだった。
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「お待たせしました、ジェシカさん」
「ご足労申し訳ない、クロス様」
その後、「お掃除と洗濯をしながら、お留守番しておきますね」と言うマーレットにお礼を言って、クロスは家を出た。
向かった先は都の中にある、とある修練場だった。
ここは、冒険者ギルドの関連施設で、冒険者が鍛錬に使うための空間や道具が揃えられている。
ジェシカのように武器を扱う者は、擬似的な武器(木剣や棍棒)で稽古をしたり、ミュンのように体を鍛えたい者のために肉体強化のためのトレーニング用具も用意されているのだとか。
そこで、クロスを待ち構えていたのはジェシカだった。
昨日、ジェシカからこの修練場にて、クロスと連携の修練をさせて欲しいと提案があったのだ。
「今日は休日だが、冒険者として、何よりこれからクロス様のお荷物にならないためにも、パーティーとしての成長も必要だと思う。その為に、クロス様と連携した戦い方ができるよう、鍛錬がしたいのだ」
ジェシカは真面目で、やる気に満ち溢れている。
その真っ直ぐな提案に、クロスは喜んで応じることにしたのだった。
「では……まず、連携をするためにも互いの特徴を深く知り合う必要があると私は思う」
「はい、もっともだと思います」
「そこで、クロス様のステータスを再確認させて欲しい。まず、使用できる《魔法》の種類だが……」
「そうですね。僕は主に《光魔法》を扱いますが、現在習得しているのは初級魔法の《光膜》《光刃》《光球》……それに中級魔法の《活性》と――」
クロスの能力を確認し、ジェシカはふむふむとメモしていく。
「なるほど……では、続いて弱点の質問だが、クロス様は酒を飲めないのだったか」
「はい、お酒には弱くて、ちょっと飲んだだけでも頭が痛くなってしまい」
「そうか……では、あまり無理強いはできないか……ちなみに、他に苦手な食材や食べ物はあるか?」
「え? ……えーと……」
「弱点の確認だ、クロス様。気になさるな」
ジェシカはクロスに質問を続け、答えをメモしていく。
「なるほど……では、食べ物や飲み物の好みは以上だな」
「あ、はい」
「ちなみに……その……クロス様は、どんな女性が好みなのだ?」
「え?」
「じゃ、弱点の質問だ! クロス様の好みを利用し、敵に色仕掛けをされる危険性もある!」
「あ、はぁ……」
なんだか、後半からはちょっとズレた質問が多かった気もするが……。
そんな感じで、その日、クロスはジェシカと連携のための鍛錬(?)を行ったのだった。
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「あ、来た来た、クロや~ん」
ジェシカと別れた後、人通りの多い都の大通りへとやって来たクロス。
待ち合わせ相手のミュンが、手を振ってクロスを呼ぶ。
「すいません、遅くなりまして」
「ええねん、ええねん、ウチも来たとこやし」
えへへーと、ミュンは細い糸目を柔らかく曲げながら言う。
「じゃ、買い物行こか」
マーレット、ジェシカと続いて、ミュンは本日、クロスの買い物に付き添うためにやって来たのだった。
クロスにとって、生活の中心でありながらまだ馴染みの無い、この都の案内をするため。
味気ない男の部屋を彩るための家具なんかを、一緒に選ぶため――そのサポートなのだという。
「あ、クロやん。移動販売でフルーツサンド売ってるわ」
「へぇ、美味しそうですね」
「ちょっと食べてかへん?」
しかし、なんだか……ほぼデートのような雰囲気になっている。
『クロスの生活をサポートするといいながら、全員下心丸出しですねぇ』
さも当たり前のように、クロスの腕に腕を回し一緒に歩いているミュンを見ながら、エレオノールが嘆息する。
『でも、構いません! 全然OKです! むしろもっと過激にアプローチするのです箱入り娘達!』
「何故か上機嫌ですね、女神様」
ふわふわと浮遊し、エキサイトしているエレオノールを見上げながら、クロスは言う。
と、そこで。
「あれ?」
「どしたん? クロやん」
クロスが立ち止まる。
クロスの視線の先に、道の隅っこで泣いている、まだ年端もいかないくらいの女の子の姿があった。
「迷子、でしょうか?」
「あらら、親とはぐれてもうたんかな?」
クロスとミュンは、その泣いている女の子の元に行く。
「大丈夫ですか? お母さんか、お父さんとはぐれてしまったんですか?」
クロスが膝をつき、優しく問い掛けると、女の子は泣きながらこくこくと頷く。
「お、お母さん……居なくなっちゃった……」
「これだけ人混みが多いとなぁ」
「お母さん、どんな服を着てるかわかりますか?」
クロスは女の子に、親の特徴を聞く。
女の子は、ゆっくり母親の服装を教えてくれた。
「よし、ミュンさん、ちょっとお時間もらいます」
「え?」
瞬間、クロスは《光魔法》――《光膜》を発動。
足下に展開させ、その上に飛び乗り、一段高く跳躍する。
都の空に、クロスが飛翔する。
目下に犇めく人混みを見回し――その中から、女の子の言っていた特徴に合致する人物を見付けた。
一人の女性が、慌てた様子で周囲に視線を走らせながら彷徨っている。
『あの女性ですね、クロス』
「はい」
確認すると、クロスは着地する。
「クロやん、お母さん探してたん?」
「ええ、見付けましたよ」
女の子と一緒に居たミュンに、クロスは微笑む。
「でも、ちょっと距離があったので……ミュンさん、少々待っていて下さい」
クロスは、女の子を背負う。
そして自身の胸に手を当て、《活性》を施す。
負担を大きくしないよう、瞬間的にパワーアップする程度にだ。
身体能力を強化されたクロスは、瞬時に地面を蹴って、人混みの中をすり抜け走る。
そして一瞬にして、先程の女性のもとに辿り着いた。
「お母さん!」
無事、クロスは母親に子供を引き渡したのだった。
「ありがとう! おじさん!」
「こらっ、お兄さんでしょ」
お礼を叫ぶ女の子に手を振りながら、クロスはミュンの元へと帰るため、その場を去っていった。
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「ってな感じで、迷子の子を無事お母さんに届けたんやで。クロやんってば、かっこよすぎへん?」
その夜、いつもの酒場。
いつも通り、クロス、マーレット、ミュン、ジェシカの四人は、騒がしくも楽しい夕餉を過ごしていた。
一日の報告も兼ねてである。
「いいなぁ、ミュンさん! というか、都を案内するとか一緒に家具を選ぶとか言って、完全にデートじゃないですか!」
ミュンの話を聞き終わったマーレットが、麦酒を飲み干しながらいちゃもんを付ける。
「それならマーレットやって、なんや通い妻みたいなことしてるし!」
「二人とも不埒だな。純粋にクロス様へ罪滅ぼしをしたいと思っているのは私だけか」
「ジェシカなんかもっとわかりやすいやろ、何クロやんの好み聞き出そうとしてんねん! ポンコツ乙女か!」
「反則ですよ!」
「な、何が反則なのだ!」
と、今日一日あったことで盛り上がる一同を前に、苦笑するクロスであった。
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