□■幕間 一方、神聖教会では……――反乱■□
「ぐぅぅ……」
神聖教会支部。
司祭ベルトルは、その顔に明らかな不機嫌を滲ませて廊下を足早に歩いていた。
別に、どこかに向かっているわけでは無い。
彼がこのような行動を起こしている理由は、二つある。
一つは、こうして移動していないと『クロス擁護派』に見付かり、クロスを教会へ復帰させる事はできないかと訴えられ、鬱陶しい話し合いをしなくてはいけなくなるから。
そしてもう一つは、そのクロスの冒険者ギルドでの待遇に関する事だ。
ベルトルはギルド側に圧力を掛け、クロスが冒険者として冷遇されるように図っていた。
神聖教会は、この国内でもトップレベルの規模を持つ宗教団体。
冒険者ギルドの運営陣の中にも、関係者が多くいる。
近隣大都、クロスが活動の拠点としている冒険者支部の支部長は小心者で、こちらがちょっと圧を掛ければ『神聖教会の機嫌を損ねてはならない』と、クロスを腫れ物のように扱っていた。
これで、あの憎きクロスは冒険者ギルド内でも居場所を失うに違いない……そう思っていた。
しかし、昨日のことだった。
この支部に、冒険者ギルド職員と共に一人の男がやって来た。
その人物とは、Aランク冒険者のガルベリスだった。
どうやら彼は、ひょんな事からクロスと親交を持つようになり、彼がその実績に対し、明らかに不当な立場にいる現状に疑問を抱いたようだ。
そして、支部長と相談したところ、クロスの古巣である神聖教会が評価の査定に関わっていると察したらしい。
『ベルトル司祭、ご安心を。クロス君の人柄に問題があるというのなら、このAランク冒険者ガルベリスが、責任を持って彼の指導に当たります』
司祭の執務室で向かい合って話をしている間、ベルトルは冷や汗を流しっ放しだった。
Aランク冒険者ガルベリスは、王国上層部からも依頼を受け、数々の功績を上げてきた実力者。
当然、彼と懇意の有力者も多い。
何を隠そう、神聖教会の上層部とも仲の良い付き合いをしている。
神聖教会でも気に留めなくてはならない、重要人物の一人なのだ。
そんな彼がわざわざ出向き、たかが支部のトップでしかない自分に直接口添えに来たのだ。
そうなったなら、流石にこちらが引き下がらざるを得ないというものだ。
更に、一緒に同行していた冒険者ギルドの職員からは、事もあろうにお礼を言われた。
先日、クロスが《邪神街》の出身であるとベルトルが言った件――確かに、彼は《邪神街》の権力者と繋がりを持ち、しかも人間世界の事件の解決に一躍買ってもらえたと。
ベルトルの発言も、彼が《邪神街》のガイドである事の裏付け、そのための信用性の高い証言の一つとなってしまったのだ。
「クソッ……クロスめ! 一体どうやって、これほどの人脈を……ッ!」
苛立ち、爪を噛み、ベルトルは廊下を闊歩する。
いずれ、この神聖教会内での人事闘争の際には確実に邪魔者になると思った。
だから、小さい内にその芽を摘んだつもりだった。
しかし、外にいても影響を及ぼしてくる。
憎たらしい、恨めしい――。
「ベルトル司祭」
その時だった。
彼の前に、一人の女が立ちはだかった。
「シスター・アルマ」
アルマ――そう呼ばれたシスターは、神聖教会の修道服に身を包み、ベールの下から美しい銀髪が流れ出すように輝いている。
整った顔立ちで、中でも切れ長の目が特徴的だ。
彼女はこの神聖教会支部に所属する修道女の中でも、高い《魔法》の実力を持ち、シスターのリーダー格を務めている人物だ。
よく見れば、彼女の後ろに、もう二人シスターの姿が見える。
顔立ちも背丈もそっくりな、双子のシスターだ。
「クロス神父に関するお話ですが」
「クロス……申し訳ないが、今はその名前は聞きたくな――」
「再三再四、クロス神父の処遇に関し意見を申し上げてきましたが、その度にはぐらかされ、対話の場も設けていただけず、一向に事態が進展しないことに憤りを感じておりました」
アルマは、氷のように冷たい無表情のまま、ベルトルに告げる。
「私は、以前より神聖教会の誠意に欠けた対応の数々に不信感を抱いていました。この度、我慢の限界を迎えたため、私アルマを初め同意のあるシスター一同、脱会させていただきたく申し上げに参りました」
「……は?」
「では」
ベルトルが何かを言う前に、アルマは背を向けていた。
その後ろに、付き添っていた二人のシスターも続く。
「ま、待ちなさい! シスターアルマ!」
シスター一同、脱会する?
流石に全員というわけではなく、彼女と後ろに続く二人の合計三名のことを言っているのだろうが、しかし、そうポンポンと人員に抜けられては困る。
業務に支障が出るし、自分の管理能力を疑われる。
何より彼女――シスター・アルマは、《魔法》の才能、家柄、他のシスター達を率いる統率力、総合的な評価が高く、重宝していた部下だった。
少々、クロスに関して入れ込んでいる節があったが、そこはなぁなぁに流し続けて、行く行く上に登る際には有効活用してやろうと思っていた人材だったのだ。
それが、いきなり抜けるなどと――。
「ま、待ちなさい! 待て、お前達!」
声を荒げるベルトルだが、シスター達は耳を貸さない。
ベルトルの前から、立ち去っていく。
「く、くそっ! クソぉっ!」
苛立ちと恨めしさ、そして上手く行かない状況に、ベルトルは子供のように地団駄を踏んでいた。
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「よかったのよ、わざわざ私について脱会なんてしなくても」
「いえいえ、私達も前からベルトル司祭に不信感はありましたし」
「気持ちはアルマさんと一緒でした」
神聖教会支部を出て、アルマを先頭にシスター達が歩いて行く。
アルマは後ろに続く二人のシスター達――顔も背丈もそっくりな、双子のシスターを見て、ふぅと溜息を吐いた。
「それで、アルマさん」
「これからどうします?」
「……そうね」
アルマは、伏せていた視線を持ち上げる。
「……ひとまず、クロス神父の元に向かおうと思うわ。一目、今のご様子を見ておきたいから」
そう呟くアルマは、微動だにしない人形のような顔を、少しだけ赤く染めていた。
「クロス神父……そうですね! 私も久しぶりにお会いしたいです!」
「えーと、確か――クロス神父は今、冒険者になっているって聞きましたけど」
「冒険者……」
アルマは前を見る。
ここから遠く、一番近くの大都を、その場から見据えるように。
「なら、ひとまず行き先は冒険者ギルドね」
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
これにて、第一章完結とさせていただきます。
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