□■第24話 総力戦■□
指名手配犯――グスタフが叫ぶと同時、マッド・スライムの群れがクロス達へと襲い掛かった。
やはり、グスタフの命令で動くよう《魔道具》で調教が完了しているようだ。
「来るぞ!」
「おお!」
襲い来るマッド・スライムの群れ。
これだけの量が相手では、並大抵の冒険者では太刀打ちが出来ないだろう。
だが――。
「マーレット! すまないが、今回私は足手まといのようだ!」
「すまんけど、ウチもやな」
「大丈夫です!」
物理攻撃を主とするジェシカとミュンが、マーレットの後ろに回る。
クロスとの邂逅により、余計なプライドを抱くことの無くなった彼女達は、冷静に現状を把握し、最適解に身を委ねる。
物理攻撃、肉弾戦を主とするジェシカとミュンでは、マッド・スライム相手は不利だ。
なので、ここはマーレットに場を譲る。
「ミュンさん! ジェシカさん! ここは私が!」
マーレットは、腰から二挺の《魔法拳銃》を抜いて構える。
瞬時、自身達へ襲い来るマッド・スライムに、火炎魔法の弾丸を浴びせていく。
銃撃を受けたマッド・スライムは、爆炎と共に動きを止める。
「無駄だ! そんな初級《炎魔法》レベルの魔法弾で、こいつらが仕留められるか!」
グスタフが叫ぶとおり、銃撃されたマッド・スライムは、まだ形状を残している。
銃撃に一瞬怯んだものの、すぐにマーレット達への攻撃を再開する。
「なら…」
しかし、マーレットの手札はその程度で終わらない。
二挺の《魔法拳銃》の銃口を合わせると、装填された火炎弾同士を混ぜ合わせるように、銃撃をチャージする。
「《合成魔法弾》」
発射されたのは、通常の火炎弾の数倍はある巨大な業火球。
《魔法拳銃》の弾丸を組み合わせた《合成魔法弾》――その強力な一撃を見舞われ、マッド・スライムの全身が蒸発する。
「なっ!?」
その光景を見て、グスタフが驚愕する。
『おお! あのロリ巨乳娘、中々やりますね!』
「マーレットさんだけではありませんよ」
興奮するエレオノールの一方、《光刃》でマッド・スライムの《核》を的確に切断していたクロスが言う。
「おらぁ!」
杖を構えたバルジが、《風魔法》を起こしスライム達を牽制する。
風圧を受けたマッド・スライムは、風に飛ばされないよう、その場に固まるように動きを止める。
「フッ!」
そして、身動きを封じられたスライム達に、ガルベリスが襲い掛かる。
彼が手にするのは、背中に背負っていた大剣。
その剣身に指先を這わせると、大剣に炎が付与される。
Aランク冒険者、《付与術士》のガルベリスは、得物に魔法効果を纏わせる技を使う。
彼は、炎熱の魔法効果を宿した大剣で次々にマッド・スライムを薙ぎ払っていく。
「な、な、な……」
マッド・スライムの大群を率い、圧倒的に有利だったはずのグスタフ。
しかし、彼の目の前で、そのスライム達が一瞬にして討伐されていく。
スライム系のモンスターは、《核》を破壊されなければ体を修復する力を持つという利点があるが……最早、そんなものは関係無い。
瞬く間に全身を焼き消され、また《核》を切断され、次々に消されていく――。
「クソ……クソ! もう少しだというのに……!」
グスタフは頭を抱え、まるで駄々をこねる子供のように地団駄を踏む。
「モンスターの成長速度を速める効力は、徐々に安定してきている……! 俺の実験は、もうすぐ成功するんだ! 人間世界を恐怖に陥れる、凄まじい《魔道具》薬品が生み出せられるんだ!」
「そんなことをしてどうなる! 混乱を招くだけだ!」
眼前のマッド・スライムを切り裂き、ガルベリスが叫ぶ。
「だからだ! この《魔道具》は高値で売れる! この国だけじゃない、他の国だってこぞって欲しがる! 俺は、俺の《魔道具》の力を証明し、金さえもらえればそれでいい!」
よく言えば、自身の欲望に忠実とも言える。
しかし、その身勝手な発言を聞き、彼等冒険者が「はいそうですか」と受け入れるはずが無い。
むしろ、更に攻撃の速度は増していく。
壁となるスライム達の数が、目減りしていく――。
「ぐぅぅ……こうなったら!」
瞬間、切羽詰まったグスタフが、自分を守らせるように周囲に配置していたスライム達に命令する。
「合体しろ、マッド・スライムども!」
残されたスライム達が集合し、その体が重なって、溶け合い、増幅していく――。
「全員警戒だ! マッド・スライムが合体した! でかいぞ!」
直後――彼等の目前に、天井に届きそうなほどの巨大なマッド・スライムが現出した。
身を捩るだけで、まるで大津波が迫ってくるような迫力を覚える。
しかも、猛毒の大津波だ。
マーレットの《合成魔法弾》や、バルジの風を受けるが、意に介さず襲い掛かってくる。
「ハハッ! 今の内に……」
その隙に、グスタフは場に背を向ける。
敵が巨大マッド・スライムに苦戦している今が好機――逃げだそうとしたのだ。
だが――。
「逃がしません」
――直後、グスタフの背後で、神々しい光芒が発生した。
――と、思ったその刹那、爆光、爆音、爆風。
「な」
振り返る。
火柱が上がり、そこに君臨していたはずの巨大なマッド・スライムが、跡形も無く消滅していた。
その奥には、クロスが立っている。
手にしているのは、《極点魔法》――《天弓》。
彼の放った《赤矢》の一撃が、大津波の如きマッド・スライムを一瞬で蒸発抹消に至らしめたのだ。
「ひ、ひぃぃ!」
腰を抜かしながら、それでも這って逃げようとするグスタフ。
「逃がさない」
だが、既にベロニカが回り込んでいた。
立ちはだかった強面の女獣人を前に、グスタフは悲鳴を上げ、また逆方向に逃げようとする。
その前に、クロスが立った。
「あ、あああ、あんた!」
そこで、混迷状態のグスタフが、クロスの足にしがみついてきた。
「あんた、お、俺と組まないか!? 今の攻撃! すげぇ力だ! 《極点魔法》か? ガルガンチュアのマザーを倒したのも、きっとあんただろ!?」
クロスに縋りつくように、グスタフは言う。
「俺と組もう! 俺の《魔道具》で、俺がモンスターを急成長させ、あんたがそのモンスターを倒すんだ! そうすれば、強力な《魔石》を簡単に取り出せる! 売り捌けば遊んで暮らせるだけの《魔石》が、効率的に手に入るぞ! 俺とあんたで、荒稼ぎしよう!」
おそらく、追い詰められて混乱しているのだろう。
そんな与太話を繰り出すグスタフに、クロスは――。
「いえ、残念ですが、そのお話は丁重に断らせていただきます」
クロスは、冷静に対応する。
「何より、強力な《魔石》が手に入るという点……それは不可能なんです」
「は、はぁ?」
「あなたの薬品によって成長させられたモンスターは、不完全な存在なんです」
「え? は?」
困惑するグスタフに、クロスは説明する。
クロスは以前、グスタフが成長させていたガルガンチュアのマザーを倒し、手に入った《魔石》の一部を使って、結界の《魔道具》を作ってもらった。
しかし、あの《魔石》は不完全なものだった。
結界の《魔道具》の作成を請け負った工房の職人が、《魔石》が脆く、《魔道具》は作れるが効果も長続きしないと言ったそうだ。
その報告を、クロスは受付嬢のリサから伝えてもらっていた。
それでも、作成された《魔道具》を寄付された農村からは、その思いに対する感謝の手紙をもらったのだった。
「あのガルガンチュアも、外見はマザークラスですが、その内部の《核》はもろいため、寿命が短くやがて消滅していたのでは……と憶測が立っています」
「………」
つまり、グスタフの研究も……彼の《魔道具》も不完全なものだったと、そういうことだ。
「く、くそぉ! くそぉ! そんなわけあるか!」
グスタフは、現実を受け止めたくないのか――頭を振って取り乱す。
「俺の研究は、《魔道具》は、完璧だぁ!」
そして激昂すると、懐から瓶に入った薬品を取り出し、クロスに向かって掛けようとする。
しかし、その薬品はクロスの眼前に展開した《光膜》に弾かれた。
跳ね返った薬品を、グスタフは結果、頭から被ることになる。
「ぎゃあっ!」
おそらく、先刻獣人に浴びせたのと同じ薬品だろう。
グスタフの頭が、ジューと音を立てて煙を上げる。
「馬鹿め」
ベロニカが、グスタフの首に手刀を叩き込む。
「《治癒》」
気絶したグスタフに、一応クロスが《治癒》を施し、全身を捕縛する。
何はともあれ――対象の確保には成功した。
「皆、ありがとう」
その場に集まった一同を見回し、ガルベリスが言う。
「これにて、任務完了だ」
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こうして――長年行方を眩ませていた指名手配犯。
薬品《魔道具》研究家、グスタフは捕縛された。
洞穴の外へ連行し、待機していた王国騎士団へ受け渡す。
彼等に深く感謝され、そして、獣人達の称賛の声に包まれ、今回の任務は遂行完了となった。
「クロス君」
そして、すべてが終わった後。
森の外へと戻ってきたところで、ガルベリスがクロスに声を掛けた。
「今回の件で、君が多大な信頼を任せられる存在だとわかった」
ガルベリスが手を差し出す。
クロスは、「ありがとうございます」と、彼と握手をした。
その光景を見て、マーレット達も意気揚々と言葉を交わす。
「クロスさん、Aランク冒険者のガルベリスさんのお墨付きをもらいましたね!」
「こうなったら、もう冒険者ギルドも無視はできないやろ」
喜ぶ彼女達の一方、そこで、ガルベリスが言う。
「俺から、クロス君にお願いがある」
「お願い?」
「冒険者ギルドには、俺から話を通す」
ガルベリスは、クロスに頭を下げた。
そして、思い掛けない提案を口にした。
「クロス君、君にAランク冒険者に昇格してもらった後――俺のパーティーに加入して欲しい」
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