表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/54

□■第23話 捜査網■□



 ――数日後。


 Aランク冒険者――ガルベリスの依頼により、モンスターを急成長させるという《魔道具》の研究家にして指名手配犯――その捜索が、開始されようとしていた。


「ここが、か」

「はい、ソードボアの群れの異常発生が確認された場所です」


 先日、ソードボア討伐任務の際に訪れた平原に、クロス達はやって来ていた。


 そして、その場には――クロス達だけではない。


「クロス、準備は整っているぞ」

「うん、ありがとう、ベロニカ」


 ベロニカ及び、彼女が束ねる狼の獣人達が揃っていた。


 何十……いや、百人近い狼獣人達が、乱れること無く整列している。


 その迫力のある光景を前に、ガルベリスも「凄いな……」と、少々感動に近い感情を抱いている様子だ。


「ガルベリス殿……」


 そこで、ガルベリスの名を呼んだのは、甲冑に身を包んだ一団だった。


 この国の国章が刻まれた鈍色の防具に身を包んだ彼等は、王国騎士団だ。


 クロスが《邪神街》との繋がりを利用し狼獣人達を呼んだように、今回の件を受け、ガルベリスも彼等に協力を依頼したのだ。


 しかし、流石にすぐのすぐでは大人数の手配は難しかったらしい。


 数十名ほど……それでも、王国騎士団の騎士を動かせるのは凄いことであるが。


「ああ、無理を言って来てもらって申し訳ない。何分、人手が欲しかったものでな」

「話は聞いています。数年前に行方を眩ませた《魔道具》研究家にして指名手配犯、グスタフ……奴が、再犯を開始したと」


 グスタフ――それが、指名手配犯の名前である。


 クロス達も、事前にガルベリスから聞いている。


「そのグスタフが潜んでいる可能性の高い場所がこの付近のため、捜索を行う……ということで良いのですか?」

「ああ、そうだ」

「なるほど、しかし……」


 そこで、騎士達は目前の獣人達に訝しげ視線を送る。


 やはり、王国の平和を守る彼等としては、《邪神街》の住人がこの場に居る事が、少々解せないようだ。


「おや?」


 しかし、その時だった。


 クロスの姿を見て、騎士達の中から声が上がった。


「き、貴殿は!」

「ん?」


 その騎士は数名の仲間達と何やら話し、すぐにクロスの方へと駆け寄って来た。


「お久しぶりです! 先日は助かりました! 高名な魔術師とばかり思っていましたが、まさか冒険者の方だったとは!」

『おや? この騎士さん達は、どこかで見たような……』

「あ」


 エレオノールの言葉を聞き、クロスは思い出した。


 興奮した様子でクロスの元へとやって来た彼等は――教会を追放されたその日にクロスが助けた、盗賊に襲われていた富豪のお嬢様の護衛を務めていた、あの騎士達だった。


「ああ、その節は、どうも……」

「驚きました! まさか、このような場所で再会できるとは!」

「あれから、貴殿にまたお会いしたく聞き込み等をしていたのですが、全く足取りが掴めず……あの時のこと、今でも感謝しております!」

「我々の命の恩人です!」


 騎士達は驚きつつも、クロスとの再会を純粋に喜び、我も我もと声を発していく。


 他の騎士達も、おそらくクロスの事を彼等から聞いていたのだろう。


「あの人が、例の……」「盗賊団を魔法で瞬殺したという……」「20人近い荒くれ者共を血祭りに上げた……」と、なんだか盛大に尾ひれの付いた話が聞こえてくる。


「あの、クロスさん、この騎士の方々は……」


 騎士達の反応に、一緒に来ていたマーレット達も驚いている。


「ああ、ええとですね……」


 仕方なし、クロスはマーレット達にもその件を説明した。


「凄い! 冒険者ギルドに来る前に、まさかそんなことがあったなんて!」

「流石、クロス様だ」


 自分達と出会う前のクロスの英雄譚を聞き、マーレット達も感心している。


 ガルベリスも、「ほう……」とそのエピソードに驚嘆していた。


「それで、今回の指名手配犯グスタフの捜索には、クロス殿も参加なさっているのですか?」

「はい。《邪神街》の獣人の皆さんに協力してもらうため、僕も関わらせていただいております」

「え?」

「クロスは《邪神街》のガイドなんだ。オレ達は、クロスの命令で今回の捜索に協力することになった」


 ベロニカが、何故か胸を張って騎士達に言う。


「いや、ベロニカ、別に命令じゃ……」

「な、なるほど、この《邪神街》の獣人達は、クロス殿の縁故により従っているということか……」

「まさか、あの《邪神街》の住人とも繋がっているとは……」

「只者では無いと思ってはいましたが、想像を絶する……」


 騎士達は、獣人達がクロスの口利きでここに居るとわかったためか、彼等を信用してくれたようだ。


『クロス、ひとまず今は余計な事は言わないでおきましょう』

「そ、そうですね……」


 何はともあれ、今第一に優先すべきは、指名手配犯の捜索だ。


「では、ガルベリスさん、始めさせていただきます」

「ああ、よろしく頼む」


 クロスはガルベリスに言うと、続いてベロニカを見る。


「ベロニカ、例のものは……」

「うん、問題無く発見できたぞ」


 ベロニカが視線を後ろに向けると、数名の獣人達が木箱を持ってくる。


 その中には、衣服や家具、それに何らかの実験に使うような機材が詰め込まれていた。


「《邪神街》中枢区に潜伏していた、その指名手配犯の隠れ家に残されてた私物だ」


 ベロニカが言う。


「もしもの際には、また逃げ戻って来られるように隠れ家はそのままにしておいたみたいだ。それが、逆に命取りになるとも知らずにな」

「向こうは、まさか《邪神街》の住人が冒険者に協力するなんて思ってもいなかったんだろう」


 そう話しながら、獣人達は指名手配犯の私物を回していく。


「では、皆さん、よろしくお願いします」


 クロスの合図と共に、指名手配犯グスタフの匂いを覚えた獣人達が、周囲に散開していく。


 近くに対象の痕跡が無いか、嗅ぎ回る。


「オレも協力するぞ」


 ベロニカも、実験器具の匂いを嗅いで覚えたようだ。


「どうかな? ベロニカ」

「……微弱に、感じる」


 ベロニカの鼻は、狼獣人達の中でも一際高い性能を持つと聞いている。


「向こうの森の方が怪しい」

「流石、ベロニカ。頼りになるな」

「ふふふ……クロスの匂いなら、どこまでだって追跡できるぞ」


 ちょっと恥ずかしそうに言うベロニカ。


「すごいぞ、ベロニカ」と、クロスが頭を撫でてやると、ベロニカは嬉しそうに「くぅんくぅん」と、喉を鳴らす。


『このわんこ、もう部下の前とか関係無いのですね』


 さて――ともかく、ベロニカの鼻に従い、一団は平原の向こう――深い森の方へと進んでいく。


 大人数で周囲に展開しながら、匂いを辿っていく。


「ん? こっちから匂いがしないか?」

「ああ、確かに」

「そっちに進んで行ってみるか」


 着々と、獣人達も指名手配犯の匂いを捉えていく。


「ベロニカ、どうかな?」

「うん、少しずつ匂いの痕跡が増えてきてる。ここら辺で活動しているのは、間違いないぞ」


 クロスの隣で、ベロニカが鼻を動かしながら言う。


「おいおい、凄いな。こんなに簡単に追跡ができるなんて」


 ガルベリスも驚いている。


 驚異的な嗅覚を持つ狼の獣人達が、これだけの人数味方になって調査に協力してくれる。


 それ自体が、まずあり得ない事なので仕方がない。


「よし、先に認識を共有しておくぞ。もし対象を発見したら、奴は複数のモンスターを使役している可能性がある。油断はするな」


 森の奥へと進みながら、ガルベリスが振り返って言う。


 今回の捜索に参加している、獣人と騎士以外のメンバー……つまり、冒険者は、クロス、ガルベリス、そしてクロスのパーティーメンバーのマーレット、ミュン、ジェシカ。


 加えて――。


「なんで自分等がおんねん」


 バルジ達のパーティーも。


「クロスさんの活躍を一番近くで見るためだろ!」

「………」

「ああ! 嘘! 嘘! 俺達も協力したいからです!」


 呆れ顔を向けるマーレット達に気付き、バルジは慌てて訂正する。


「皆さん、ありがとうございます」


 一方、クロスは純粋な笑顔をバルジに向ける。


「みんなで、必ず指名手配犯を捕らえましょう」

「押忍!」


 バルジは気合いたっぷりに叫ぶ。


「対象は生け捕りにする……だが、万が一の際には命を奪うことになってしまっても仕方がない。これ以上の被害を出さないためにも、それに、俺達の中から死者を出さないためにもな」


 ガルベリスの言葉に、皆が深刻な表情で頷く。


 この場に居るのは、戦闘を職務とする冒険者達だ。


 死と隣り合わせの状況は、覚悟の上である。


 それでもガルベリスがここまで言うということは、それだけ一筋縄ではいかない相手だということだ。


 一同は、着々と森の中を進行していく――。


 ――そして。


「……匂いが、一段と濃くなってる」


 ベロニカが呟いた。


「この周辺に、ほんの少し前までいた感じだ……」


 その時だった。


「ボス!」


 一人の獣人が、ベロニカの元へと駆け寄ってくる。


「向こうの方で、怪しい人影がいたって報告が……」

「ぐわぁ!」


 ちょうど、その獣人が指さした方向から、悲鳴が聞こえた。


『クロス!』

「はい!」


 瞬時、クロスは走り出す。


 駆け付けると、一人の獣人が地面に蹲っていた。


「大丈夫ですか!」

「す、すいません、クロスさん、下手こきました……」


 話を聞くと、怪しい人影を発見し追跡したところ、彼は何か薬品のようなものを掛けられたらしい。


「見せて下さい」


 クロスは、獣人の腕を取る。


 見ると、獣毛に覆われた右腕の中間当たりが、焼けただれて溶解していた。


「《治癒》」


 クロスは瞬時、《治癒》を掛ける。


 獣人の負傷した腕は、徐々に修復されて元通りとなった。


「ありがとうございます、クロスさん! このご恩は必ずやお返しします!」

「大丈夫ですよ」


 彼等獣人は、生まれ育った環境のせいか任侠的な部分が強い。


 傷を治したクロスに土下座する獣人へと、クロスは困ったように笑いながら答える。


「薬品を掛けられたらしいな……」


 そこに、ガルベリス達が追い付いてきた。


「これで、確定と見て間違いないな。グスタフは、この森に潜んでいる」


 指名手配犯グスタフは、主に薬品型の《魔道具》の研究家だった。


 モンスターを成長させる薬品や、モンスターに言うことを聞かせるための薬品を作っていたのだ。


 クロス達は追跡を再開する。


 獣人達の鼻に従い、匂いを追っていく。


 そして――。


「クロス……あそこが怪しい」


 森の奥地。


 クロス達の前に、巨大な岩山と――洞穴の入り口が現れた。


 以前、ガルガンチュアを討伐に向かった時と、似たような洞穴だ。


 だが、今回はその時よりも更に大きな入り口をしている。


「匂いが強くなってるって、みんな言ってる」

「では、あの中に潜んでいる可能性が高いですね」


 クロスが皆を見回す。


 全員、引き締まった表情で頷き返す。


「ベロニカ、ここから先は道が狭まる。入るのは、限られたメンバーだけにしたい」

「わかった、オレが中に行く。残った皆で、入り口を囲ませておく」

「騎士団も、入り口付近で待機するように言っておこう」


 というわけで――洞窟の中に入るのは、クロス、ガルベリス、マーレット、ミュン、ジェシカ、ベロニカ……。


「俺も! 俺も行かせて下さい!」


 そして、本人の強い希望で、バルジも参加することになった。


 彼のパーティーメンバーは、外で騎士と獣人達と一緒に待機である。


 これで、万が一グスタフが外に逃げ出したとしても、入り口には百人以上の獣人と騎士、そして冒険者が取り囲んでいる形となる。


 袋のネズミだ。


「よし、行くぞ」


 ガルベリスを先頭に、選出されたメンバーが洞穴の中へと入る。


 クロスは、《光球》を発動し足下を照らす。


 しかし、中でバラバラに動かなくてはいけない可能性も考慮し、数名が松明を持つことにした。


 洞穴の中を、しばらく進む。


「……近いぞ」


 ベロニカが呟いた。


 その時だった。


 近くの岩陰から、何かが飛び出した。


「っ!」


 襲い掛かられたのはジェシカだった。


 しかし、ジェシカは瞬時に反応し、腰の剣を抜いていた。


 飛来した何かに、一閃をお見舞いする。


「なに!?」


 しかし、ジェシカが切断し二つになった何かは、地面に落ちると同時に動き、互いにくっ付き合って元の形状へと戻った。


「これは……スライムや!」


 ミュンが松明を翳して叫ぶ。


 そこに居たのは、大岩ほどの大きさの粘液の塊だった。


 毒々しい、汚水のような色をしたそれが、ゆらゆらと揺れている。


「しかも、《マッド・スライム》だな」


 ガルベリスが、背中の大剣に手を掛けながら言う。


 マッド・スライム――スライムはスライムでも、全身が毒性の粘液で構成された、かなり攻略難度の高いスライムである。


 物理攻撃の効果が薄く、しかも触れれば体を侵食する毒を持つ。


「……クロス」

「ああ、ベロニカ」


 ベロニカが何かに気付いたように呟く。


 同時、彼女の言いたい事を察したクロスが、天井に向かって《光球》を移動させる。


 遙か上空で輝きを増した《光球》の明かりによって、洞窟内が昼間のように照らし出された。


「……な!?」

「うわぁ……」


 バルジとミュンが、思わず声を漏らす。


 今、彼等の居る場所は広い空洞となっており、周囲には大量のマッド・スライムが蠢いていた。


 暗闇の中で襲われたら、ひとたまりも無かっただろう。


「クロス! あそこだ!」


 そして、ベロニカが叫ぶ。


 マッド・スライムの群れの奥――そこに、ぼろ切れのようなマントを被った男が一人。


「グスタフ……っ!」


 ガルベリスが、忌々しげにその名を呼ぶ。


 その男こそ、かつてガルベリスが取り逃がし、《邪神街》に身を潜め、そして活動を再開した指名手配犯――《魔道具》研究家のグスタフだった。


「く、クソッ、どうしてここが……」


 グスタフが、信じられないというように声を漏らす。


 マントの下――両目の下に深いクマを浮かばせた顔が見える。


 事前に見た人相書きと同じだ。


 グスタフは、この洞穴の奥深くにマッド・スライム達を使役し潜み、時々洞窟の外に出ては森の中で活動していたのだろう。


 まさか、ピンポイントでこの隠れ家を突き止められるなんて思いもしていなかったようだ。


「観念しろ、グスタフ! 逃げたところで、入り口は既に包囲されている!」


 ガルベリスが叫ぶ。


「オレの部下……狼の獣人が百人近くいる。逃げ切れると思うか?」

「王国騎士団もだ」

「俺のパーティーもな!」


 ベロニカとガルベリス、ついでにバルジの言葉に、グスタフは目を見開いた。


「狼の、獣人……!? そうか、だから俺を追跡できたのか……だが、なんで《邪神街》の獣人が人間に協力なんて……」


 グスタフは、忌々しげに頭を掻き毟る。


「あのガルガンチュアも……せっかく、マザークラスまで成長させられたのに……俺の《魔道具》は、完成しているのに……」

「お前の生み出した《魔道具》の性能は、確かに凄まじい。だが、お前自身が、その《魔道具》を悪事に使おうとする野心で溢れている……見逃すわけにはいかない」

「くそ……クソォッ! やれ、マッド・スライム共!」


 グスタフが叫ぶと同時、マッド・スライムの群れがクロス達へと襲い掛かった。



 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


 本作について、『面白い』『早く続きが読みたい』『期待している』と少しでも思っていただけましたら、ページ下方よりブックマーク・★★★★★評価をいただけますと創作の励みになります。

 また、感想・レビュー等もいただけますと、とても嬉しいです。

 どうぞ、よろしくお願いいたしますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ