□■第22話 指名手配犯■□
「悪いね、会って早々、いきなり仕事の話で」
冒険者ギルド内。
あるテーブル席に腰掛け、Aランク冒険者――ガルベリスが向かい合うクロスへと言った。
「本当なら、挨拶も兼ねて少しは親睦を深める食事会でもってのが礼儀だとは思うんだけど、何分、今回の一件は早急な対応を要する案件でさ」
「いえいえ、ご丁寧にありがとうございます。僕は、大丈夫ですので」
おそらく、一回り近く年上だろうガルベリスの言動は、落ち着きがあって熟練の雰囲気が感じられる。
流石、この国に数えるほどしかいないAランク冒険者の一人だ――と、クロスはどこか感動するように彼を見詰めていた。
「ここ数ヶ月、任務の関係でこの都を離れていたんだが、マザークラスのモンスターが出現したって報を聞いて、急いで帰ってきたんだ……あー、ええと」
そこで、ガルベリスは正面のクロスから視線を外し、クロスの後ろの方を見る。
「クロス君、彼女達は?」
「あ……」
クロスは振り返る。
そこに、まるでクロスの付き添いのように、数名の女性達が立っているのだ。
「初めまして、ガルベリスさん。私は、クロスさんの所属するパーティーでリーダーを務めております。Dランク冒険者のマーレットといいます」
その中から、まずマーレットが挨拶をした。
緊張しているのか、少し表情を強張らせながら。
「同じく、同パーティーのミュンです」
「同じく、同パーティーのジェシカです」
加えて、ミュンとジェシカも挨拶をする。
「同じく、クロスさんのファンのCランク冒険者、バルジです」
「いや、お前は関係無いやろ」
自然と帯同し挨拶するバルジに、ミュンが軽く蹴りを入れる。
「オレは《邪神街》で狼の獣人の一派を取り纏める者。クロスとは古い友人で、クロスが《邪神街》のガイドを務める上での支援者となった。ベロニカだ」
更に、ベロニカも挨拶をする。
「その……クロスさんが倒した、ガルガンチュアマザーの一件は、私達も同任務に挑んでおり、関係のある立場なんです」
「できれば、お話を一緒に聞かせていただきたい」
そう、真剣な目で訴えるマーレット達に、ガルベリスは「ほう」と感心する。
「まさか、マザークラスの関わる任務に、君達のようなか弱い女の子達が関わっていたとは……」
「彼女達の実力は確かなものです。実績に劣っているものではありません」
「疑っているわけじゃないさ」
すかさずフォローを入れるクロスに、ガルベリスは微笑む。
「ただ、これはありがたいと思ったんだ」
「ありがたい?」
「ああ、今回の件で生存者がいるというのは、それだけで儲けものだ。不躾な物言いをしてしまいすまなかった。是非、君達にも協力をしてもらいたい」
ガルベリスが頭を下げる。
マーレット達が慌てて「は、はい、よろこんで」と答える。
『なんというか……Aランク冒険者って、相当地位の高い人ですよね? にしては、偉ぶっていないというか』
「ええ、物腰も柔らかく、善い人です」
エレオノールと共に、クロスは言う。
目前のガルベリスは、柔和で話しやすく、けれど威厳というか迫力のある、そんな人物だ。
「で、早速本題に戻るが……何故俺が戻ってきたのかというと、今回の一件が、数年前に取り逃がしたある指名手配犯の再犯ではないかと疑っているからだ」
「指名手配犯?」
「ああ。数年前――モンスターを急成長させる《魔道具》を開発していた犯罪者がいたんだ」
ガルベリスは、机の上で手を組み、当時を思い出すように語る。
口元が隠れ、目元は虚空を見詰めている。
「当時、王国騎士団とも協力し、そいつを追っていた」
『流石、Aランク冒険者ともなれば王国騎士団と繋がりを持てるんですね。ま、クロスは《邪神街》の顔役とコネがありますけどね!』
「エレオノール様、張り合う必要はありませんよ」
「……ん? 話を続けるぞ? しかし、そいつは中々逃げるのが上手い奴でな……追っている途中から姿を眩まし、その後の足取りが掴めずにいた」
そのまま数年間、空白期間が出来上がり、どこかで人知れず野垂れ死んだのではとか、国外に逃亡したのではなんて憶測が流れていた。
「……そんな中、今回、ガルガンチュアのマザーが発見されたって知らせが飛んできたんだ」
「……マザークラスは、本来であれば言い伝えの中の存在。そう簡単に現出するものではない」
クロスの後ろで、ジェシカが組んだ腕で自身を抱き締めるようにしながら、小さく呟いた。
彼女も、あの時のマザーの姿が若干トラウマになっているのかもしれない。
「ああ、その通り。だから、その話を聞き付け、もしやと思った」
ガルベリスは続ける。
「取り逃がしていたあいつが、密かに《魔道具》を再使用し、モンスターを急成長させる実験を再開したのではないか――と」
「実験?」
クロスが相槌を打つ。
「そいつは、《魔道具》の研究家だった。自分の作成した《魔道具》を使ってモンスターを急成長させ、戦闘の道具にする事ができれば国に売れるのでは? ……と、そんな野心を抱いている奴だった。だが、その内に自分自身でモンスターを強化して使役できないものかと、私利私欲に走るようになっていってな」
ガルベリスは溜息を吐く。
「夜な夜な、密かに野良のモンスターを成長させ、自分の言う通りに動かそうと試すようになり……やがて、それによる被害が民間にも出始め、所業が発覚。既に複数のモンスターを使役していたため、王国騎士団だけでは手に負えず、俺にお呼びが掛かった」
「なるほど……」
モンスターを成長させ、操り、自分の手足のように動かす。
そんなことが出来るようになれば、確かに恐ろしい。
「奴がコントロール下に置いていたモンスターは全て倒した。奴自身も捕らえようとしたが、中々しぶとく……そうこうしている内に、パタッと足取りが掴めなくなった。そしてしばらく時間が経過し、今回の件が起こった――」
経緯を語り終え、ガルベリスは顔を上げた。
「おそらく、奴はこの数年間、地下に潜って完全に息を殺していた。表には出てこず、しかし、《魔道具》の研究は少しずつ進めながら。そして、ほとぼりが冷めたと考え、遂に動き出した……と、俺は思ったんだ」
「そんなことがあったんですね……」
マーレットが呟く。
「しかし、数年も足取りが掴めなかったというと、一体どこに隠れていたんだ……」
ジェシカが眉間に皺を寄せる。
その場の皆が考え込み、沈黙する。
「あ、もしかして」
そこで、だった。
クロスが気付いたように、声を上げた。
「《邪神街》じゃないですか?」
「……あ」
皆が、一斉に顔を上げた。
「ベロニカは、何か知らないかい?」
クロスは振り返り、ベロニカに問う。
「ああ、おそらくそいつと思われる奴の話なら、小耳に挟んだことがあるぞ」
スパッと、ベロニカが言い放った。
「え、知ってるんですか!?」
思わず、マーレットが驚き聞き返す。
「ああ、《邪神街》では派閥同士の抗争が激しい。情報は重要だ。特に、よそ者がやって来たりしたら、すぐに知れ渡る」
ベロニカは、さも当たり前という感じで語っていく。
「そいつは、外の世界から逃げ込んできた犯罪者の一人だと聞いていた。まぁ、そんな奴は珍しくも無いし、ほとぼりが冷めるまで大人しくしているから放っておいてくれと言っていたらしい。しかも、《邪神街》の中でも、狼の獣人が取り仕切っている領域じゃなく、結構ヤバい中枢区寄りの方に潜んでいたそうだったからな。だから、特に気にもしていなかったが」
「……おいおい、一気に話が進んだな」
ガルベリスが苦笑を浮かべる。
「なるほどな。確かに《邪神街》に逃げ込んで、しかも外の人間が簡単に立ち入れない中枢区近くに潜んでいたなら、捕らえるのも難しい……そして、そいつは数年間《邪神街》で息を殺し、出て来て悪さをし出した、と言うことか」
「ありがとう、ベロニカ」
いきなり、《邪神街》との繋がりが役に立った。
クロスがお礼を言うと、ベロニカは「えへへ」と、嬉しそうに耳を動かしている。
「問題は、今奴がどこに潜んでいるか、だ」
そんな中、ガルベリスが言う。
「おそらく、ガルガンチュアの急成長体が発見されたのは奴の仕業。それが潰され、別の場所に拠点を移したのかもしれない」
「あ、そうだ」
そこで、更にクロスが気付いたように声を上げる。
「先日の、ソードボアの大量発生」
「……あ、もしかして」
クロスの言いたい事が伝わったのか、マーレットが口を挟む。
「あのソードボア達も、本来活動していた場所に別の強力なモンスターが現れて、それで追い出されたんじゃ」
「その指名手配犯が、別のモンスターを成長させて使役し、根城を確保しようとして、ソードボア達が追い立てられた、というわけか」
ジェシカが繋げる。
「だとすれば、あの都の外れの自然地帯……あの周辺が怪しい」
森や山に囲まれた、大自然の一角だ。
どこかに何が潜んでいても、不思議では無い場所である。
「しかし、周辺と言っても場所は広大だな。どうやって探すか……」
ガルベリスが唸る。
「王国騎士団の協力は求められるだろうが、相当数の人員の動員を考えると認可されるのにも時間が――」
「なら、うってつけの方法があります」
そこで、クロスが言う。
表情に、自信に溢れた笑顔を浮かべ。
『おお、クロス、なんだか頼もしいですよ。すっかり冒険者の顔になっちゃって』
後ろで、エレオノールが「よよよ」と涙を浮かべている。
後方母親面である。
「とは言っても、僕に何かができるというわけではありませんが……ベロニカ」
クロスは再び、ベロニカの名を呼ぶ。
「そうか、クロスの考えてること、わかったぞ」
以心伝心。
クロスの言いたい事が伝わり、ベロニカはニッと笑う。
「どういうことだ?」
「ベロニカと、彼女の統括する狼獣人達に協力してもらうんです」
ガルベリスに、クロスは言う。
「彼女達の鼻は、何よりも追跡に適しています」
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