□■第21話 Aランク冒険者■□
「……ま、まさか……本当、なんですか?」
受付嬢のリサが、手に持った契約書と、目前に立つクロスを何度も見比べている。
ここは、クロス達の暮らす都の冒険者ギルド。
《邪神街》から一日掛けて帰ってきたクロス達は、翌日、早速契約書をギルドへと持ち込んだのだった。
「ええ、一応、契約者本人も挨拶がしたいということで、こちらに居ます」
「《邪神街》で、狼獣人を束ねトップに立っている、ベロニカだ」
クロスの隣、ベロニカが腕を組んでリサを見下ろしている。
その鋭い眼光と漂う威圧感を前に、リサはごくりと喉を鳴らした。
「オレが本人だっていう証明も必要か?」
「いえ、大丈夫です……この契約書は特殊な《魔道具》なので、打っていただいた血判を元に諸々の確認作業はできます。《邪神街》で狼の獣人がどれほどの規模の派閥なのかに関しても、冒険者ギルドで把握しているので今更調査の必要もありません」
リサは、どこか感動すら覚えているように、クロスを見遣る。
「まさか、本当に宣言通り、《邪神街》のガイドになってしまうなんて……すごいです、クロスさん」
「正式な審査がまだですよね? あくまでも、仮ですが」
「いえいえ、もう決まったようなものです!」
若干興奮気味に、リサは叫ぶ。
一方、そんな彼女達のやり取りを一緒に見ていたマーレット達は、顔を綻ばせる。
「《邪神街》と繋がりを持つなんて、他のどの冒険者にも無いコネクションですよ」
「これは、スキルアップ間違いなしやな」
「リサ嬢、クロス様の保留になっていたランク昇格の件も、これで問題無く承認されるのでは?」
当然――というように、ジェシカが問い掛ける。
「はい、絶対に大丈夫だと思います! 私からも、強く進言します!」
リサは拳を作って、腕を大きく上下に振るう。
「これは、一体何の騒ぎかね?」
すると、そこで。
クロス達の近くを、一人の男性が通り掛かった。
整った身なりの、恰幅のいい中年の男性である。
「あ、支部長!」
彼を見て、リサが叫んだ。
どうやら、彼はこの冒険者ギルド支部のトップ――支部長のようだ。
「見て下さい、支部長! 先日話していた、クロスさんが《邪神街》のガイドになるという件! 見事、契約書を持ってこられました!」
「んん? ……クロス?」
支部長は、リサが突き付けた契約書を手に取り、訝るように目を通す。
そして、それが本物であると理解すると、大きく目を見開いた。
「じゃ……《邪神街》の有力者を後ろ盾とする契約を、結んだのか? 本当に?」
「ええ、本当です! こちらの方が……」
「ベロニカだ。これから、冒険者ギルドが《邪神街》で何かしたい時には、クロスを通してくれ。我等狼獣人の一派が、協力を惜しまない」
ズイッと顔を寄せて、そう宣言するベロニカに、支部長は思わず息を呑む。
「な、なるほど、確かにそれが本当であれば、凄いな……」
しかし、そこで、支部長はどこかバツが悪そうに視線を逸らす。
「クロス君のガイドの件は、また細かい審査を行い、確証が取れたら認定を……」
「いやいや、審査なんて必要ありませんよ! こうして、狼の獣人のボスのベロニカさんが、直接挨拶に来てるんですよ!?」
「この人、クロやんの古い友人なんや。調べたらすぐにわかるやろ」
「前々から、クロス様の処遇に関して不可解な点が多い。何故、そんなに審査ばかりを重ねて前に進まないのだ?」
支部長の煮え切らない対応に、マーレット達も騒ぎ出す。
「なんだ、こいつ。クロスが嘘を吐いてると思ってるのか? 何なら、《邪神街》から狼の獣人を全員ここに連れて来てもいいぞ」
低い唸り声を発し、ベロニカが言う。
「支部長! 先日、クロスさんの提案で結界の《魔道具》を寄付した農村より、お礼状が届いているのはご存じでしょう! これだけの成果を上げている方を、どうしてここまで冷遇するのですか!?」
更に、受付嬢のリサも食って掛かる。
「そうだ、そうだ! 俺も言ったはずだぞ! もっとちゃんとクロスさんを評価しろ!」
更に、どこから湧いて出たのかバルジまでやって来た。
迫り来る皆の圧を受け、支部長は壁に密着し押し潰されそうになっている。
「み、皆さん、ちょっと落ち着きましょう……支部長さんも困っていらっしゃいますし……」
溜まらず、クロスが皆を制しようとした。
そこで――。
「お? なんだ、なんだ? 揉め事かい?」
その場に、声が響いた。
クロスが振り返る。
すぐ後ろに、男性が一人立っていて、その騒ぎを見て柔和な笑みを湛えていた。
『ん? 何者ですか?』
エレオノールが首を傾げる。
全身に年季の入った防具を纏い、背中には大剣を背負っている。
皺と傷の刻まれた顔、白髪の交じった頭髪から、歳は壮年くらいであると思われる。
「が、ガルベリス殿!」
その男性を見て、支部長が声を上げた。
「も、申し訳ありません! お迎えに伺おうとしたところ、ちょっと騒動に巻き込まれてしまい!」
「ガル……ベリス」
その名前を聞いた瞬間、マーレットも、ミュンも、ジェシカも、バルジも、リサも、すぐさまバッと支部長から離れて直立の姿勢になった。
皆の間に、緊張が走っているのがわかる。
「ええと……すいません、自分は初対面なので、存じ上げないのですが……」
クロスは、思わずそう零す。
「く、クロスさんはご存じないですよね、この方は――」
受付嬢のリサが、説明しようとする。
「ああ、いいよいいよ、自己紹介くらいできるさ」
男性は軽快に笑いながら、クロスに向き直った。
「俺はAランク冒険者のガルベリス。しばらく、任務でこの都を離れていたんだが、わけあって帰ってきたんだ」
「Aランク、冒険者……す、凄い方なのですね」
クロスは、思わずキラキラした目で彼を見る。
ガルベリスは、「ははっ、ありがとう」と言って、改めて支部長の方を見た。
「それで、ええと、どうしたんだい? 何か揉め事でもあったのかな?」
「いや、ええと、その……」
「ガルベリス様、実は――」
そこで、リサがガルベリスに、これも何かの縁と状況を説明した。
先日、冒険者になったばかりのクロスが今日までに積み上げてきた功績の数々を列挙し――にもかかわらず、一向にランクを昇格させてもらえず、不遇を強いられていると。
「ふむふむ、なるほどなるほど、マザークラスのガルガンチュアの討伐に、その《核》から取れた報酬の《魔石》を使って結界の《魔道具》を作成し農村に寄付。大量のモンスター討伐任務を既にいくつもこなし、《極点魔法》の使い手で、しかも《邪神街》の顔役の一人とも契約を結んでガイドの資格も承認待ち……」
リサの語った功績を繰り返し、ガルベリスは言う。
「……え? いや、普通にAランク相当の実績と実力じゃね?」
「「「「そうですよね!?」」」」
断言したガルベリスに、マーレット、ミュン、ジェシカ、バルジも追従する。
「というか、バルジ、あんたどこから生えてきたんや」
「クロスさんが帰ってきたから挨拶に来たんだろ!」
「いや、説明になってへんで?」
「なに? 何か、昇格できないのに理由があるのかい?」
騒ぐミュンとバルジは一旦置いといて、ガルベリスが支部長に問う。
「い、いや、別にランクアップをしないとは言っていません! ただ、審査に時間が……」
「というか……」
そこで、ガルベリスはクロスに向き直る。
「そうか、君が、例のガルガンチュアのマザーの一件に関わってるっていう、クロス君だったのか」
「え? 僕を、ご存じなんですか?」
疑問符を浮かべるクロスに、ガルベリスは言う。
「ああ、俺がここに戻ってきた理由は、君に会うためなんだ。その件で、君に聞きたいことと……できれば、協力してもらいたいことがあってね」
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