□■第20話 クロスvsベロニカ■□
「ウォオオオオオ!」
ベロニカの雄叫びが中庭に轟く。
咆哮と威圧感が衝撃となって周囲に広がり、間近でそれを浴びた獣人達が思わず後ずさりした。
「すごっ……あれが、《邪神街》の狼獣人を束ねるボス……」
クロスの張った《光膜》の結界も、その衝撃でビリビリと戦慄いている。
内側で、ベロニカの迫力を目の当たりにし、ミュンが感嘆の声を漏らした。
「ああ、流石……その名に負けない、強者の佇まいだ……」
隣、ジェシカが組んだ腕にギュッと力を込め、ベロニカの姿を凝視する。
「クロスさん……」
マーレットは、クロスの姿を心配そうに見詰めている。
『理由はどうであれ、向こうも本気のようです』
戦意を滾らせるベロニカを前に、エレオノールがクロスへと囁く。
『クロス、彼女に勝たなければ、ここまでの道程が水の泡です。絶対に勝つのですよ』
「はい、わかっています」
クロスは構えを取る。
「ッ!」
瞬間、ベロニカが地面を蹴った。
一瞬にして、その姿が全員の視界から消え、クロスのすぐ目前に肉薄。
「速っ!」
ミュンが叫ぶ。
「ボス、マジの本気だ!」
獣人達も叫ぶ。
そんな中、クロスは瞬時、目前に《光膜》を張って防御の態勢に入る。
しかし、既にその時には、ベロニカはクロスの背後へと回り込んでいた。
『あれ、消えた――って、おぎゃあっ! クロス! 後ろ!』
エレオノールの甲高い悲鳴が響くと同時に、ベロニカの鋭い爪がクロスに襲い掛かる。
「大丈夫です」
既に、クロスは背後に《光膜》を張っていた。
ベロニカの爪が、光の壁にバシッと弾かれる――。
「ウォォッ!」
いや、弾かれると同時、ベロニカはもう片方の腕で拳を作り、全力のパンチを繰り出していた。
粉砕音を響かせ、クロスの《光膜》が粉々に砕け散った。
「うそっ!?」
「クロスさんの《光膜》が!」
ミュンとマーレットが思わず叫ぶ。
ジェシカも、驚愕の表情を浮かべる。
「アァッ!」
ベロニカの猛攻は止まらない。
阻むものの無くなったクロスに、両腕が伸ばされる――。
が、それよりも早く。
クロスは《光膜》が破壊されるのを見越していたかのように、足下に小型の、別の《光膜》を展開していた。
光の板に足を乗せ、弾かれ、一気にベロニカから距離を取る。
着地し、構えを作るクロス。
ベロニカも、油断なくクロスに視線を向けたまま、前傾姿勢を維持。
「い、一瞬の攻防過ぎて、見えなかったぜ……」
「ボスも、クロスさんも、何をしたんだ?」
すっかりギャラリーと化した獣人達が、異次元過ぎる二人の戦いを前にざわめいている。
「ふぅ……強くなったな、ベロニカ。本当に」
油断なく構えを継続しながら、クロスが微笑みを湛えて言う。
「ウルルゥ……クロス……」
一方、ベロニカはそんなクロスを見据えて喉を鳴らす。
「勝つ、絶対に勝つ。クロスは、オレのクロスだ。勝って、クロスを――」
どこか正気を失いかけているかのように、その目には熱い意志が宿っている。
「ウガァァッ!」
咆哮と共に、再びベロニカの姿が消えた。
更に速く。
誰の目にも追えない速度で、クロスに一瞬で接近――。
「僕も、少し奥の手を出さないといけないな」
そう、呟いたクロスの眼前に、《光膜》が展開。
その《光膜》の壁も、ベロニカの一撃で再び破壊される。
そしてそのまま、クロスに爪が伸びる――。
「クロスさん!」
マーレットの叫び声が響いた。
しかし――。
「――エ?」
ベロニカの手がクロスに届くことは無かった。
気付いたときには、既にそこに、クロスの姿は無かった。
「!」
ベロニカの動体視力を持ってしても、見失ってしまった。
どこに――。
ベロニカは、慌ててクロスの匂いを探る。
後方だ。
ベロニカが振り返ると、少し離れた位置にクロスが立っていた。
自身の胸に、手を当てて。
「《活性》」
クロスの体の表面から、光が沸き立って見える。
クロスの体が光に覆われている……というより、内側から光が漏れ出ているかのような、そんな姿だった。
「あれは……《活性》の魔法か?」
それを見て、ジェシカが呟いた。
「《活性》……確か、中級《光魔法》の……」
ジェシカに、マーレットが言う。
「ああ、人間の生命力を高め、身体能力を向上させる魔法だ。上級魔法には《高位活性》という複数名をパワーアップさせるものもある。だが、あれは……」
ジェシカは、クロスの姿を興味深く見遣る。
「おそらく、《高位活性》以上の効力をもたらしているだろう……クロス様は、自分自身の身体能力を高めているのだ。しかも、途轍もないレベルで」
『クロス! 久しぶりですね、この魔法を使うのは!』
《活性》の掛かったクロスの背後で、エレオノールが騒ぐ。
「使った後は肉体疲労も溜まりますし、長時間の使用は翌日の仕事にも響くので、極力体を鍛える方向で使わないようにしていましたが……相手がベロニカとなれば、背に腹は代えられません」
「グルルゥ……」
警戒するように姿勢を落とすベロニカに、クロスも同様の姿勢を取る。
「……早々に終わらせましょう」
刹那、クロスとベロニカが、同時に地を蹴った。
二人は、ギャラリー達が意識できない速度で衝突。
中庭に、凄まじい音と衝撃波が発生する。
「グゥッ!」
ベロニカが悲鳴を上げる。
接触した瞬間、クロスは加速した体術で、彼女の全身に衝撃を叩き込んでいた。
肩や腕、胸、足――満遍なく打撃を与え、ベロニカの体が宙に浮く。
「クロ――ス――」
慌てて、クロスの姿を追おうとするベロニカ。
が、既にクロスは、彼女の背後に回り込み――。
「ふっ!」
ベロニカの足に、蹴りが打ち込まれた。
「あっ!」
バランスを崩され、ベロニカは背中から地面に倒れる。
仰向けの姿勢。
見上げた先には、クロスの姿がある。
クロスの手が、ベロニカに伸びる。
動こうとするが、ダメージで体が素早く動かない。
反応がコンマ遅れる。
――やられる。
敗北を覚悟し、ベロニカは目を瞑る。
瞬間――。
「よーしよしよし!」
クロスが、ベロニカのお腹を撫で回した。
「くぅん!」
思わず、ベロニカは甘えた声を漏らす。
「ベロニカ、お腹が弱いのは昔から変わらないな。ほら、気持ち良いかい?」
「くぅん、くぅんくぅん!」
ベロニカは、お腹を撫で回され、すっかりご機嫌な声を上げ続ける。
犬にとって、お腹を見せるのは服従のポーズ。
即ち、敗北の姿勢である。
「ぼ、ボス?」
そんな彼女の姿を、部下の獣人達は唖然と見ている。
「あ、ち、ちが、これは……」
部下達の前では毅然とした態度を維持しようとしていたベロニカは、そこで気付くが、もう遅い。
「ほら、確か特に脇腹が弱かったよね、ベロニカ」
「きゅぅぅぅん!」
もうすっかり、クロスに手玉に取られ、完全にわんこと化していた。
誰の目から見ても負けである。
『クロス、わんこに対しては若干Sですね』
そんな光景を見て、エレオノールは一人、場違いなコメントを呟いていた。
+++++++++++++
「勝負は……うぅ……オレの負けだ」
その後。
ベロニカは、正式に負けを認めた。
まぁ、部下達の前であんな姿を晒してしまえば、もう言い逃れは出来ないだろう。
「約束通り、クロスの冒険者続行は認める。支援者として契約書にも血判を打つ」
「あ、う、うん、ベロニカ……」
クロスは、少々戸惑った声を漏らす。
現在――クロス、及びマーレット、ミュン、ジェシカの三人の前には、中庭の地面に座り込み、まるでクロスに忠誠を誓うように並ぶ、ベロニカと獣人達の姿がある。
これは、何気に凄まじい光景だ。
《邪神街》の一角を担う派閥――狼獣人の一派が、揃って平伏の姿勢を取っているのだから。
「ベロニカ……それに、皆さんも、とりあえず立ってもらって構いませんが……」
「いえ! こちらこそ、ボスとクロスさんがあのような関係だとは知らず、すいませんでした!」
「あのような関係?」
何故か頭を下げ続ける獣人達に、クロスは「?」を浮かべる。
「いえ、僕とベロニカは対等な友人で……」
「いえ、ご謙遜なさらず! ボスにとって、クロスさんがどれほどの存在かということは、先程のお二人のやり取りを見ればよくわかります!」
「我等、狼獣人一同、クロスさんへ極大の忠誠心を持って従わせていただきます!」
「……ええ。いや、僕は別に、普通に冒険者としてやっていきますので、皆さんは皆さんで頑張っていただいて全然よくて……」
『クロス、クロス、ここは受け入れましょう』
困惑するクロスに、エレオノールが後ろから言ってくる。
『祝! クロスは広域指定暴力団、獣人組の頭となった!』
「女神様の言っていることは、相変わらずよくわかりませんが……僕は別に彼等を配下に置きたいとは思っていません」
クロスはそこで、どこか落ち込み気味のベロニカに視線を向ける。
「ベロニカ。なんだか、よくわからない内に勝負をする形にはなっちゃったけど……僕は単純に、ベロニカに僕の仕事を応援して欲しいだけなんだ」
「……クロス」
ベロニカは、クロスを見上げる。
「クロス……わかった、クロス、オレ、認める」
「うん、ありがとう、ベロニ――」
「オレ、クロスのツガイになるのは、諦める!」
その代わり――と、ベロニカは叫ぶ。
「オレを、クロスの群れに入れてくれ!」
「……群れ?」
ベロニカの言い出した言葉に、クロスも、マーレット達もポカンとする。
「ベロニカ、群れとは……」
「そ、その人間達は、クロスの群れなんだろう!?」
マーレット達を指さし、ベロニカが叫ぶ。
「お、オレも、クロスの群れの一人にして欲しい!」
「……えーっと、もしかしてやけど……彼女」
「私達のこと……その、クロスさんの……」
「……うむ、そう勘違いしていたようだな」
ベロニカの言いたいことがわかったのか、マーレットも、ミュンも、ジェシカも、少々恥ずかしそうに頬を染める。
「違うよ、ベロニカ」
しかし、そこでクロスがハッキリと言い放った。
「彼女達は、僕のパーティー。冒険者として一緒に仕事をする、僕の仲間だ。群れじゃない」
「なか、ま……?」
「僕を心配して、わざわざ追い掛けてきてくれたんだ」
クロスが振り返って、マーレット達を見る。
「とても優しくて思い遣り深い、僕の大切な仲間達だ」
「クロスさん……」
「まぁた、クロやんはそうやって恥ずかしい事を……」
「ふふっ、光栄だ、クロス様」
クロスの言葉に、少しキョトンとした後――三人は満更でも無い笑顔を浮かべた。
「な、なんだ、そうだったのか」
一方、クロスの言葉と三人の反応を見て、ベロニカは……どこか安堵したように、表情を綻ばせた。
「お、オレ、すごい勘違いしてた。てっきり、三人ともクロスの……」
「ん? 勘違いって?」
「な、なんでもない!」
顔から首まで真っ赤にして、ベロニカは慌て出す。
「そ、それよりも! 契約書! オレがクロスの支援者になるっていう契約を、早くするぞ!」
そして、誤魔化すようにそう叫んだ。
「オレだけじゃなくて、この狼獣人の一派がクロスの後ろ盾になる。クロスが《邪神街》に関わるときには、協力を惜しまないからな。いいな、みんな」
「おおう! クロスさん、俺達に任せて下さい!」
ベロニカが言うと、仲間の獣人達も声を合わせて盛り上がる。
――何はともあれ、一時ゴタゴタもあったが。
こうして、クロスはベロニカ達を支援者として、《邪神街》のガイドとなるための…… そして、冒険者としてスキルアップするための、重要な武器を手に入れたのだった。
「……あれ? それで、結局ベロニカは、どうして僕が冒険者になることに反対だったんだろう?」
クロスとベロニカの血判が打たれ、正式に契約が成立した。
そこで、一人そう呟くクロスに、マーレット達は思わず視線を向ける。
「……わかってないんや」
「クロスさん、鈍いですね」
「あの獣人のボス……ベロニカは、おそらくクロス様に好意を……」
と、そこまで言って、ジェシカは言葉を止める。
三人は目を合わせる。
クロスには言わないでおこう――と、意思疎通するような目で。
「ん? 僕がどうかしましたか? 皆さん」
「い、いえいえ、何でも無いです」
「多分やけど、ベロニカさんはウチ等にちょっと嫉妬しちゃったんちゃうかな?」
「うむ、仲の良い友達だったクロス様が、私達と仲睦まじく接しているところを見て、クロス様を取られたように感じてしまったのだろう」
「……そうだったのか」
クロスは、納得したように頷く。
「クロスには、すまないことをした」
そこで、部下達に何やら指示を出し終わったベロニカが、クロス達へと話し掛ける。
「仲間のみんなにもだ。繋がりが出来た以上、付き合いも増える。親睦を深めるためにも、今日はみんな、ここでゆっくりしていってくれ」
というわけで。
ベロニカを筆頭に、狼の獣人達に歓迎され、クロスと仲間達は彼等のアジトで過ごさせてもらうことになった。
マーレット達も獣人達と交流し、仲を深めることにする。
ミュンは中庭で獣人達と組み手をし、ジェシカは獣人達の武器庫で様々な武器を見せてもらっていた。
マーレットはクロスと共に、ベロニカに冒険者ギルドのことを説明する。
夜になったら、大したものは出せないが――と、ご馳走までしてもらって、獣人達と大規模な宴会となった。
実に、騒がしく楽しい時間を過ごした。
そして、翌日――。
「では皆さん、これからもよろしくお願いします」
目的を達成したクロス達は、獣人のアジトを後にする。
ここから過酷な道程を越えて、都まで帰るのだ。
「獣人の皆さん。昨日はお世話になりました」
「また、機会があったら手合わせしてや」
「興味深い武器を多く見させてもらった。感謝する」
「留守番は任せたぞ、お前達」
「「「「…………ん?」」」」
ちゃっかり、クロス達一行の側に立っていたベロニカが、部下達にそう言う。
「はい、ボス!」と、獣人達は元気良く返事をしているが、クロス達は首を傾げる。
「え、どうしてベロニカも?」
「冒険者ギルドに挨拶が必要だ。確かに契約書も作ったが、オレが直接顔を見せた方が、クロスが《邪神街》ときちんとした繋がりを持っているという何よりの証拠になる」
ベロニカは、胸を張ってそう言った。
確かに、それはその通りかもしれない。
『このわんわん、子供みたいに純粋なところもあれば、凄く知恵が回るところもありますね』
「流石、狼獣人を纏め上げてトップに立ってきただけのことはあります」
コメントするエレオノールに、クロスは――旧来の友人を誇るように、笑顔でそう返した。
というわけで――クロス、マーレット、ミュン、ジェシカ――それにベロニカも加わり、彼等は共に都へと向かう帰路についたのだった。
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