□■第18話 わんわん■□
「冒険者……クロスが……」
ベロニカは、小首を傾げる。
黙っていればクールビューティーな見た目なので、そんな子供っぽい動作がギャップを生む。
クロスはベロニカに、今までの経緯を説明した。
自分が幼少期、この《邪神街》を離れて人間達の世界に出た事。
《邪神》の系譜を継ぐ、《魔族》と人間のハーフであるという特殊な出生ながら、自分の持つ強い魔力と魔法の力で、誰かの助けになりたいと思い、神聖教会の門戸を叩いたこと。
結局、長年仕えたものの、その神聖教会からも追放され、今は冒険者となっていること。
その冒険者という仕事に関しても、自分に出来る事を活かすため、こうして再び《邪神街》を訪れたということ。
古い友人達を訪ねようと思っていた矢先、ベロニカと偶然にも再会することができたこと。
そのベロニカが、今では立派な《獣人》の首領になっていると知った事――。
「そうか……オレは、クロスが《邪神街》を統治する強大な存在になるため、外の世界に修行に出たものだと思ってた……けど、勘違いだったんだな」
「まぁ、そういうことになるかな」
事のあらましを説明され、ベロニカは、どこかポカンとしている。
クロスが、自分の想像と違う目的で生きているということを知り、もしかしたらショックを受けてしまったのだろうか?
彼女は先程、言っていた。
クロスと再び一緒に並び立つため、強くなろうと決意し、こうして《獣人》を従えるボスにまでなったのだ――と。
「なんていうか、その……ごめん、ベロニカ」
クロスは頭を下げる。
「誤解させたままだったというか、期待外れだったというか……」
「どうして!? クロスが謝る必要は無い!」
そんなクロスに、ベロニカは叫ぶ。
「オレは、またクロスと再会できただけで凄く嬉しい! クロスがやりたいことをやって、楽しく生きてくれるならそれが一番嬉しい! だから、オレの勘違いなんて気にするな!」
「ベロニカ……ありがとう」
ベロニカは、本当に昔と変わらない。
一人前の大人の姿に成長したし、その体からは強者の威厳のようなものが伝わってくる。
でも、その素直で、クロスのことを一番に考えてくれる友達思いの性格は変わらない。
なんだか嬉しくなって、クロスはベロニカの頭を撫でる。
「はわっ! く、クロス……」
「ベロニカ、頭を撫でられるのが昔から好きだったよね」
「う……くぅん……」
頭を撫でられ、ベロニカは気持ち良さそうに喉を鳴らす。
「それに、首も」
クロスは、ベロニカの喉元を両手で挟み、優しく摩る。
「クロスぅ……クロス、クロス……」
ベロニカは、とろんと目尻を垂らし、クロスの名前を連呼する。
「クロスぅ!」
そして、ガバッとクロスに覆い被さってきた。
「ふんふんふんふん! クロス、クロス! ふんふん!」
「あははは! くすぐったいよ、ベロニカ!」
クロスの首に鼻先を押しつけ、ベロニカは荒く呼吸を繰り返す。
『クロス……』
「どうしました? 女神様」
『いえ、あなたは多分、大型犬とじゃれ合っているくらいの感覚なのかもしれませんが……これは、端から見ると結構すごい光景になっているな、と思いまして……』
「ボス!」
そこで、再び部屋のドアが開いた。
「今、デカい声が聞こえましたが! 大丈夫ですか!?」
「勝手に入るなと言っているだろ!」
ベロニカは、既に腕組みをしてソファの横に立っていた。
相変わらず素早い。
しかし、怒った表情を浮かべながらも、顔の紅潮は隠し切れていないようではある。
「す、すいません……!」
「何度も言うが、この人はオレの大事な客人で、今大切な話の最中なんだ。もし、次に邪魔をしたら……」
ベロニカが牙を剥き、その鋭い爪がギラリと光る。
部下は「し、失礼しました!」と叫んで部屋を出て行った。
「まったく……」
「慕われているんだね、ベロニカ」
溜息を漏らすベロニカに、クロスは微笑む。
「それで、ええと……何の話の最中だったっけ……」
「クロスと遊んでる最中だった」
「いや、それもそうだったかもしれないけど、そうじゃなくて……」
クロスは、そこで思い出す。
そう、本題はこっちの方だ。
「ベロニカ、僕が《邪神街》のガイドとなる上での証明……後ろ盾になって欲しいっていう話だけど」
「うん、いいぞ」
さらり、と、ベロニカは言った。
『判断が早い!』
後ろから、エレオノールが律儀に突っ込んでくれた。
「そんなに簡単に……いいのか?」
「要は、冒険者が任務なんかで《邪神街》に来る際に、クロスも一緒に同行して、オレが情報を提供したり、ここで何かをする際にはオレが支援者として名前を貸せば良いんだな?」
「あ、うん、そうなる」
どうやら、話はちゃんと聞いてくれていて――しかも、きちんと理解してくれていたようだ。
「構わない。オレは、クロスの力になれる事があるなら、是非協力したい」
そう言って、ニコリと――犬歯を見せて笑うベロニカ。
「それに、クロスが《邪神街》のガイドになったら、クロスと会える機会も増えるだろう? だったら、むしろ嬉しい」
「ベロニカ、ありがとう……」
クロスは、ベロニカの好意に胸が詰まる気分だった。
「だから……」
そこで、ベロニカはソファの上で、ころんと体を丸め、クロスの膝の上に頭を乗せた。
「クロス……久しぶりに会ったばかりだけど、オレからもお願いがあるんだ」
「お願い?」
「うん……今夜は、クロスと一緒に寝たい」
「………」
子供時代――天涯孤独の身だったクロスにとって、この《邪神街》において、家族は同じく孤児の仲間の、ベロニカ達だけだった。
皆で力を合わせ、助け合い、この劣悪な環境で生きてきた。
身を寄せ合って、互いの体温で暖を取り合った、あの頃を思い出す。
「うん、いいよ」
クロスは、ベロニカの頭を優しく撫でる。
「えへへ、クロスぅ、クロスぅ……」
ベロニカは、心の底から嬉しそうに、クロスの名前を繰り返していた。
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「……ううん……」
クロスは目を覚ます。
気付くと、窓から朝日が注いでいた。
ここは、ベロニカの部屋。
大きなベッドの上で、クロスは体を起こす。
「えへへ……クロス、追いかけっこだぁ、クロスぅ……」
横を見ると、体を丸めてベロニカが寝ていた。
そうだ。
昨夜は、彼女の要望で久しぶりに一緒に寝たのだった。
嬉しそうに寝言を発してるベロニカの頭を、クロスは微笑みながら撫でる。
『うふふ、昨夜はお楽しみでしたねぇ』
そこで、ふわりとエレオノールが現れて言った。
「ええ、久しぶりにベロニカと再会して、昔話もして、本当に楽しかったです」
『いや、そういう意味ではなくてですね……まぁ、いいですけどね。ああ、サービスシーンが遠退く、ランキングを駆け上がる夢が……』
「何の話ですか?」
クロスはベッドから下りると、うーん、と背伸びをする。
そして、ソファの脇に置いてあった鞄を開けて、中を探ると――一枚の書類を取り出した。
『そういえば、冒険者ギルドにそれを提出しないといけないのでしたっけ?』
「ええ」
この《邪神街》に来る前に、冒険者ギルドでガイドの相談をした際、受付嬢のリサからこの書類を預かったのだ。
つまり、この地において狼の《獣人》のトップ――ベロニカが、クロスの支援者になったという証明をするための、契約書のようなものである。
ベロニカの血判と、クロスの血判を打つ欄があり、それで契約が結ばれるのだという。
この契約書も特殊な《魔道具》らしく、ゆえに、この契約はかなり信頼性の高いものとして認められるのだとか。
支援者を得たという証明をする際には、この契約書の提出が義務づけられている。
なので、相手方の同意を得るのが難しく、ガイドになるのもそう簡単なことではないと、リサは言っていた。
『しかし、あのわんわん娘からサインをもらうのは簡単そうですし、これでクロスもスキルアップ間違い無しですね。ふふふ、神聖教会のベルトル司祭の鼻を明かしてやりましょう』
「女神様、悪い顔してますよ。それに、まだベルトル司祭が僕の昇格の邪魔をしていると決まったわけでは無いですし」
裏事情を知らないクロスは、素直にそう言う。
「さてと……ちょっと、外を散歩してきましょうか」
『おや? わんわんは起こさなくて良いのですか?』
クロスは、安らかな顔で眠るベロニカを見詰める。
「はい、せっかく気持ち良く寝ているのですから、今はそっとしておきましょう」
そう言って、クロスはそっとベロニカの部屋を出た。
アジトの入り口に向かう最中、何名かの獣人達と顔を合わせた。
皆が一様に「おはようございます!」と、大きな声で挨拶しお辞儀をしてくれる。
「昨日はすいませんでした! ボスのご友人の、噂に聞くあのクロスさんとも知らず!」と、最初に路地で絡まれた時の獣人もいて、そう言われた。
クロスは彼等とも挨拶を交わしつつ、アジトを出た。
相変わらず、《邪神街》の空は曇っている。
日の光は弱い。
だが、やはり懐かしさが勝つ。
クロスは、久しぶりの《邪神街》の雰囲気を肌で感じながら、どこかノスタルジーに浸るように、街中を見て回る。
すると――そこで。
「ん?」
ある通りに差し掛かったところで、何やら揉め事が起こっているのに気付く。
数人の亜人達が、何かを取り囲んで肩を怒らせている。
こんな朝早くから、何だろう――と思っていると。
「我々は人を探しているだけだ! お前達の相手などしている暇は無い!」
「あぁ!? 人間の女どもが、何刃向かおうとしてんだ!」
『……なんだか、今聞き覚えのある声が聞こえましたね』
「まさか……」
クロスは、急いでその場に向かう。
すると――。
「あ、クロスさん!」
「クロやん!」
「クロス様!」
「マーレットさん! ミュンさん! ジェシカさん!」
ガラの悪い亜人達に囲まれていたのは、クロスの仲間の三人娘だった。
「どうしてここに……」
「なんだぁ? また人間が出てきたぞ?」
亜人達が、クロスの方を向く。
「お、おい、こいつ! 確か、昨日騒ぎになってた、ベロニカの!」
そこで、数名の亜人が、クロスを見て騒ぎ出す。
「さっき、こいつ、狼の獣人一派のアジトから出てきたのを見たぞ!」
「だとしたら、やっぱりベロニカの知り合いなのか……」
「やべぇ、手ぇ出すんじゃねぇぞ……」
亜人達は、すごすごとその場から去って行った。
どうやら、ベロニカの名前の力は確かに凄いようである――と、思い掛けず立証される形となった。
しかし、今はともかく――。
「三人とも、どうしてここに?」
「ご、ごめんなさい、クロスさんが心配になって……」
「クロやん、マジメやし優しすぎるから、悪い奴に騙されてないか不安になったんや」
「まぁ、我々の杞憂だったようだがな」
三人は、クロスの姿を見て安堵したように微笑む。
「皆さん……」
わざわざ自分を追い掛けてきてくれた彼女達に、クロスも嬉しくなる。
「ここに来るまで、大変だったでしょう?」
「そうなんよ! あんな岩山だらけとは思わんかったわ!」
「途中で馬車も動けなくなって、結局辿り着くのに一晩掛かっちゃいました」
「クロス様は問題無く、しかもすぐに辿り着いたのだな、流石だ」
そう――《邪神街》の真ん中で、四人は和やかに笑いながら話を交えていた。
+++++++++++++
――その、少し前。
「……えへへ……クロスぅ……ハッ!」
ベッドの上で、ベロニカが目を覚ました。
そして、横にクロスがいないことに気付く。
クロスの匂いも、近くにない。
「クロス、どこ!?」
ベロニカはクロスの残り香を追って、部屋を飛び出す。
「わ、ボス! どうしたんですか――」
凄まじいスピードで部下達の間を駆け抜け、アジトの外へ。
匂いを追って、通りを掛けていく。
もうすぐだ!
クロスの匂いが強くなる。
あの路地の角を曲がった先だ。
ベロニカは安心しながら、角を曲がる。
「っていうか、クロやん寝癖ついてるで?」
「え、本当ですか?」
「ほら、頭下げてみ」
「あ、ずるいですよ、ミュンさん! どさくさに紛れて、クロスさんの頭撫でてる!」
そこで、ベロニカは人間の女達に囲まれているクロスを発見した。
仲睦まじく、微笑ましく、クロスも満面の笑顔を浮かべて、彼女達と楽しそうに接していた。
「……クロス?」
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