□■第17話 《獣人》ベロニカ■□
「クロスゥ! クロス、クロス、クロス!」
《邪神街》の、とあるバーにて。
勢い良くクロスへと飛び付いてきた《獣人》のボス。
マスター曰く、泣く子も黙る狼の獣人派閥を、その実力で束ねる最強の女首領――ベロニカ。
しかし、今の彼女は、そんな印象とは掛け離れた姿を晒していた。
「クロス! クロスだ! 戻ってきた! クロスが《邪神街》に戻ってきた!」
クロスよりも少し背の高い彼女は、しかし子供のようにクロスに抱きつき、純粋無垢な笑顔を浮かべてはしゃぐ。
「久しぶり、ベロニカ。しばらく見ない間に、大きくなったね」
そんな彼女に、クロスも久方ぶりの友人との再会を喜び、笑顔を浮かべる。
「でも、よく僕だってすぐにわかったね」
「わかる! オレは鼻がいいんだ! クロスの匂いならすぐにわかる! 8年前と変わらない!」
その目に涙を浮かべ、ベロニカはクロスの胸に顔を埋めた。
「クロスぅ……クロスのにおいだぁ……よかったぁ、また会えたぁ……」
「ははっ、相変わらず甘えん坊だな、ベロニカ」
クロスの手が、ベロニカの頭を撫でる。
黒髪の隙間からピンと立った耳が、クロスの手に触れられて、気持ち良さそうにピコピコと動いている。
「一人前になったら、また絶対に帰ってくるって言っただろ?」
「うん……オレ、待ってた。信じてた。クロスなら、絶対に戻ってくるって」
ベロニカは、クロスと体を密着させたまま、深く呼吸を繰り返す。
まるで、愛する主人の帰宅を待ち望んでいた大型犬のようだ。
『クロス、今更ですが、この娘が……』
「はい。僕が訪ねようと思っていた、友人の一人です」
エレオノールに問い掛けられ、クロスは答える。
「名前はベロニカ。昔は、もっと小さかったんですが、今では立派な犬の《獣人》に成長していますね」
「ぼ……ボス?」
そんな彼女の姿を、バーのマスターも、客達も、そして彼女の部下の獣人達も、ポカンとした様子で見ていた。
「……あ」
そこで、そんな部下達に気付いたのか、ベロニカは慌ててクロスから体を離すと――。
「状況は理解した」
今の今まで、クロスに接していた際の甘えた声から一変。
深く低い声音になって言い放った。
目付きも鋭くなり、並大抵の者ならその視線だけで恐怖しそうな威圧感を放っている。
「この男は、オレの知り合いだ」
「ボスの、知り合い?」
ベロニカの言葉に、部下達はざわつく。
「その、人間の男が、ですか?」
「忘れたのか? 以前にも話していただろう。8年前、俺と袂を分かち、《邪神街》の外へと修行に出た、強大な魔力を持った人と魔のハーフの男がいたと」
「……な!」
ベロニカの言葉に、部下の獣人達が驚いている。
「じゃ、じゃあその方が! ボスの語っていた、あのクロスさん!?」
「子供時代に既に絶大な魔力と魔法の才能がありながら、更なる高みを目指し、行く行くは、この《邪神街》を圧倒的な力で統治するため、あえて人間世界に修行に出たという、あの!」
『え? クロス、《邪神街》を出る際に彼女にそんな話をしたんですか?』
「いえ……全く記憶にありません」
エレオノールに問われ、クロスは「うーん……」と唸る。
自分が、教会に仕えて人の助けになる仕事をしたいと言ってここを出たのは、もう約8年前――子供時代のことだ。
その時、彼女――まだ当時幼く、クロスよりも背も低かった小さなベロニカは、わんわんと泣いてクロスとの別れを惜しんでいた。
そんな彼女に、一人前の大人になったらまた戻ってくる――と、そう言ったのは覚えている。
「まだ小さかったですし……もしかしたら、彼女の中で曲解がされてしまっていたのかもしれませんね」
クロスは、部下に向き直った姿勢のベロニカを見る。
「し、しかし、ボス、例えその人がボスのお知り合いでも、仲間達がやられたままじゃ示しが……」
そこで、部下の一人がベロニカに進言する。
クロスがベロニカの友人とは言え、仲間が倒されている件は見過ごせないようだ。
そんな部下に、ベロニカはギロッと視線を向ける。
「先に手を出したのは、どうせそいつらの方だ。人間を見付けて、誰彼構わず絡んだんだろ。それに、報告だとそいつら、気絶はしてるが怪我は全く負っていなかったんだろう?」
「そ、それは……」
『あ、クロス、もしかして』
その話を聞き、エレオノールが何かに気付く。
『さっきの獣人達、倒した後《治癒》を掛けていたんですか?』
「ええ、一応。気絶していますし、痛みくらいは除去しておこうかと、軽いものを」
『相変わらず律儀ですね』
「ともかく、詳しい話はゆっくり聞けばいい」
ベロニカが言い放つ。
「彼を、オレ達のアジトに案内するぞ」
+++++++++++++
さて――。
クロスは、ベロニカ率いる狼の獣人達のアジトへと向かう形になった。
しばらくぞろぞろと歩くと、立派な石造りの建物が現れる。
見た目は堅牢な砦のようである。
ここが、彼等の根城のようだ。
中へと誘われ、到着したのはある部屋。
ここが、どうやらベロニカ――ボスの私室のようである。
「詳しい話は、オレが直接する。お前達は、話が終わるまで部屋には入ってくるな」
部下にそう告げて、ベロニカは部屋の扉を閉めた。
そこそこ広い部屋の中には、応接用のソファとテーブルがすぐ近くにある。
「えーと……まずは、ごめん、ベロニカ。君の部下とは知らずに、結構な人数を気絶させて――」
クロスが、そうベロニカに謝ろうと口を開いた。
しかし――。
「クロス~!」
そんな事など気にしていないのか、聞こえていないのか。
ベロニカは、再び勢い良くクロスへと飛び付いてきた。
「わっ! べ、ベロニカ! 昔みたいに飛び付くのは別にいいけど、今は体格の問題もあるから、もうちょっと手加減してくれるかな」
ベロニカに飛び付かれた勢いで、そのままソファの上に腰を落としたクロスが、そう注意する。
「ごめんなさい……」
そう言われ、ベロニカはシュン……と、両耳を垂れさせた。
反応が、いちいち犬である。
「オレ、クロスとまた会えて、すごく嬉しくて……」
「うん、僕も嬉しいよ」
クロスが微笑むと、ベロニカも「えへへへ……」と笑う。
クロスの膝のあたり、腰から生えた小さな尻尾がぶんぶんと振るわれているのがわかる。
『クロス、この娘、なんだか友達というより、凄く懐いているわんこって感じがします……』
「うーん、昔からこんな感じなので、僕は違和感を覚えませんが」
「クロス、誰と話してるんだ?」
エレオノールと会話するクロスを、ベロニカが不思議がる。
「いや、何でも無い。それで、さっきの話の続きだけど」
再度、クロスはベロニカに謝る。
「ごめん、ベロニカ。ベロニカが、今の《邪神街》で狼獣人のボスになってるなんて知らなかった。ベロニカの部下を、何人か痛めつけてしまった」
「ううん、そんなの、この街じゃ日常茶飯事だ。あいつらも、きっと見慣れない、しかも人間を見付けたから、いつもの調子で絡んで、クロスに返り討ちにされたんだろう」
気にするな――と、ベロニカは言う。
「それに、全員気絶させられはしたものの、体に怪我は全く無いって報告されてる」
「ああ、それは――」
「ボス!」
そこで、部屋の扉が勢い良く開き、獣人の一人が入って来た。
「気絶してた奴等が目を覚ましたんですが――」
「部屋に入るときはノックくらいしろ!」
一瞬にして、クロスの膝の上から隣に移動し、勇ましい表情と声になったベロニカが、入って来た部下に怒鳴る。
変わり身が凄い。
「す、すいません!」
「それで、意識が戻った奴等はなんて言ってる?」
「やはり、そちらのクロスさんに絡んで、逆に返り討ちになったそうです……」
「オレの言ったとおりだろう。先に手を出したのはこっちだ。それで逆にやられたなら、恨む筋合いも無い」
ベロニカが言い切ると、部下も「はい」と了解する。
「で、やはり不思議なのは、そいつら全員体に怪我も、特に痛みも残ってないってことなんですが……」
「ああ、それはですね」
そこで、クロスが説明する。
「一応、少しでも遺恨は残したくなかったので、軽く《治癒》の《魔法》を掛けたんです。なので、皆さんお体に問題は無いと思いますよ」
「そ……そうだったのか……」
「話は終わったか? つまり、そういうことだ。わかったなら出て行け」
部下の獣人は、「は、はい」と言って、扉を閉めた。
「優しいな、クロス」
扉が閉まると同時、ベロニカは再びクロスの膝の上に居た。
やはり、変わり身が素早すぎる。
「それなのに、報復に追い掛けたりしてすまない」
「でも、そのお陰でこうしてベロニカと会えた。結果論だけど、よかったよ」
クロスの言葉に、ベロニカは「えへへ……」と、子供のように笑う。
「オレ、クロスが帰ってくるのを待ってた。いつかクロスが、凄く強い、この《邪神街》を支配するくらいの存在になって戻ってきたとき、一緒に居ても恥ずかしくないように、オレも強くなろうって――頑張って、獣人達を束ねる頭領になった」
「すごいじゃないか」
「まだまだだ。狼の獣人の派閥は、規模こそ大きいけど、抗争をしている他の獣人達も多くいる。もっと強くならないといけない」
クロス……と、ベロニカはクロスを見る。
「遂に、遂に、この時が来たんだな。クロスが、この《邪神街》を支配する恐怖の帝王になるときが……」
「いや、ベロニカ……もしかしたら勘違いさせてしまっているかもしれないけど、僕はそんなものになるつもりはないよ」
「え? 違うのか?」
「ああ」
そこら辺の誤解というか、妙にねじ曲がった印象を正すためにも、クロスは本題に入る。
ベロニカを膝の上から下ろし、隣に座らせる。
「僕は今、冒険者として働いているんだ」
「冒険者?」
「それで、ベロニカが《獣人》のトップになっているなら、ちょうどよかった。少し、頼みたいことがあるんだ」
クロスは頭を下げる。
「お願いだ。僕が《邪神街》のガイドになる上での、後ろ盾になって欲しい」
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
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