□■幕間 クロスに憧れる男■□
「はぁ……」
場所は、冒険者ギルド。
とあるテーブルに着き――マーレット、ジェシカ、ミュンの三人が、黙って向かい合っている。
「大丈夫でしょうか……クロスさん」
話題は、この場に居ない彼女達の仲間――クロスのことだ。
昨夜、酒場でクロスから《邪神街》へ赴くと報告を受けた。
冒険者としてのスキルアップ――《邪神街》のガイドになるため、古い友人を訪ねて土地の有力者となんとか繋がりを得たいと思っている、と。
今頃、彼は《邪神街》に向かっている最中だろう。
「んー……クロやんの実力的に、荒事に巻き込まれたとしても大丈夫だとは思うんやけど」
ミュンが腕組みし、天井を仰ぎながら言う。
「クロス様を相手に、立ち向かえる者がいるとは思えない。並大抵の者では、刃向かうことも不可能だろう」
続けて、瞑目しながらジェシカが言う。
「だが、一つ懸念があるとすれば……クロス様の、人の良い性格だ」
「せやな」
単純な喧嘩や勝負となれば、クロスは負けたりしないだろう。
だが、《邪神街》は野蛮で狡猾な亜人達が蔓延る、犯罪者の温床。
あくどい者も多い。
生まれ故郷とは言え、もしも、彼の優しさにつけ込んで、騙そうとする者が現れたとしたら……。
「……心配です」
「心配やな」
「心配だ」
「ん? なんだ、マーレット達じゃねぇか」
三人が声を揃えた、その時だった。
その場に、一人の男が通り掛かった。
クセがかった深い緑色の髪の優男。
腰には、杖が一振り携えられている。
先日、マーレット達を自身のパーティーに取り込もうとして、結果賭け勝負となり、そして敗北したCランク冒険者――《魔術師》のバルジだった。
「あ、バルジさん」
「なんや、バルジやん」
「バルジか、何の用だ」
「なんだよ、歓迎されてねぇな……」
彼を見て、マーレットは普通だが、ミュンとジェシカは冷めた態度を取る。
まぁ、一度ナンパされ掛けた身なのだ。
警戒心を抱いても当然だろう。
「あれ? な、なぁ……」
そこで、バルジはキョロキョロと周囲を見回し、まるで緊張したように声を潜めて言う。
「クロスさんは、いないのか?」
「はい、ちょっと用件があって、数日ほど別行動を取ることになったんです」
「そ、そうなのか……」
ホッとしたような、しかし、どこか残念なような、そんな表情を浮かべ、バルジは胸を撫で下ろした。
「なんで、クロやんが気になるねん? あ、まさか自分、まだウチ等のこと……」
「ち、違うわ! お前等にはもう手なんか出さねぇよ!」
そこで、バルジは再度周囲を見回すと――。
「……な、なぁ、お前等、ちょっといいか?」
三人の掛けるテーブル――空いたもう一つの椅子に、腰掛けた。
「なに座っとんねん」
「時間はあるが、貴様の誘いには乗らんぞ」
「だから、違うって! ちょっと、話が聞きたいだけだ!」
バルジは、また念入りに左右をキョロキョロと確認し、三人に問い掛ける。
「その……クロスさんと初めて会った時って、どんな感じだったんだ?」
「「「初めて会った時?」」」
バルジの口から出た思い掛けない話題に、三人は口を揃えて反応する。
「何故、そんなことが聞きたいんだ?」
「いいだろ、別に! 興味があるだけだ!」
どこか必死に聞いてくるバルジに、ミュンとジェシカは鼻白む。
「ええと、初めての出会い、ですか……」
そこで、マーレットが記憶を辿りながら、おずおずと語り初めた。
「話すんや。優しいな、リーダー」
「あれは……私が、パーティーに必要な回復・支援系の能力を持つ冒険者を探して、ギルド内で声掛けをして回っていた時でした……頑張って、なんとか仲間になってもらおうと必死だったんですが、誰も、見向きもしてくれなくて……そんな時――」
マーレットは、少し頬を染めながら言う。
「クロスさんが、私の仲間になってくれて……そして、みんなで一緒に任務に挑むことができたんです」
「マジかよ……くそっ、俺が先に出会ってたら……」
机に額を落とし、本気で悔しがっているバルジ。
「いや、自分仮にその時のクロやんに出会っても『Gランクの素人が~』とか言って、相手にもしなかったと思うで」
「で? で? 任務に行った後は? それって、あのガルガンチュアの任務だよな?」
「無視かい」
「はい。ガルガンチュアの討伐任務でした……」
マーレットは、そこで表情に影を落とす。
「初めての、パーティーで挑む任務ということもあって、ガチガチに緊張しちゃって……私、不注意で危機に陥って、大怪我を負ってしまったんです」
「ほうほう」
「お腹に重傷を負って、動けなくなって、ガルガンチュアに食べられそうになって、ああ、もうダメだって思った時に……」
「思った時に?」
「クロスさんが、《光魔法》の《光刃》を発動! ガルガンチュアの頭を切り落として、助けてくれたんです!」
「来たぁぁぁぁ! やっべ! かっけぇぇ!」
ノリノリで語るマーレットに、興奮するバルジ。
ジェシカとミュンは、若干引き気味である。
「それで!? それで!?」
「そして、クロスさんはあれよあれよという内に二体目のガルガンチュアも瞬殺。更に、三体目に至っては《光球》を発射」
「は? ちょっと待てって。初級《光魔法》の《光球》なんてランタン代わりの魔法だろ? 発射した、って……」
「ホンマに撃ったんよ」
仕方なし、ミュンが補足する。
「クロやんは、《光球》を自在に操ることが出来るみたいなんや。しかも、三体目のガルガンチュアに命中させた後、《光刃》に魔法を“書き換える”なんてよくわからんこともしてたで?」
「……て、天才かよ……おいおいおい、どんだけすげぇんだよ、クロスさん」
あわわわわ……と、困惑と感動が入り交じった表情を浮かべるバルジ。
そして、一通り感動した後、「それでそれで?」と、更にマーレットに話を乞う。
「それで、三体のガルガンチュアを倒したクロスさんは、私に《治癒》を施して治療をしてくれたんです」
「《治癒》……流石、クロスさん。上級《光魔法》もお手の物か……で? で?」
「さっきから自分が話止めてるんやで、バルジ」
「えーと、それで、その……私、瀕死の傷を負っていたので、意識も朦朧としていて……情けない話なんですけど……今までの、上手く行っていなかった自分に対する後悔とか、うわごとを口にしてたみたいなんです……」
そこで、マーレットは顔を赤らめ、胸の前で両手を合わせ、恥じらうように呟く。
「クロスさんは……そんな私の頭を大きな手で撫でてくれて、優しく微笑んで……『よく頑張りましたね』って、『でも、これからは自分も頼ってください』って……」
その時の光景を、間近で見上げたクロスの顔を思い出しているのか。
両目を熱っぽく濡らし、マーレットは語る。
「……自分は、私の“仲間”なんだからって……私が一番嬉しい言葉を、掛けてくれたんです……心が温かくなって、満たされるようでした……」
「惚れてまうやろぉぉぉぉぉおおおおお!」
バルジの上げた雄叫びが、ギルド内に響き渡った。
即座、ジェシカが剣を抜いて(鞘を被せた状態で)、バルジの頭を殴打する。
「うるさい。興奮しすぎだ。気持ちは、わからんでもないが」
「いや、わからんでもないのかい」
素直にそう漏らすジェシカに、ミュンが突っ込む。
「やべぇぇぇ……かっけぇぇ……」
一方、バルジは机に突っ伏して震えていた。
女遊びが激しいことで有名なチャラついた男の印象だったが、今の彼は、憧れのヒーローの武勇伝を聞いて打ち震える純粋な少年のようである。
「自分、なんでそんなにクロやんに興味津々やの?」
「はぁ!? 当たり前だろ! あんなかっけぇ人、憧れるに決まってんだろ!」
そこで、机の上で頭を上げ、バルジがミュンへと熱く語る。
「いや、俺だってよ、曲がりなりにも《魔術師》の端くれだぜ? 《魔法》の才能を認められた時から、誰にも負けねぇ《魔術師》になろうって、そりゃ思ったりもしたさ。こうやって冒険者になって、任務を受けまくって活躍して、どんどん実績を積んで、いずれは行くところまで成り上がってやろうって野心もある。そんな俺が、《極点魔法》なんて魔法使いの最終到達地点に至ってるクロスさんと出会ったんだぞ?」
はぁ、と、バルジは悩ましげな溜息を吐く。
「正に、理想の人って感じだ。追い掛けたくなるに決まってるぜ。強いし、優しいし、頼りになるし……はぁ、マジイケメン」
「なんやの、こいつ」
呆れるミュン。
そこで――。
「おーい、バルジ、何やってんだ?」
三人の男達が、バルジを呼んでいる。
彼のパーティーの仲間達だ。
「手頃な任務が見付かったぞ」
「おう、今行く」
バルジは立ち上がると、三人に言う。
「ともかく、またクロスさんの話を聞かせてくれよ。あ、あと、クロスさんが戻ってきたら、それとなく俺の印象が良くなるように褒めといてくれよな。よろしく」
「するかい、アホ」
去って行くバルジ。
「やっぱ、クロやんってモテるんやな。男女問わず」
「それでも、あいつの尊敬っぷりは中々のものだがな」
バルジの背中を見送って、そう微笑むミュンとジェシカ。
しかし、すぐに表情を曇らせる。
「なんだか……クロスさんの話をしてたら、やっぱり心配になってきました」
マーレットは呟き……そして、意を決したように立ち上がる。
マーレットは、ミュンとジェシカを見る。
二人も同様、真剣な眼差しをマーレットに向ける。
どうやら、三人とも同じ気持ちのようだ。
「私達も、クロスさんの後を追いましょう。今からでも、まだ間に合うはずです」
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