□■第16話 《邪神街》の友人■□
「よっ、と」
クロスは、《光膜》で足場を作りながら、空から地上へと降下していく。
そして、自身の出生の地であり、故郷。
《邪神街》の地を踏んだ。
ちょうど、大きな通り外れ――路地裏に近い場所に降り立った形だ。
「何年ぶりだろう……懐かしいなぁ」
クロスは周囲の風景――街並みを見回して、感動するようにそう漏らす。
「この街を出て、神聖教会に修行の身で入門してから数年離れていたけど、雰囲気は全然変わっていません」
『……クロス、感動しているところ申し訳ないのですが、ここはそんなノスタルジーな気分に浸れるような場所では無いと私は思いますよ』
どこからか爆発音が聞こえ、野太い怒号が聞こえてくる。
建物の隅や物陰に何者かが潜み、こちらを値踏みするように睨んできている。
すぐ近くで窓ガラスが割れる音と、女性の金切り声。
ザ・スラム街――と表現すればわかりやすいだろうか、そんな感じだ。
「確かにそう言われてしまうと何も言い返せませんが、一応、ここは僕の故郷なので」
「おい、お前」
苦笑しながら、エレオノールに返すクロス。
そこで、そんなクロスを呼び止める声が響いた。
気付くと、クロスは四人の大柄な人物達に囲まれていた。
「見掛けねぇ顔だな……っつぅか、ただの人間か?」
「おいおい、こんなところに外の世界の奴が何の用だよ」
その四人は――全員、体から獣毛を生やし、頭部に耳を生やしている。
犬のような顔立ちに、獰猛そうな牙と目。
狼系の《獣人》だろう。
この《邪神街》で暮らす、亜人種の一種である。
「とりあえず、金目のもの、っつぅか荷物は全部置いていきな」
どうやら、目的は追い剥ぎのようだ。
クロスよりも背は頭一つ大きく、体の厚さは二回り以上の大柄な獣人達は、威圧しながらそう言ってくる。
「おい、荷物だけじゃなくて服も含めて持ってるもの全部だ。大人しく言うこと聞けば、命だけは助けてやるよ」
『クロス、いきなりトラブルですよ』
エレオノールが、敵に取り囲まれたクロスへと囁く。
対し、クロスは――。
「……ふふっ」
そう、笑った。
『何故この状況で笑えるのですか、クロス』
「いえ、なんだか、子供の頃を思い出しまして。ああ、そうそう、こんな感じ、こんな感じ……と、なんだか懐かしい気分になっちゃいました」
『クロス、今のあなた、戦場で『テーマパークに来たみたいだぜ、テンション上がるな~』って言ってるようなサイコパス味がありますよ』
「そ、そこまでおかしいですか……」
「おい、さっきから一人で何ブツブツ喋ってんだ」
クロスを包囲する獣人――正面の一人が、苛立った声で言う。
「俺達のこと、舐めてるのか?」
「はい、舐めてますよ」
そこで、クロスは獣人達を挑発する。
そのハッキリとした言い方に、獣人達は思わず呆気に取られる。
「いいんですか? 手を出さなくて」
「……てめぇ!」
瞬間、クロスの背後の獣人が殴り掛かってきた。
「《光膜》」
豪腕の一撃――クロスは《光膜》を発動し、その一撃をはじき返す。
「ぐえっ!」
「がっ!」
更にもう一方から殴り掛かってきた獣人も、同じように《光膜》で打撃を反射し、返り討ちに。
「なっ!? なんだ、こい――」
そして、動揺する残りの二人に瞬時に近接し、拳を叩き込む。
人並み外れた体格の持ち主である獣人だが、人体の急所は人間と同じである。
瞬時、クロスの足下には気絶した獣人達が四体、転がった。
「よし、行きましょう」
『く、クロス、なんだかいつもと雰囲気が違いますね』
一瞬で荒くれ獣人四人を仕留めたクロスに、エレオノールはどこかビックリしている。
『普段の温厚なクロスは、いずこへ……』
「この《邪神街》では、ここのルールに則らないと生きていけませんから」
『なるほど。しかし、あんな風に挑発的な台詞まで言うとは』
「この街にいた頃、一緒に暮らしていた仲間達から教えられたんです。僕は大人しすぎるから、舐められないように攻撃的な言葉も覚えるようにって」
「へぇ……で、今からその友人の一人に会いに行くんですよね」
「ええ、しかしまずは、どこにいるのか探さないとですよね」
エレオノールと会話しながら、クロスは歩を進めていく。
「おい」
しかし、路地を曲がったところで、背後から声を掛けられた。
振り返れば、大柄な獣人が一人立っている。
「向こうにぶっ倒れてるのは俺の仲間なんだが、お前がやったのか?」
『……クロス』
「……ええ」
クロスは、今更ながら少し悩ましげに溜息を吐いた。
「前途は、多難なようです」
+++++++++++++
その後――。
道を歩いては絡んでくる獣人達を、片っ端から吹っ飛ばし、ちぎっては投げ、ちぎっては投げをしていくクロス。
このままでは、彼等の相手をしているだけで日が暮れてしまいそうだ。
そう思っていたところ、おそらくバーと思われる店を発見した。
「ちょうどいい。情報の聞き込みも含めて、ちょっと休憩がてら入りましょう」
『やっとひと休みできそうですね』
クロスは扉を開け、バーへと入る。
バーには数名の客しかおらず、全員が亜人だ。
人間の姿をしたクロスを見て、ジロリと圧の強い視線を向けてくる。
そんな中、クロスは真っ直ぐバーカウンターへと向かい、グラスを拭いているマスターに話し掛ける。
「……いらっしゃい」
「すいません、この街で人を探しているのですが」
「………」
客と同じく亜人のマスターは、クロスをチラッと見る。
「……誰だ」
一応客商売であるからか、クロスにもきちんと返事を返してくれた。
「ええ、僕の古い友人で――」
その瞬間だった。
バーの扉が、破裂しそうな勢いで開いた。
「見付けたぞ!」
「ボス! あいつです! 俺達の仲間を片っ端からぶっ飛ばして回ってたのは!」
数十人の獣人達が、バーの中に乗り込んできた。
彼等の姿を見て、マスターも、他の客達も身を強張らせている。
「狼の獣人……」
「ベロニカの一派じゃねぇか……」
「あんた、一体何したんだ?」
バーカウンターの下から、マスターがクロスに問い掛ける。
身に降りかかる火の粉を払っていただけだったのだが、予想以上に騒ぎが大きくなってしまっていたようだ。
「狼の獣人の派閥は、この《邪神街》に住む獣人一派の中でも最大規模のチームだ。そんな連中の恨みを買うなんて、あんた、もう終わりだぞ。特に、こいつらをまとめ上げるボスは、荒くれ者の獣人共を腕っ節一つで統率する最強の獣人で……」
「ボス! 表通りに引き摺りだして八つ裂きにしましょうか!?」
クロスに対して敵意を向ける狼の獣人達は、彼等のボスに指示を請うている。
ボスと呼ばれているのは、先頭に立つ、一人の女の獣人だった。
背はクロスと同じか少し高いくらいで、引き締まった体付きをしている。
見た目、筋肉量が多いわけではないが、人間とは一線を画した身体能力を有していることが雰囲気で伝わってくる。
黒い皮のパンツに、皮のジャケットを纏い、ヘソを出した攻撃的な服装。
首輪を巻き、頭の上には真っ直ぐ二本の耳が立っている。
黒く長い髪は腰まで伸びており、お尻の少し上くらいから短い尻尾が出ている。
目付きは鋭く、黙っているだけで威圧感を感じる――正に、女傑といった雰囲気だ。
どこか、犬のドーベルマンを獣人にしたらこんな感じだろう……という、印象である。
他の獣人達からボスと呼ばれている彼女は、こちらを真っ直ぐ見詰めてくる。
『うわぁ、どうします、クロス。なんだか、一瞬で大事に発展してしまっているようですが』
エレオノールが、若干心配するようにクロスに尋ねる。
そこで、だった。
「ベロニカ!」
クロスが、その顔に笑みを湛えて叫んだ。
まるで、旧来の友人と再会した驚きと喜びを溢れさせるように。
「久しぶり、ベロニカ! 驚いたよ、こんなところで再会できるなんて! 凄く立派になって!」
「………」
クロスがそう声を掛けたのは、他の誰でもない、獣人達のボスの女性だった。
彼女は、クロスを黙って見詰めている。
そんなクロスの突飛な行動に、バーのマスターや客達は震え上がる。
「おい、人間! 何だ、てめぇ!」
「ボスの名前を馴れ馴れしく呼んでんじゃねぇ!」
そして、獣人達は怒りを露わにしている。
が。
次の瞬間。
「……く」
彼等の先頭に立っていた女性。
狼の獣人をまとめ上げる、ボスの立場に君臨する彼女が――クロスを真っ直ぐ見詰め、体を震わせ。
「く、くくくくく、クロスゥ!?」
クールな無表情を一変させ、顔を桜色に染め上げ、犬歯が見えるほど口を大きく広げ。
「クロスー! クロス、クロス、クロスゥっ!」
「あはは、相変わらず甘えん坊だな。久しぶり、ベロニカ!」
全力で、クロスに飛び付いたのだった。
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