□■第15話 《邪神街》への帰郷■□
「ええっ!? 《邪神街》に行く!?」
――その夜。
いつもの飲み屋で、各々の用事を過ごしたマーレット達と合流したクロスは、三人にそう告げた。
受付嬢のリサの助言を参考に、《邪神街》のガイドになって、冒険者としてスキルアップを狙うことを決意した、と。
「なので、すいません。明日から三日ほど、僕に別行動の許可をいただけませんか?」
「そ、それは……」
マーレットもジェシカも、ミュンも驚いている。
「大丈夫、ですけど……」
「というか、クロやんって《邪神街》の出身だったん?」
「ええ」
やはり、クロスが《邪神街》の出身者であると知ると、彼女達も身構えてしまっているようだ。
しかし、これは当然の反応――クロスも気にはしない。
《邪神街》の出身と言えば、大抵の人間は恐れるに決まっている。
クロスは、至っていつもの調子を意識しながら頷く。
「怖がらせてしまいましたよね、すいません」
クロスは頭を下げる。
そんなクロスを前に、マーレットは「あ、いえ、その……」と口籠もる。
「た、確かに、驚きましたけど……」
「《邪神街》の出身者……クロス様は、一体何者なのだ?」
ジェシカが、動揺しながらも問い掛けてくる。
「人間では、ないのか?」
「正確には、人間と《魔族》のハーフです」
自身の出生を人に語るのは、もしかしたら《邪神街》を出てから初めてのことかもしれない。
人間の世界で暮らす上で、《邪神街》の出身であることは黙っておいた方が良いに決まっているからだ。
あの街に居た子供の頃、一緒に暮らしていた“仲間達”から教わった。
「冒険者としてのスキルアップ、それに何より、皆さんと同じランクに昇格するためにも、《邪神街》のガイドになれたなら、何よりのアピールポイントを得ます。是非、行かせてください」
「それは、大丈夫ですが……」
リーダーであるマーレットが、未だ半信半疑ながら許諾する。
「クロやん……ウチ等、付いて行かんで大丈夫?」
おずおずと、ミュンが問う。
「あ、いや、むしろ付いて行かん方がいいのかもしれんけど……」
《邪神街》は危険な場所。
外の世界の住人が、軽々しく足を踏み入れない方が良い。
そもそも、外の世界の住人の多くは、《邪神街》に対し忌避感と恐怖心を持っている。
彼女達だって行きたくないだろうし、無理に誘おうとも思わない。
「行く場所が場所ですし、皆さんを危険な目に合わせてしまう可能性もあります。今回は、僕一人で行きます」
「《邪神街》のガイドになるため、何か、アテはあるんですか?」
そこでクロスに、マーレットが問い掛ける。
そう――今回クロスが目指しているガイドは、単に出身者だとか、ちょっと土地勘や知識がある程度の者ではない(というか、土地勘や知識に関しては既に失ってしまっている)。
《邪神街》と人間世界の繋がりになれる存在、になるのだ。
受付嬢リサの説明によると、そういったガイドになるためには、現地人の協力者が必要となる。
中でも、《邪神街》で強みを持っている存在……有力者と繋がりを持ち、後ろ盾になってもらえば、ガイドとしての信頼性も確実なものになる。
「ええ、アテはあります」
クロスは言う。
「向こうに、僕の友人がいるんです」
「ゆ、友人……」
「はい、その友人に協力してもらって、なんとか《邪神街》の有力者に取り付けてもらえないか、試してみます」
「なんや、色々と手探りやな」
不安がるミュンを見て、クロスも苦笑する。
確かに、そう言われてしまっても仕方がないだろう。
「はい、本当はもっとかっこよくバシッと、ツテが有ると言えれば良かったのですが……僕、神聖教会に長年仕えて、教会での仕事以外のノウハウも、大した技能もないので」
世間知らずで、常識に欠けている部分も多々ある。
けれど、そんな自分を受け入れてくれた彼女達のためにも、何か役に立つステータスが欲しい。
「その友人も、僕が神聖教会の門戸を叩くまで一緒に《邪神街》で暮らしていた子供の頃の仲間みたいなものなので、僕の事なんて、もう忘れてしまっているかもしれませんしね。でも、頼れる可能性は0じゃない。なんとか頑張って、僕に出来る事を増やして、誰かの助けに、何より、皆さんの助けになりたい。だから、試しに挑戦させて欲しいんです」
「クロスさん……」
「わかった。クロス様がそうしたいのであれば、我々に止める権利はない」
「ま、クロやんの実力は知ってるから、《邪神街》に行ったからって酷い目に遭わせられる事は無いって思ってるけど」
クロスの熱い向上心を前に、マーレットも、ミュンも、ジェシカも、口を挟むのも野暮だと思ったのだろう。
「ありがとうございます」
「でも、本当に三日だけでいいんですか?」
マーレットの言うとおり、地図で確認すると、この大都から《邪神街》へは、通常通り馬車を使ってもおそらく一日近くかかる。
結構距離がある上、《邪神街》に入るためには、大きな山や川を越えなければならない。
「時間が足りますか?」
「移動に関しては大丈夫です」
心配するマーレットに、クロスは微笑む。
「僕、結構鍛えているので」
+++++++++++++
ということで、翌日。
クロスは、早速都を出発し《邪神街》へと向かう事にした。
現在、収入もあって所持金にも不自由していないクロスは、馬車を手配。
それで、《邪神街》への道を進んでいく。
『結局、普通に馬車で向かうのですか? クロス』
馬車の中で、エレオノールがクロスに尋ねる。
『でも、これでは一日掛かってしまうと、あのロリ巨乳っ娘も言っていましたよ?』
「大丈夫です、女神様。僕に考えがあります。あと、マーレットさんをそういった呼称で呼ぶのはどうかと思います」
そのまま馬車に揺られ、約半日ほど経った後。
「旦那、すいやせん。ちょっとここから先に進むのは難しいですね」
御者に呼ばれて、クロスは馬車を降りる。
山間を上っている途中だったのだが、岩肌沿いに作られた道がかなり細く荒くなり、馬車で進みには危険な状況になってきていた。
「流石にこのまま進めば、崖が崩れて馬車が落下するかもしれません。何より、旦那、この先に進んで行ったら、本当に《邪神街》に……」
どうやら、御者も言われたとおり《邪神街》へと馬を進めていたのだが、近付くにつれて恐怖心が勝ってきたようだ。
クロスは、彼に微笑み掛ける。
「ありがとうございます。馬車は、ここまでで結構ですので、引き返してください。あ、これは代金の残り半分です」
御者にお金を渡すと、クロスは岩山を見上げる。
「ここから先は、僕一人で行きます」
『へ? クロス、まさかですが……』
エレオノールが不安そうに呟くと、クロスはニコッと笑う。
「『健全な魂は健全な肉体に宿る』……ですよ」
言うが早いか、クロスは足下に《光膜》を発動。
その光の板の上へ跳び乗ると、空高く跳躍した。
『やっぱり! ああもう! 待ちなさいクロス!』
その後を、エレオノールが慌てて飛翔し追い掛ける。
「ひえぇ……な、何者なんだ、あの旦那は……」
《光魔法》を駆使し、あれよあれよという間に岩肌を駆け上がっていったクロスを、御者は呆然と見送っていた。
+++++++++++++
馬車を使い、道程の半分以上まで進んでいたので、後は特に問題無かった。
《光膜》の反射効果を応用した移動手段で、空飛ぶ鳥と同じ速度で天空を駆け抜けるクロス。
疾風の速度で雲の真下を走り、山を越え、森を越え、川を越え……徐々に徐々に、周囲に暗雲が立ちこめてくる。
なんとも、暗く淀んだ、暗黒のような空気が漂ってくる。
「あ、そろそろ見えてきましたね」
やがて――クロスとエレオノールの眼下に、広大な街が見えてきた。
街……と言うより、それは小規模な国と呼んでいいほどの規模を有しているかもしれない。
それほど広大にして、どこか邪悪な雰囲気が漂う場所――。
「……懐かしい」
クロスは、目を細めてその街を見下ろす。
ここが、クロスの出身地――《邪神街》と呼ばれる世界である。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
本作について、『面白い』『早く続きが読みたい』『期待している』と少しでも思っていただけましたら、ページ下方よりブックマーク・★★★★★評価をいただけますと創作の励みになります。
また、感想・レビュー等もいただけますと、とても嬉しいです。
どうぞ、よろしくお願いいたしますm(_ _)m




