□■幕間 一方、神聖教会では……――ベルトル司祭の苛立ち■□
「ベルトル司祭。お忙しいところ申し訳ありません。大都より、冒険者ギルドの使者の方が司祭をお訪ねに来られているのですが」
「………?」
神聖教会支部――司祭執務室。
ベルトルは、ドアの外から聞こえてきた言葉に、訝しげに眉を持ち上げる。
「お通ししなさい」
「はっ、失礼致します」
執務室のドアが開き、職員が室内へと客人を招き入れる。
先日もここに聞き込み調査にやって来た、冒険者ギルドの職員だ。
「この前は、お話を伺わせていただきありがとうございました」
「いえ、ご参考になったのなら幸いです」
ベルトルは、来訪者用のソファに彼を促し、自身も反対側のソファに腰掛ける。
「どうですかな? それ以降、冒険者ギルド内でのクロス氏の様子は」
「ええ、ベルトル司祭にお話しいただいた内容を、彼の冒険者ランク昇格検討の参考にさせていただきました」
「それで、彼は今どのような待遇を得ているのですかな?」
ベルトルの問いに、職員は「えー……」と、言いにくそうに告げる。
「はい、クロス氏の大幅なランク昇格の件は一旦保留……現状は、Fランク以上への昇格は、観察を継続して問題無しと判断されれば認定がされる……と、そのように委員会内で決定がされました」
「そうですか……彼には厳しい処遇ですが、決定とあらば仕方がありませんね」
ベルトルは、内心でほくそ笑む。
前回、この冒険者ギルドの職員が来訪した際、追放したクロスが冒険者になったという話を聞かされた。
そして、登録からわずか数日で、上級冒険者にも負けない成果を上げているのだと。
ベルトルは驚き、そして、歯噛みした。
こちらは教会内で、まだ奴の追放に不満を口にする『クロス擁護派』への対応をさせられているというのに、当の本人は、おそらく運が良いお陰とは言え、新天地で恵まれた評価を得ようとしているのだ。
ベルトルは、ギルド職員にクロスの人格、今までの勤務態度、何故神聖教会を追放したのかに関わるまで、嘘も交えて彼の評判を下げるよう言葉を連ねた。
ベルトルの話を聞いていたこのギルド職員も、思わず言葉を失うような――そんな人格を印象づけた。
加えて、ハッキリと『私には関係の無い話かもしれませんが、もしも私が冒険者ギルドに所属しているなら、彼に権力や地位を与えるなんて考えられません』――と、そう言った。
例え、実力だけがものを言うと呼ばれる冒険者の世界であっても、地位が上がれば貴族や王族とも繋がりを持つことになる。
冒険者を管轄し責任を担うギルドとしても、危険な人物を軽々しく上位には上げられない。
それに、冒険者ギルドの上層部の中には、神聖教会の信者であったり、影響を受けてる職員だっている――このベルトルの発言は無視できないだろう。
そんなベルトルの狙いは、見事に的中したようだ。
(……くくくっ)
クロスは、冒険者ギルド内でも不遇の立場を余儀なくされている。
いくら頑張って努力を重ね、コツコツ仕事をしようと評価されない――本人には、その原因がわかろうとどうすることも出来ない。
そんな蟻地獄に陥っているのだ。
ベルトルは内心で嘲笑う。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
「はい、そのクロス氏の件で、もう一度再調査の指示が出されまして」
「……なに?」
再調査。
その言葉に、ベルトルはピクッと眉を顰める。
「クロス氏は本当に危険人物なのか……その、再調査をしてくるように、と」
「なるほど……確かに、一度聞いただけでは納得もできないでしょう。しかし、先日私が話したことは事実なのです。クロス氏は、一見温厚で勤勉、人当たりの良い人格者に見えますが……実際は、悪辣極まる性格で――」
「その件なのですが……実は、ベルトル司祭以外にも、神聖教会に所属するシスターや神父の方達にも聞き込みを行っておりまして。どうにも、皆さんの話す印象とベルトル司祭のお話しになる印象が、乖離しているように思えるのですが」
「……彼等、彼女等はクロス氏に騙されていたのです。そして、今だにその洗脳が解けずにいる。人を誑かす、正に悪魔の所業です」
「そう、ですか……うーん……」
ギルド職員は、腕を組んで頭を悩ませている。
どうにも、ベルトルの言葉が信用できないようだ。
ベルトルは、内心で苛立ち、半ば衝動的に言葉を発した。
「これは、女神様の御前であるこの教会で口にするのも憚られることですが、彼は市民からの寄付金を一部横領し、自身の懐に入れていたのです。実に嘆かわしい、犯罪に手を染めていたのです」
これくらいなら――と思い、ベルトルは苛立ち紛れにありもしない罪を口にした。
「そ、それは、本当なのですか? 証拠は?」
「証拠? ……いえ、既にその横領金も使い切った後でしたので、証拠と呼べるものはありません。なので、前回話さなかったのです」
しまった――と、ベルトルは慌てて言葉を濁す。
感情に任せ、うっかりしていた……軽はずみに、余計な事は言わないようにしよう。
そう自省する。
「うーん……しかし、他の神聖教会の関係者の方々が話す人物像と一致しない……冒険者ギルド内でも、彼と親交を持つ冒険者達を初め、彼よりもランクの上の冒険者にも、彼をとても評価している者もいますし……あ」
そこで、ギルド職員は何かを思い出したように口を開いた。
「そういえば、これは聞き込みの最中に、あるシスターの方が思わず口に出し掛けていたのですが……クロス氏は、《邪神街》と何か関係があるのですか?」
「……それは」
その言葉を聞いた瞬間、ベルトルは頬が緩みかけた。
しめた――と、思ったのだ。
そういえば、前にこの冒険者ギルドの使者が訪れた際には、その件も話していなかったのだ。
「ええ、そうです。何を隠そう、彼は醜悪極まりない、邪神の系譜を継ぐ種族の蔓延る世界――通称、《邪神街》の出身者なのです」
そうだ、最初から、これを言っておけばよかったのだ。
奴が《邪神街》出身で、《魔族》の血が混ざった人間であるということは調査されて立証済みの真実であるし、本人もきちんと認めている。
《邪神街》は、凶悪な異種族蔓延る犯罪者の温床。
この国に生きる、全ての人間の敵と言っても過言ではない。
「な、なるほど……そうでしたか」
ギルド職員は驚愕しながらも、ぶつぶつと口の中で何やら呟いている。
「本当だったのか……だとすると、クロス氏が《邪神街》と繋がりを作れるかもしれないという話も……もしかしたら……」
ギルド職員は、まるでこれから凄い事が起きるかもしれない……とでもいうような表情を浮かべている。
しかし、そんな事など露知らず、ベルトルは一人、心の中で嗤う。
これで、正真正銘、奴も終わりだな――と、そう思いながら。
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