□■第11話 討伐クエスト勝負■□
先日の、クロスの冒険者ランク昇格に関する不当判定は――皆納得はしないものの、あれこれ言っていても仕方がないので、ひとまず諦めることとなった。
「こうなったら、コツコツ実績を積んで冒険者ギルドの信頼を勝ち取ります。そうすれば、問題なくランクも上がるはずです」
そう、クロスが三人を宥めたのだった。
「クロス様がそう言うのであれば、我々も口出しはしない」
「ま、別にランクなんて関係無く、クロやんが凄いのはわかってることやし」
「そうです、むしろ、クロスさんが他の人達に横取りされずに済みます!」
ジェシカもミュンもマーレットも、クロスの意を汲んで気にしないことにしたようだ。
何はともあれ気を取り直し、今日も四人は任務に挑む事にした。
ボードに張り出された任務の手配書を見て回り、手頃なものが無いか検索していく。
「よう」
そこで、後ろから声を掛けられ、クロス達は振り返る。
「もしかしてお前等か? 最近、一気にDランクにまで昇格した女冒険者達ってのは」
そこに、数人の男達が立っていた。
「噂は聞いてるぜ」
先頭に立つ、クセがかった深い緑色の髪の優男が、人当たりの良さそうな笑みを浮かべて言う。
腰に50㎝ほどの長さの杖を携えているのを見るに、おそらく《魔道士》だろうか。
「バ、バルジさん……おはようございます」
マーレットが驚いたように声を上げ、慌てて挨拶をする。
「お知り合いですか?」
クロスがマーレットに問い掛ける。
「ええと、知り合いというわけでは……ただ、この冒険者ギルドの中でも有名な方なので」
「覚えてくれてたのか、嬉しいぜ」
バルジは、気さくな態度でマーレットに語り掛ける。
「《魔道士》のバルジさん。Cランクの冒険者です。後ろに並んでいる他の方々も同様で、こちらの四名でパーティーを組んでいらっしゃいます」
バルジの後ろには、それぞれの得物を持った男達が三人いる。
斧や槍を携えているところから察するに、全員スタイルは攻撃系の前衛職と思われる。
「ここ最近冒険者になられたばかりなのですが、魔法の才能もあり、まだ若いのに実力も高く、一気にランクを駆け上がって有名になった方なんです」
「へぇ。そんな方に声を掛けられるなんて、評価していただいているんですね」
『クロス、それはちょっと楽観が過ぎますよ』
微笑むクロスに対し、頭上のエレオノールが言う。
警戒している表情だ。
『見るからにナンパですよ、ナンパ』
「ナンパ?」
「ええと、マーレットに、ジェシカに、ミュン、だな? みんなかわいいな」
バルジは人畜無害そうな雰囲気を出しながら、どこか慣れ慣れしく話を進めていく。
「リーダーは、マーレットでいいのか?」
「あ、はい」
「そうか。なぁ、ランク昇格したばかりで右も左もわからないだろう。上位ランクは任務の難易度も一気に上がる。ここで上手く行かずに脱落したり、調子に乗って足を踏み外す冒険者も多いらしいぜ?」
「は、はぁ……」
マーレットが、おずおずと頷く。
「そこで、だ。お前達、俺達の仲間にならないか?」
「え?」
「折角、運良くとは言えここまで来たんだ。簡単に失敗したくないだろ? 俺達が面倒を見てやるって言ってるんだよ」
バルジの発言に、マーレットは「ええと……」と困ったような顔になり、ジェシカは目に見えて不機嫌になる。
ミュンは「やれやれ……」という感じで天井を仰ぐと、クロスにササッと顔を寄せる。
「このバルジって人……さっき、有名ってマーレットが言ったやろ?」
「あ、はい」
「……実力もそうやけど、女好きでも有名やねん」
クロスの耳元で、小さくそう囁いた。
一方、バルジはマーレットに対し言葉を続けていく。
「どうだ? マーレット」
「そ、それは、その……」
「遠慮するなって。パーティーの人数としては大所帯だが、原則的には大丈夫だ。この七人で力を合わせていこうぜ」
「え……ええと、七人?」
バルジ達のパーティーは四人。
一方、こちらはマーレット、ジェシカ、ミュン、クロス。
マーレットは首を傾げる。
「……ここにいるのは、八人ですが」
「ああ」
そこで、バルジが視線をクロスに向けた。
「この男はパーティーから外す」
『はい、来ました! やっぱりナンパですよ、ナンパ! 魂胆丸見えですね!』
「ど、どうしてクロスさんを外すんですか?」
騒ぐエレオノールはさておき、マーレットが尋ねる。
「おいおい、俺は優しさで言ってやってるんだぞ? C、Dランク冒険者のパーティーに一人だけFランクって、荷物持ちにでも使うつもりか? 後方支援職なら、また別の同ランク冒険者を加入させればいい」
そう言って、バルジと仲間の男達は笑う。
「マーレット、話は済んだか」
そこで、ジェシカが口を開いた。
「こんな提案、耳を貸す必要性もないと私は思うが」
「はい、当然です」
瞬間、マーレットは真剣な表情になり、頭を下げた。
「すいませんが、私達はバルジさん達と一緒のパーティーになる気はありません」
「なんでだ?」
「クロスさんに酷い事を言ったからです」
怪訝な顔になるバルジに、マーレットはハッキリと言い放つ。
「私の仲間を馬鹿にする人と、仲良くなんてできません」
その発言に、ミュンが「ひゅー」と口笛を鳴らす。
「信じられないな……この俺の提案を蹴ってまで、そんな奴を守る意味があるのか? そいつ、そんなに有能なのか?」
「ええ」
一触即発の空気。
不機嫌そうに声を低くするバルジへと、マーレットは自信満々に言う。
「クロスさんの実力は、私達よりもずっと凄いんです。この方は、只者ではありません」
「……そいつは――」
「あ、ちょうどいいところに!」
その時だった。
クロス達が話し込んでいたボード前へと、受付嬢が新しい任務の依頼書を持ってやって来た。
「マーレットさん達のパーティーに、ご依頼できませんか?」
「え? 何があったんですか?」
「先日のガルガンチュアとは別の場所ですが、また狂暴なモンスターの大量発生が確認されました。それで、討伐依頼が出されたんです。農地や牧場が近いため、領地の所有者から早急に退治して欲しいと」
受付嬢が手配書を見せる。
「ともかく迅速な対応をお願いしたいらしく、動ける冒険者を投入するなら人数は問わないとのことです」
「人数は問わない? なら、ちょうどいい」
そこで、同じく手配書を覗き込んでいたバルジが言った。
「この8人。この俺バルジのパーティーと、マーレットのパーティー。2パーティーで今から参加するぜ」
「え、本当ですか!?」
「ば、バルジさん! 何を!?」
勝手な事を言い出したバルジに、マーレットが困惑する。
そんな彼女に、バルジは口の端を吊り上げる。
「勝負と行こうぜ。どちらが多くのモンスターを討伐できるか」
「え」
「もし俺達が勝ったら、マーレット、ジェシカ、ミュンの三人は俺達の仲間入り。そこの男は外れる。逆に俺達が負けたら、先日の任務達成で得た報酬をそのまま渡そう。どうだ?」
「どう、って……」
「任務の達成や報酬額、どれだけのモンスターを倒したかを競い合うなんて、ここじゃよくある賭けの一種だぜ? それに、そいつの実力に自信があるんだろ? それとも俺の誘いを断るための口先だったのか?」
バルジの提案に、マーレットは言葉を詰まらせる。
先程、クロスの実力について自信のありそうな事を口にした手前、それをクロス本人の前で簡単にひっくり返す事に、気が引けているようだ。
「あのクロスとかいう奴、言われているほど凄い奴じゃ無いだろう」
一方、バルジの仲間の男達が、何やら囁き合っている。
「全員で同じ任務に挑んで、一人だけFランクにしか昇格できてないようだしな」
「仲間の女達も、何かの勘違いで評価してるんじゃないのか?」
「聞くところによると、あいつ、元は神聖教会の神父だったらしいぜ。どうせ口八丁手八丁で、騙したんだろ」
クロスを小馬鹿にするような発言の数々が聞こえ、マーレット達も歯噛みしている。
『あ、やばいですよ、ツンデレ剣士のボルテージが上がってる気がしますよ。喧嘩に発展しなければいいですけれどね』
「………」
『ん? クロス?』
その一方、クロスは顎に指を当て、考え込むように沈黙している。
そんなクロスの様子を、エレオノールは不思議がる。
「……皆さん」
やがて、クロスが口を開いた。
そして、思い掛けない言葉を口にする。
「この勝負、受けましょう」
その発言に、当然マーレットもミュンも驚く。
「そんな、こっちにメリット全く無いで?」
「き、気にしないでください、クロスさん。私達、あんな風に思ってなんて……」
マーレットは、クロスがバルジのパーティーメンバー達が交わした小言を気にして勝負に乗ったと考えたようだ。
「………!」
一方、そこで――ジェシカだけは、何かに気づいたような表情になった。
「わかった、私も賛成だ」
「え!?」
「ジェシカさん!?」
一番意外な人物から出た、意外な発言に、二人はビックリする。
対し、ジェシカは真剣な表情で頷く。
「この勝負、受けよう」
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かくして、クロス達四人と、バルジのパーティー四人による、モンスター討伐任務の対決が決まった。
どちらが多くのモンスターを駆除できるか、その数を獲得した《核》――《魔石》で競う形だ。
冒険者ギルドから手配された馬車に乗り、二つのパーティーはモンスターが発生した場所へと急行する。
「どうして、こんな勝負受けたんですか?」
馬車の中で、マーレットがジェシカとクロスに問い掛ける。
「ええと、それは……」
「クロス様、言わなくていい。私は、クロス様の真意を理解している」
クロスを制止し、ジェシカはそう言った。
「マーレット、ミュン。これは、クロス様の問題ではない。我々三人の問題だ」
「え?」
「ウチらの問題?」
「考えてみろ。果たして私達は本当に、Dランク冒険者に昇格するに足る実力を持っているのか?」
その言葉を聞き、二人もハッとする。
「私達の昇格は、完全にクロス様の活躍のおこぼれだ。運が良かったと言われても過言ではない。クロス様は、我々に相応の実力があると言ってくれたが、それを証明する方法は、実際の任務の達成に他ならない」
ジェシカは、クロスに熱い視線を向ける。
「クロス様は、それを理解した上で我々に試練を与えてくださったのだ。即ち『自分と同じパーティーでいたいなら、この勝負に勝って己達の力を証明してみせろ』――と」
「あ、いや、そんな偉ぶった事を言いたいわけでは……」
「なるほど、わかりました」
慌てて否定しようとしたクロスの一方、マーレットが深く頷いた。
「確かに、その通りです。クロスさんと一緒にいるために、まず審査されるべきは私達の方なんです」
「ええと、マーレットさん、そんなに重く考えなくても……」
「ま、そりゃ当然の理屈やな」
パンパンッと、自身の頬を叩きミュンが言う。
「よっしゃ、気合入った。ウチも全力で挑むわ」
「ミュンさんも、そこまで気負う必要は……」
しかし、そんなクロスの声が届いているのかいないのか、三人はやる気の炎を燃え上がらせている。
「クロスさん、私、頑張ります」
「クロやん、見といてや」
「クロス様。我々が貴殿の仲間でいるに相応しいか、とくと見定めてくれ」
「………」
『お、いい感じに発破がかかりましたね。こうなることを想定していたのですか? 流石、クロス』
空中に寝転びながら言うエレオノールに、クロスは「そういうつもりじゃなかったのですが……」と、苦笑を浮かべる。
やがて、馬車は現場に到着する。
「いたぞ、あれか」
平原。
すぐ近くに、農地や牧場のある村が見える。
そして平原では、何体ものイノシシが群れをなしていた。
見た目はイノシシだが、目付きは鋭く、黒い体毛を生やしている。
そして、その頭から生えた角は、まるで剣のように鋭い。
ジェシカが言う。
「鋭利な角を持ったイノシシ型のモンスター……《ソードボア》だ」
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