□■第10話 新生クロス■□
「はぁ? 何言ってんだ、あいつ」
そこで、周囲の冒険者達の間から、そんな呆れ声が聞こえて来て、クロスはハッとする。
そうだ、この《魔石》はそもそも、パーティーの報酬として受け取ったものだ。
自分が勝手に使い道を判断するなんて、筋違いだ。
「すいません、今の言葉は忘れて――」
「私は、いいと思います」
すると、クロスの発言に、マーレットはそう答えた。
ミュンとジェシカも、黙って頷く。
皆、その目には少しの後悔も疑念もない。
「ウチは別にええで。立役者のクロやんがそう言うなら」
「私も、クロス様の判断に喜んで従おう」
「皆さん……」
「というわけで、お願いできませんか?」
マーレットが言うと、驚いた様子だった受付嬢も、微笑んで頷き返す。
「かしこまりました。我々冒険者ギルドが責任を持って、都一番の《魔道具》の工房に依頼をかけ《結界魔法》を発動する《魔道具》を作成していただきます。その暁には、今回被害に遭われた農村の方々へ、皆さん――マーレット様達のパーティーからの寄付という形でお譲りさせていただきます」
クロス達は視線を交わし、微笑みを浮かべる。
その一方、周囲の冒険者達は唖然としていた。
「こ、こいつら、バカなのか? あの男の思い付きに簡単に乗って、とんでもない富を手放しやがった」
「それとも、底抜けのお人好しなのか?」
「いや、あの程度の《魔石》、いつでも手に入れられるっていうアピールなのかもしれねぇ」
「どっちにしろ、やっぱり只者じゃねぇな、こいつら……」
そんな言葉が飛び交う。
『………』
「あれ? 女神様。ちょっと不機嫌なような……」
『別にー?』
そんな中、エレオノールは、若干ふて腐れ気味な表情を浮かべていた。
『まったく、クロスのお人好しぶりには呆れればいいのか感心すればいいのか……』
「ははっ、すいません」
溜息を吐くエレオノールに、クロスは微笑みかける。
「さて、皆様。続いて、冒険者ランクの昇格に関する件なのですが」
一方、受付嬢は話を進める。
クロス達の、冒険者ランクについてだ。
「上の方で、少々審査は難航したようですが、皆様の新しいランクが決定致しました」
「難航?」
そのワードに少し引っ掛かる部分もあったが、クロス達は受付嬢の発表に聞き入る。
「まずは、マーレット様、ジェシカ様、ミュン様……お三方はこの度、FランクよりDランクへの昇格が決定しました」
三人の顔が、歓喜に染まる。
Eランク昇格は確実と言われていたが、更に立て続けに功績を上げたため、一気にDランクとなったのだ。
三人のライセンスが書き換えられ、名前の横のアルファベッドが更新される。
「ふえぇ~ん! ジェシカさぁん! ミュンさぁん!」
「あははっ、泣くことないやん、リーダー」
「まったく、大袈裟だな」
涙を流し喜ぶマーレットと、そんな彼女の頭を撫でるミュンとジェシカ。
こんな日が来ることが、彼女達の悲願だったのだろう。
その願いを叶えるための一役は担えたのかもしれないと、クロスは内心で充足感を覚える。
「あれ? クロスさんは?」
そこで、クロスの名前が呼ばれていないことに、マーレットが気付く。
「クロスさんも、当然Dランクですよね?」
「当たり前だ。我々の活躍は、クロス様の存在なくしてはなしえなかった。その話はギルド側にも通してある。なんなら、それ以上の昇格だってあり得るだろう」
「えーっと……その件なのですが……」
そこで、受付嬢が言い辛そうに報告した。
「クロス様のみ、昇格はFランク止まり、となります……」
「「「…………ええッッ!!!!?」」」
三人の口から驚愕の声が発せられた。
「な、何かの間違いじゃないですか!?」
「冗談はやめてや、おもんないで?」
「まさか本気で言ってるのではないだろうな」
受付嬢に食って掛かる三人。
全員、顔がマジである。
その圧に、受付嬢もたじろぐ。
「も、申し訳ございません。私も何故なのかわからなくて……報告によると、クロス氏のランクの昇格に関してはいくつか検討したい要素があり、今は様子見もこめてFランクが限界だと……」
「そんな、どうして……」
マーレットも、ジェシカも、ミュンも、呆然としている。
自分のこと以上に、クロスの理不尽な処遇に関してショックを受けているようだ。
「あ、あの……これはあくまでも憶測なのですが……」
そこで、あまりにも居たたまれない空気に、受付嬢が声を顰めて言った。
「おそらく……クロス様の人物像調査のため、神聖教会を訪ねたことが原因なのではないか……と」
冒険者ギルドは、今回の大功績に伴う規格外の昇格判定のため、クロスの身元調査を行いに前職場の神聖教会を訪れていたのだ。
きっとそこで、神聖教会がクロスをクビにした体面を保つため、クロスが素行に問題大有りの大危険人物であると報告したに違いない。
もしくは、神聖教会の息の掛かった冒険者ギルドの上役が、教会側に忖度をしたのでは――と、受付嬢は言った。
『あー、もう! しょうもないですね、まったく! きっとあのベルトル司祭の仕業ですよ! 前々からクロスがシスター達に人気だからって妬んでましたからね、あ奴! これだからモテない男が権力を持つと碌な事にならない!』
「め、女神様、もうちょっと言葉を選びましょう……」
憤慨して頭の上から湯気を出しているエレオノールを、クロスはなんとか宥める。
残念だが、駄目なものは仕方が無い。
何はともあれ、三人はDランクになれたのだ。
パーティーとして、更に請け負える任務の幅も広がったので、申し分は無い。
「も、申し訳ありません……」
「大丈夫です。僕は気にしていませんから」
涙目で頭を下げる受付嬢に、クロスは優しく微笑む。
「クロスさん……」
「クロやん……」
「………」
マーレット達も、何とも言えない気持ちでクロスを見詰める。
「それよりも、この《魔石》で結界の《魔道具》を製造する件については、丁重にお願いします」
「は、はい……! それだけは冒険者ギルドの……いえ、私の責任において確実に!」
自分の事よりも他人を優先するクロス。
そんなクロスの姿を見て、マーレット達三人は含みのある表情を浮かべる。
そして顔を見合わせると――。
「クロスさん」
「クロやん」
「クロス様」
「は、はい」
三人は、クロスを引っ張ってギルドを出て行った。
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銀行に報酬の一部を預け、次に向かった先は、服飾屋だった。
彼女達の目的は、クロスに新しい服を買うことだった。
「クロスさんに、いつまでも神聖教会の神父服を着させているわけにはいきません!」
マーレットが宣言し、ミュンとジェシカもうんうんと頷く。
どうやら、今回の一件で、彼女達もクロスに、完全に神聖教会から縁を切らせたくなったようだ。
「その為に心機一転、新しい服に着替えましょう! お金は私達が出しますので、クロスさんは気にしないでください!」
「は、はぁ……」
しかし、縁を切るという話はともかく、これから様々な任務を請け負うとなれば冒険者らしい格好になるのも必要な事である。
流石に、いつまでも神父服のままではいられない。
クロスは承諾する。
ということで、三人はそれぞれ服を見繕いながら、クロスをコーディネイトしていく。
「この黒いコートなどどうだ? クロス様にきっとお似合いだ」
「なんや、闇の魔道士みたいやん。だったら、こっちの格闘家服の方が動きやすいし機能的やで?」
「それは、ミュンさんがクロスさんとペアルックになりたいだけじゃないですか!」
「なに! ずるいぞ! それなら私だってクロス様にシルバーアクセサリーや眼帯を付けて欲しい!」
「ジェシカ、なんか趣味がオタクっぽいねん! 別にええやんけ、絶対にクロやんに似合うし!」
そんな感じで、わちゃわちゃと盛り上がる三人を見て、クロスもなんやかんやで楽しい気分になる。
少しだけ……それでも少し曇っていた心の霧が、彼女達を見ていると晴れた気がした。
ちなみに、最終的に選ばれたクロスの新しい衣装は、神父服に似た細見の黒コートとマントだった。
遠目に見ると神父服に見えるが、素材も柔軟性が高く動きやすい。
《神聖職》の冒険者として、中々“らしい”格好になった――と思う。
三人とも納得のコーディネイトだった。
『個人的にはもう少しクロスのコスプレショーを見たかったのですが、まぁ、いいでしょう』
エレオノールも納得してくれた。
というわけで、何はともあれ。
クロスは神父服を脱ぎ去り、冒険者へと生まれ変わったのだった。
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