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□■プロローグ 教会追放■□


「クロス神父、君には、本日限りで我ら神聖教会からの除名を宣告します。追放です」


 左右に立ち並ぶ、神聖教会の関係者達。


 彼等に挟まれるようにして立っていたクロスは、一瞬耳を疑った。


 真正面に向かい合う、この神聖教会支部のトップ――ベルトル司祭の発言に対してだ。


「念の為言っておきますが、これは私の独断ではありません。総本山の決定ですので、悪しからず」

「そんな、何故ですか……」


 平静を取り戻したクロスは、少しの困惑が混ざった声で問い掛け、一歩前に出る。


 それに反応し、左右に居並ぶ者達の内、数名が臨戦態勢に入った。


 屈強な体格の彼等は、神聖教会が雇っている衛兵だ。


「………」


 黒く、裾の長いコートのような服装は、神聖教会の神父服。


 長身で引き締まった体格。


 清潔感のある切り揃えられた黒い髪に、黒い目。


 精悍な顔立ちの青年である。


 彼――クロスは、荒事の気配を察知し動きを止める。


 無闇に争う気は無い。


「……ふんっ」


 ベルトル司祭は、そこで右側――すぐ横の人物に目配せをする。


 その人物――神聖教会総本山からの使者は、手にした書簡を広げ、機械的に喋り出した。


「クロス神父、あなたの就労態度を調査させていただきました。『性格は温厚』『いたって真面目で品行方正』『困窮する人々の声に耳を傾けている』『問題の改善のためであれば、教会上層部の方達への進言も厭わない』『神父としての職務に誠実に向き合い、女神様への祈りも毎日欠かしていない』……同僚の神父、シスター達からの評価は、すこぶる良好です」

「……驚きましたよ、クロス神父」


 総本山からの使者が言葉を句切ると、ベルトル司祭が待ち構えていたように声を発した。


「これらの人望に満ちた評判の数々が、我々の目を欺くための仮の姿だったとは」

「どういう……」

「クロス神父」


 クロスの声を遮り、使者が言う。


「念入りな調査の結果、あなたが《邪神街》の出身であるということが判明しました」

「……!」

「更に調査を進めた結果、あなたが《魔族》の血の混ざった人間……つまり、《邪神の血》の系譜から連なる、汚れた存在であるということも」

「ふふっ、なるほど、なるほど」


 その発言を聞き、ベルトル司祭が苦笑を漏らした。


「ならば、君が人間以外の他種族に対しても、やけに友好的思想を持っていた事にも説明がつく」

「………」

「しかし、君が《邪神の血》の流れる者とわかった以上、神聖なる女神エレオノールを信仰する我ら神聖教会への在籍を許すわけにはいかない。聖域を汚す存在。重大なる女神様への冒涜です」

「………」

「何か、弁明はありますか?」


 弁明は、できない。


《邪神街》の出身であるということを黙っていたのも、それを隠し通そうとしていたのも、事実だ。


 神聖教会において、《邪神》の血を継ぐといわれる《魔族》は存在そのものが禁忌とされ、《邪神街》はそんな《邪神》の系譜を継ぐ『汚れたる者』達が生息する呪われた土地と評されている。


 クロスは、《魔族》と人間のハーフである。


 子供の頃から、人よりも強い魔力を持っている自覚はあった。


 その力を使い、誰かの役に立ちたくて、この国で最大の規模を展開しつつある宗教――慈愛の女神を信仰する神聖教会の門戸を叩いた。


 長年の修行を経て、今では神父の立場となり、聖職に従事していた。


 幼心にも、自分が《魔族》と人間のハーフとバレれば、良くない処遇が下される可能性があるということはわかっていた。


 しかし、ここにいれば聖なる《魔法》の修練、女神様への祈り……何より、困っている人々の助けになる活動を、同じ志を持つ者達と協力し積極的に行える。


 だから、習得した《魔法》を使う際にはできるだけ力を抑えて、今日まで目立たぬように努めて生きてきた。


 それでも、力がどうしても必要な場面に出くわした際には、その力を一時的に解放した事もあった。


 それらが、疑いの元となってしまったのだろう。


「《邪神街》の出身であることを隠し、長年この神聖教会に潜んでいた目的は何ですか? 成長した暁には、《邪神街》の犯罪組織のスパイとして働くためか……それともこの教会内で信頼と地位を得て、権力の一部を乗っ取る気でいたのか」

「誤解です。僕はスパイでもないですし、そんな思惑も抱いていません」


 クロスは本心から言う。


「僕はただ……出生なんて関係無く、自分にできる事で人の役に立ちたい、人の助けになりたかった、それだけです」

「信じられませんね」


 しかし、ベルトル司祭は酷薄に返答する。


「《邪神街》の出身者に……《邪神の血》が流れる《魔族》もどきに、そんな良心的な心が通っているなどとは思えない。何か、裏があるはずだ」

「そんな……――あ、ちょ、女神様! 抑えて! 抑えてください!」

「……?」


 急に背後を振り返り騒ぎ出したクロスに、ベルトル司祭を初め、その場にいる者達が怪訝な顔になる。


「あ、いえ、こちらの話です」


 クロスは、あはは……と困ったように笑って、体の向きを戻した。


 この状況でもどこか余裕のある彼に、ベルトル司祭は苛ついた表情を浮かべる。


 一方、クロスは再び真剣な表情になる。


「どうしても、判定は覆りませんか?」


 ベルトル司祭は、ふぅ……と嘆息を漏らし「不可能です」と冷酷な声で言った。


「しかし、我々も寛大です。たとえ君が最低の背信者だったとしても、これ以上無駄な抵抗や申し開きをせず、大人しくここを出て行くというのであれば手荒なマネはしません」

「………」


 左右に控えた衛兵達が、クロスを睨む。


 手荒な真似はしない……と言っている割には、準備が万端だ。


「あなたのような『汚れたる者』を守ろうと、助命の嘆願をする者達もいるようです。彼等への厳しい処遇も検討せねばいけませんね」

「!」


 おそらく、クロスと親交の厚かったシスターや同僚の神父達の中に、今回のクロスの追放に異議を唱えてくれている者達がいるのだ。


「ただ、あなたが素直に自身の悪意……『《邪神街》出身でありながらそれを隠していたのには、やましい理由があったからだ』と認めて立ち去るのであれば、彼等の意思も変わるとは思いますが」

「………」


 彼等を巻き込みたくないなら、自分が『汚れたる者』だと認め、汚名を被って素直に出て行け。


 ベルトル司祭は、そう言っているのだ。


「……わかりました」


 クロスは、ぎゅっと唇を噛み締め、そう言った。


 ふっ、と、司祭達は嘲笑うような笑みを零した。


「話は以上です。神父……いいえ、元・神父、クロスよ。我等が女神様の御側より、早急に消え去りなさい。この『汚れたる者』め」




 +++++++++++++




「はぁ……」


 教会を後にし、クロスは落ち込みながら平原を歩いている。


 出て行けと言われたその足で、そのまま出て来てしまった。


 手荷物は、教会の自室にあった数えるほどの私物を、鞄に詰め込み持ってきただけ。


 お世話になった人達に挨拶くらいはしたかったが、そんな時間も許してはもらえなかった。


 今更戻っても、中には入れてもらえないだろうし、諦めるしかない。


『落ち込む必要などありません、クロス!』


 そんなクロスの背後から、声が聞こえた。


 振り返ると、そこに美しい女性の姿があった。


 しかも、彼女は空中に浮いている。


 金刺繍の入った薄い布を体に巻き付けたような、神秘的なドレスを纏う美麗な肢体。


 金色の長い髪がふわりと揺れ、頭部には月桂冠が巻かれている。


 彫像のように整った顔立ち、体から放たれる神々しいオーラ。


 正に、女神と呼ぶに相応しい様相だった。


 そんな彼女が――。


『上ッ等ッです! 今までのクロスの働きも考慮せず下らない差別意識で追放を言い渡すなど! こんな教会こちらから出ていってやりましょう! ね、クロス!』


 ふぎー! と、興奮した猫みたいな声を上げて、拳を振り回している。


 おかげで、神秘的な雰囲気も神々しいオーラも台無しである。


「落ち着いてください、女神様」


 クロスは、そんな彼女を困り顔で窘めながら、微笑を零す。


 彼女は、女神エレオノール。


 何を隠そう、神聖教会の崇拝する女神様である。


 実は、クロスは以前より彼女の存在を視認し、交信ができていたのだ。


 クロスが、人よりも多少強い魔力を持っている影響だろうか。


 それとも、いつ何時も女神様への敬愛と祈りを欠かさなかったためか。


 神聖な存在である彼女が見え、普通に話もできるのだ。


 ただ、神聖教会の他の者達……先程も、司祭達には彼女の姿が見えていなかったようだが。


「それに、とりあえず当面の資金はもらえましたし」


 クロスは、出立の際に『せめてもの退職金です』と言って渡された、硬貨の入った皮袋を取り出す。


『こんな端金、完全に手切れ金じゃないですか! クロスの優しい性格的にも、ここでいくらかばかりの温情を掛けておけば、神聖教会に関して悪い噂を言いふらしたりしないだろうっていう、完全な口止め料ですよ!』


 ふんふんと、憤慨するエレオノール。


 この女神様、人間の汚さをよく熟知している。


『まったく、我が宗教ながら恥ずかしい……もっと怒っていいのですよ、クロス』


 眉尻を落とすエレオノールに、クロスは「ありがとうございます」と、微笑みを返す。


「でも、女神様の姿を見ていたら嘆く気力も失せてしまいました。女神様がいてくれると、心強いですね」

『ふふんっ、当然です。人の心を癒やすのも、女神の務めですからね』

「……というか今更ですけど、女神様、僕について来てしまってよかったんですか?」

『いいんです。どうせ私の姿が見えない信者達に囲まれていたって、しょうがないですしね』


 そう言って胸を張るエレオノールを、クロスは苦笑しながら見詰めていた。


 女神と称するには無茶苦茶な彼女を見ていたら、なんだか元気が湧いてきた。


 そうだ、今はただ前を向こう。


 教会を追い出され、居場所を失い、行き先も無い。


 それでも自分には培った《魔法》と、女神様がついてくれているのだ。


 下を向く理由がない。


 何もかもが自由で、何をしたっていい。


 クロスは立ち止まり、腰に手を当て、空を見上げる。


 晴れ渡った青空が、自身の前途を表してくれているなら――嬉しい。


「さて、これからどうしようか……」




 +++++++++++++




 ――これは、理不尽な理由で教会を追い出された神父が、その規格外の魔力と《光魔法》を駆使して人助けを続けた結果、人々から“信仰”される《邪神》となってしまう――そんな物語。




 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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[気になる点] 「我が『宗教』ながら恥ずかしい」だと女神様の存在と教えが恥ずかしいことになるので、 「我が『教会』ながら恥ずかしい」の方が、女神様の地上代理人組織である教会が恥ずかしい、となるので状況…
[一言] よし 某ホームセンター店員を見習って、神魔人入り乱れたハーレム作ろう(そうしよう)
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