4話 ギルドの日常
俺が冒険者の登録を済ませてから一週間が過ぎていた。しかし、夢に見ていた異世界での冒険を満喫という感じではない。むしろ冒険者の厳しい現実を目の当たりにしていた。俺のような初心者が一人で受けられるクエストというのはかなり限られている。魔物の討伐クエストのような少し難易度の高いクエストの依頼を受けるには、パーティを組む必要があるのだ。
ギルドにある掲示板に仲間募集の張り紙を出したりしたが、応募は来ない。LV1で「陽動」持ちの盗賊とパーティを組んでくれる者など誰もいなかったのだ。
盗賊の主な仕事は見方が魔物を引き付けている間に宝箱を回収したり、隙をついて裏に回って攻撃したりすることだ。耐久力が高くないため俺のように敵の攻撃を引き付けることはあってはならないのだ。これが占い師の言っていた「最悪」ということなのだろう。
俺にはもう一つ「飛燕」というスキルがある。しかし、これに至っては効果が分からず、いろんな人に聞いてみたりしたが、聞いたこと有る者さえいなかった。効果の分からない以上生かし方も分からないというのが現状だ。
俺は仕方なく「山菜採り」や「キノコ探し」といった一人でできるクエストを受けて日銭を稼いでいた。
今日もそんなしょうもないクエストを受けようと思ってギルドに来た。まだ朝の七時だというのに、すでにカウンターの前に長蛇の列ができている。クエストの受注は早い者勝ちだ。七時にギルドが開くと、良いクエストを受けるため我先にと多くの人が集まる。俺も列の最後尾へと並んだ。
俺の前には、魔法使いらしき格好をした少女が並んでいた。前髪で両目が隠れており、やたらと周囲を気にしており、落ち着かない様子だ。俺の順番が回ってくるまでは、まだしばらく時間がありそうなので、暇つぶしがてら話しかけてみることにした。
「そこの君、ちょっといいかな?」
「私……ですか?」
少女は少し驚いた様子だ。俺は構わず話を続ける。
「ああ、俺はレオンハルト。君は?」
「ソフィア……。ソフィア・ベレーノ。」
ソフィアはここアドラントよりもずっと北の土地から来たのだという。この町にきてからまだ一か月も経っていないそうだ。俺たちはおたがい新米冒険者だというのもあって、すぐに意気投合した。
「私、この町に来てから友達がいなくて……。だから、レオンさんと出会えて良かったです。」
「ああ、俺もそんな感じだ。ところで俺は今パーティメンバーを募集しているんだが、ソフィア、良かったら一緒にクエストを受けないか?」
「すみません。実は私もうパーティを組んでて……。リーダーに聞いてみないと分からないです……。」
もうすでにパーティを組んでいたなら仕方ない。まあ、友達ができただけ良しとしよう。
「いや、それならいんだ。気にしないでくれ。」
それから五分くらいで、ようやくソフィアの番が来た。魔物討伐のクエストを受けたようだ。うらやましい。俺は今日もどうせキノコ狩りだ。自分の番になったので、受付嬢の前へと進み、ギルドカードを見せる。その時だった。
「ちょっと待ちな。お嬢ちゃん。」
俺の後ろに並んでいたリザードマンがソフィアに突っかかった。
「な、なんですか?」
ソフィアは困惑している。
「その依頼はこの俺、ラガル様が受けようとしてたんだ。おとなしくそいつをよこしやがれ!」
そう言ってラガルと名乗るその男は、ソフィアが手に持っているクエスト受注書を奪い取ろうとした。そういえばアーノルドが言っていた。クエストを受注した後でも、横取りしようとする輩がいるから油断してはいけない、と。
それにしても、大勢人がいるというのに誰も止めようとしない。受付嬢は慌てた様子でどこかへと行ってしまった。ここではこれが普通なのだろうか。
俺もどうするべきか分からず、その場でじっとしていると、ラガルは俺に話しかけてきた。
「何見てんだテメェ。」
こんなやつと関わるのはごめんだが、こうなってしまった以上は仕方ない。俺は勇気を振り絞って、言い返した。
「おい、辞めろよ。嫌がってるだろ。」
ラガルとソフィアの間に割って入る。
「何だよテメェ。邪魔すんのか!?」
ラガルの仲間だろうか。鼠のような見た目の背の小さい男が騒ぎ立てる。
「小僧。いい度胸だな。」
ラガルが俺の方を睨んできた。俺は間に入ったことを少し後悔した。ラガルは身長2メートルはあるだろう大男で、体中に傷があり、いかにも歴戦の猛者といった感じだ。だが、ここまで来ては、もう引き下がれない。
「その依頼はソフィアが受けたものだ。ルールは守れよ。」
そう言うと、ラガルの一行は、一瞬キョトンとしたあと、腹を抱えて大笑いしだした。
「アヒャヒャヒャ。ルールだってよ。」
鼠っぽい男が言った。
「確かに、ルールは守らなきゃだな。」
ラガルはそう言うと、俺の首に手を伸ばしてきた。俺はその手を払おうとしたが、びくともせず、そのまま首を絞められ空中へと持ち上げられる。
「うっ!」
息ができない。
「おい、こいつLV1だぜ。しかも盗賊の癖に陽動なんてもってやがる!ぶひゃひゃひゃ。可哀そうによ!」
鼠っぽい男は机の上に置いてあった俺のギルドカードを見ながらそう言った。
「なるほど、新入りだったのか。じゃあ教えてやる。ここでは俺がルールだ。」
ラガルは占める力を強めてきた。その力はとても強く、俺一人では引きはがせそうになかった。ソフィアは地面にうずくまりごめんなさい、と言いながら震えている。
もう駄目か、と思ったその時、冒険者ギルドの扉がバンッと大きな音を立てて開いた。そして、鎧を着た男とその仲間と思われる三人の女性がギルドに入ってくる。
「その人を今すぐはなせ。」
鎧を着た男がこちらに向かって歩いて来ながら言った。
「今度は何だぁ?」
ラガルは俺の首から手を離し、男の方を向いた。俺は地面へと叩けられ、ゴホゴホとせき込んだ。
「その人はラガル様だぞ。分かっているのか貴様!」
ラガルの仲間が言った。しかし、男はそれには目もくれず、まっすぐラガルの方へとやってくる。ラガルは背負っていた槍へと手を伸ばし、構えた。先が三又に分かれた大きな槍だ。あんなので突かれたら、ひとたまりもないだろう。だが、それでも男は臆することなく近づいてくる。
「ほう、やるのか貴様。」
ラガルはそう言うと、セイッという掛け声とともに槍を男に向かって突き刺そうとした。誰もが、終わったと思った。しかし、男の姿はすでにそこにはなかった。気づいた時にはラガルの背後をとり、その首筋に剣を当てていた。その力の差は圧倒的だった。
俺が手も足も出なかったラガルをこうも簡単に。悔しかった。そしてこの男が何者なのか気になった。
「お前のようなやつは冒険者をするべきじゃない。今すぐここを去り、二度とこの町に近づかないと約束するなら命は助けてやる。」
もはやラガルにさっきまでの威勢はなかった。決着は誰の目から見ても明らかだ。
「わ、わかった。頼む。命だけは。」
ラガルは震える声でそう言いながら、槍を地面へと落とした。男はそれを見て、剣を納めた。
解放されたラガルは仲間を連れて蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。一時はどうなることかと思ったが、どうやらこれで一見落着のようだ。
「君、大丈夫か?」
男はそう言いながら、俺に手を伸ばしてくれた。俺はその手を取って立ち上がって言った。
「ええ、おかげで助かりました。俺はレオンハルトって言います。あなたは?」
「私はレイヴン・フォルティス。」
その瞬間、ギルド全体がざわついた。
「レイヴンって、もしかしてあの!?」
「あいつが勇者レイヴン!?なんでこんなところに?」
多くの人が彼のことを知っているようだ。
俺は「勇者」という言葉が気になった。RPGの主人公であり、物語において世界を救う存在であり、俺が憧れていたものだ。それが、すでにこの世界に存在していたとは……。
「それでは私はやらなければならないことがあるので失礼するよ。」
レイヴンと名乗ったその男は、三人の仲間たちが待つギルドの出入り口に向かって歩き出した。
勇者に会える機会などそうないだろう。そう思ったときには俺の口は動き出していた。
「俺もあなたみたいになりたいです!どうしたら勇者になれますか!」
周囲から笑いが起きた。俺は恥ずかしくなって発言したことを後悔した。
「さっきまでへばってたくせに、何言ってんだ。」
どこからかヤジが飛んでくる中、レイヴンは振り返って答えた。
「もっと強くなることだ。そして、勇敢で居続けることだ。」
気づけば、ギルドは静まり返っていた。俺を茶化す者はもう誰もいなかった。俺はレイヴンに認められたような気がした。強くなりさえすれば、俺も彼のようになれるのだ。
だが、心の奥底では分かっていた。俺は勇敢だったわけじゃない。ラガルに立ち向かったのも成り行きでそうなっただけだ。強いだけでは駄目なのだ。