3話 頼れる先輩
「しかし、レオンよ。大通りでああいう風に突っ立ってちゃ危ないぜ。あそこはスリも多いからな。まあ、おめえは盗まれるようなもん持ってねえか!ハッハッハ!」
アーノルドはご機嫌だ。何でも俺にシンパシーを感じているらしい。
「俺も田舎から出てきて、初めてこの町に来た時にはビビったな。なんてたって人が多いし、いろんな奴がいるからよ。リザードマンを初めて見たときなんか腰を抜かしたぜ。トカゲが二足歩行で歩いてるんだからよ!ガッハッハッハ!」
イノシシ顔の癖にリザードマンに驚くのか。思わず突っ込みそうになったがこらえた。
加えて、どうやらアーノルドは俺を田舎者だと勘違いしているようだ。本当はここよりもさらに都会な所から来たんだが……。馬鹿正直に異世界から来たというわけにもいかないので、とりあえず話を合わせていた。
「この町に来たばかりで、右も左も分からないんです。だからアーノルドさん、良ければこの町や冒険者について教えてくれませんか?」
「ああ、いいぜ」
アーノルドはそこそこ腕の立つ冒険者らしく、いろんなことに詳しかった。
ここはカルディオス王国のアドラントという町で、冒険者が多くいるのが特徴らしい。町の中央には冒険者ギルドがあり、カルディオス王国の中でも有数の規模を誇る巨大ギルドだそうだ。ギルドでクエストを受けるには、まず冒険者として登録する必要がある。とにかくあとでギルドに行ってみようと思う。
「ありがとうございます、アーノルドさん。飯までおごってもらったのに……。」
「いいってことよ。俺もこの町に来たばっかの頃は先輩に色々教えてもらったからな。俺のことは兄貴だと思って頼ってくれ。敬語もいらねぇ。」
「そうか。助かるよ、アーノルド。」
「よし!飯食ったら次は服だ。そんな変な恰好じゃ田舎者丸出しだからな。俺が奢ってやるよ。」
今の俺の格好はヨレヨレのTシャツに短パンだ。田舎者かどうかはさておき、この町でかなり浮いているのは間違いない。すぐにでも買い替えたい所だ。
飯を食い終わった俺達は店を出て、服屋へ向かった。街を歩いていると、様々な奴とすれちがう。そのうち半分くらいは全身を毛か鱗に覆われた獣人だ。
ふと俺の中に一つの疑問がわいた。まさか俺も彼らと同じような獣人になっているのではないだろうか。この世界に来てからまだ鏡を見ていない。自分の手足を確認してみるが、なんてことはない普通の人間の手足だ。だが、顔はどうだろうか。一度気になりだすと、そわそわして仕方なかった。そうこうしているうちに服屋についた。
服屋の中には鏡があった。恐る恐る覗き込んでみる。良く見慣れた覇気の無い顔が映っていた。目の下には隈、二十歳の割には童顔ないつもの自分の顔だった。ひとまず安心だ。
「なに自分の顔見てニヤニヤしてんだ?」
「いや、なんでもないよ。」
顔に出てしまっていたようだ。
よくライトノベルなんかで異世界に来る話がある。その際に新しく生まれ変わる「転生」と同じ姿のままでやってくる「転移」がある。これまでの状況からして、俺の場合は「転移」してきたのだ。
普通転移するときになんらかの説明があってもよさそうだが、何も分からない以上は自分で知っていくしかないだろう。
俺は店員に適当な服を見積もらってもらい、アーノルドが会計を済ませて店を出た。
「何から何までありがとう。アーノルド。」
「へへっ。気にすんなよ。」
飯も服も奢ってもらってしまった。未だ手探り状態の中、こうやって助けてくれる人がいるのは非常に助かる。
「次はいよいよ冒険者ギルドだな!」
俺達は街の中央にある冒険者ギルドへと向かった。ギルドは一際大きな建物で、中はたくさんの冒険者で賑わっていた。
「おお、アーノルドようやく来たか。っと、そちらの青年は?」
ギルドに入ると、鎧を着た長身の女性に話しかけられた。
「こいつはレオンだ。この町に来たばっかで何も分からないってんで、色々案内してたとこだ。」
「そうか。はじめまして、レオン。私はアリシア。アーノルドとパーティを組んでいるものだ。」
「どうも、はじめまして。」
「さて、アーノルド。依頼はもう受けてあるぞ。さっさと出発しよう。」
「おお、アリシア。助かるぜ。そういうわけでレオン、悪いが手伝えるのはここまでだ。」
「いや、十分だよ。ありがとう。アーノルド。」
「おう、がんばれよ。」
俺はアーノルドたちと別れた。ここからは一人で進めなければならない。そう思うと、突然緊張してきた。と同時にワクワクしてくる。いよいよ俺の冒険者人生が始まるのだ。
俺はギルドの奥へと進み、カウンターの受付嬢へと話しかけた。
「冒険者になりたいです。」
受付嬢が答える。
「初めての方ですか?でしたら、職業適性検査及びギルドカードの発行を行います。こちらへどうぞ。」
受付嬢は俺をギルドのさらに奥に在る怪しげな雰囲気の部屋に案内した。部屋の中にはとんがり帽子をかぶり、水晶を持った老婆がいた。この老婆は占い師で、俺のことを占ってくれるらしい。受付嬢が言っていた「適性検査」とはこの占いのことをさすようだ。
冒険者の職業というのは、自分の好きなものを選べるわけではなく、この「適性検査」によって決まるのだと受付嬢は説明した。
「水晶の上に手をおくのじゃ。」
俺は言われるがまま老婆が持っていた水晶の上に手を置いた。すると、手から力を吸い取られるような感覚が生じる。
「むむっ。これは……まさか!?」
老婆は驚いた様子だ。そして突然部屋全体をピカッとまぶしい光が覆いつくした。しかし、光は一瞬で何事もなかったかのように消えた。
何か変わった様子はないが、しいて言うなら目の前の老婆が憔悴しきっていた。老婆は震える手で免許証サイズほどの札を差し出しながら言った。
「ハァハァ……。これが……お主の……ギルドカードじゃ。」
俺はそれを受け取って確認する。表面には名前、職業、レベル、ステータス、裏面には習得魔法およびスキルが書かれていた。
レオンハルト
職業:盗賊
Lv:1
HP :24
攻撃力:9
防御力:6
素早さ:12
魔力 :3
習得魔法:なし
所持スキル:陽動、飛燕
これだけでは、すごいのかよく分からない。俺はギルドカードを受付嬢にも見せて聞いてみた。
「これは強いんですか?」
受付嬢は遠慮がちに答える。
「率直に申し上げますと、普通ですね。強いて言うなら素早さが少し高いですが。占い師さんはいつも大げさなんですよ。」
なんだよ、期待させやがって。大げさな演出に大げさなリアクションをとるから、てっきりすごいものだと勘違いしたじゃないか。そもそも「異世界転生」ってはじめから圧倒的な強さがあるのが普通なんじゃないのか?
俺が部屋を立ち去ろうとすると、後ろから老婆の声がした。「普通なんてことはないぞ。長くこの仕事をしているが、『陽動』をもった盗賊は初めて見た。」
足を止めて老婆の方を振り返る。だが、俺が聞こうとする前に受付嬢が口を開いた。
「それは失礼いたしました。『陽動』ってそんなにすごいスキルなんですか?」
老婆が答える。
「陽動は敵の攻撃を引き付けるスキルじゃ。ナイトや重戦士なんかが良く持っている、なかなか便利なスキルではある。だが、盗賊となれば話は別。」
ここまで言うと、老婆は一度言葉を区切った。嫌な予感がする。俺はごくんと唾を飲み込んだ。受付嬢の方も真剣な様子で老婆を見つめている。
「むしろ最悪じゃな。」
老婆はニヤッと不気味な笑みを浮かべて、結論を述べた。