2話 レオンハルト誕生
「危ねえぞ!」
後ろからやってきた男とぶつかりそうになった。ここはどうやら多くの人が行き来する大通りらしい。そんなところで突っ立っていれば、人とぶつかりそうになるのも当然だ。だが、勘弁してほしい。今自分の置かれている状況に対して、全く思考が追い付いていないのだから。とはいえ、このまま止まっているわけにもいかないので、俺は人の流れにそって歩き出した。
街の景色。すれ違う人々。そのすべてが俺が夢に見た異世界そのものだった。とくに行く当てがあるわけでもなく、歩き続ける。それだけで満足したような気分になれる。こんなにワクワクするのは久しぶりだった。きっと神様が俺にやり直すチャンスを与えてくれたのだと思った。そして、このチャンスを生かせるようにこれからは一生懸命に生きていこうと決意した。
しかし20分近く歩いていると、さすがに町の景色を眺めるのにも飽きてきてきた。それに腹も減っている。さっきコンビニで買った飯も、異世界に来た時にはどこかへ消えてしまっていた。店に入ろうにも、俺は金をもっていない。異世界に来ていきなり危機に直面してしまった。
このピンチを脱する方法は一つ、「誰かに助けてもらう」これしかない。
さっきの大通りと違って、今いる場所はそこまで人通りが多いわけではなかった。かといって全く人がいないわけでもない。むしろ誰かに話しかけて立ち話するには、好都合な具合だ。だが、俺はなかなか踏ん切りがつかないでいた。言語は通じるのか、通じたとして助けてもらえるだろうか、何て話しかければ良いのだろうか。そもそも長年ひきこもりだった俺にとって、知らない人に話しかけるというのはなかなかハードルが高かった。だが、こうして足踏みしていては何もはじまらない。俺は変わると決めたんだ!
そうして一番近くにいた男に話しかけた。
「あのー、すいません。ちょっといいですか?」
そして、後悔した。その男は、大柄で筋肉質、体中に茶色い毛が生えており、口からは鋭い牙が二本突き出し、顔はイノシシそのものだった。加えて、そいつはさっき俺が大通りでぶつかりそうになった奴だった。もっとやさしそうな奴に話しかければよかった、と後悔したがもう遅い。
「あぁん?てめぇはさっきの・・・」
どうやら言語は通じるらしいが、俺はその眼光の鋭さに今すぐ逃げ出したくなっていた。ダメだったら、次に行こう。なかば諦めかけていた俺だったが、次に来たのは意外な言葉だった。
「さっきは悪かったな。急いでたもんでよ。お前見るからに田舎から来たおのぼりさんだろ?俺がこの町を案内してやろうか?」
見かけによらず、とてもいい奴だった。というか見かけで判断した俺が馬鹿だった。これからは、人を見た目で決めつけるのはやめよう。というか今までの価値観はすべて捨てよう。ここは異世界なのだから。
男はアーノルドと名乗った。俺が腹が減っていることを伝えると、アーノルドは飯屋に連れて行って、飯をおごってくれた。
「名前は何て言うんだ?」
飯を食いながら、アーノルドが聞いてきた。俺の本名は瀬尾勇人だ。しかし、この中世ヨーロッパ風の世界でゴリゴリの和風ネームはまずいだろう。セオハヤトをすこしいじってレオンハルト。少し無理があるが、まあ悪くない。
「レオンハルトです。」
こうして俺は、レオンハルトとして新しい人生を歩み始めることとなった。