1話 異世界転移
俺の名前は瀬尾勇人。20歳のニートだ。両親は既に亡くなっている。彼女はもちろん友人も居ない。これといって生きがいがあるわけでもなく、ただ退屈な毎日を過ごしている。両親は俺がしばらく暮らしていけるだけの財産を残してくれたが、こんな生活を続けていたらいつかは金も尽きるだろう。そうなったら死のうと思っている。
とある夏の日、俺は耳障りな蝉の鳴き声で目を覚ました。スマホへと手を伸ばし時間を確認する。すでに正午を過ぎていた。まともな人間なら学校か職場にいる時間帯だが、ニートの俺はそういった労働とは無縁だ。何かやらなければいけないことがあるわけでもなく、また眠くなるまでアニメを見たり、ゲームをして暇をつぶす。それが俺の日常だった。
ただその日は、少しだけワクワクしていた。なぜなら、新作のゲームが配信される日だったからだ。俺はベットから転がり落ちるように抜け出すと、そのままパソコンがあるところまで這って行き、電源を入れた。そのまま新作ゲームのダウンロード版の購入をすませ、十分ほどスマホをいじって待っていると、ダウンロードが完了した。早速ゲームを起動し、しばらく夢中でプレイした。
勇者である主人公が、冒険をして仲間を集め、レベルを上げて魔王やその手下たちと戦う。なんてことはない普通のRPG。こんなもんか、というのが正直な感想だった。この手のRPGというのは飽きるほどプレイしてきたし、とくに目新しい要素があるわけでもなかった。ただ他にやることがあるわけでもないので、とりあえずは無心でゲームを続けた。
3時間ほどぶっ通しで遊んでいるとさすがに目が疲れてきたので、キリの良いところでセーブして、ゲームを終了した。ベッドに寝っ転がり、少し休憩をする。暗い部屋で灰色の天井を眺めていると、急に現実世界に引き戻されたような感覚になる。それが嫌で現実逃避をした。俺がもしこのゲームの主人公のように強くて、特別な才能があったら?きっと多くの人から信頼され、自分を慕ってくれるヒロインなんかもいて幸せだろう。もしこの世界に、魔法やダンジョンがあって魔物や魔族がいたら?きっと毎日楽しくて、退屈することはないだろう。そんな妄想をするのは少し楽しくもあったが、同時に空しかった。現状の俺とは正反対なのだから。
朝から飲まず食わずでゲームをしていたので、さすがにのどが渇いたし、腹も減ってきた。なにか腹に入れようと思って、キッチンへと向かい冷蔵庫を開けた。ところが、冷蔵庫の中は空っぽだった。俺は大きくため息をついた。仕方ない、何か買いに行こう。
家を出てコンビニへと向かう。コンビニまでは歩いて5分だ。だが、そのたった5分の運動さえも今の俺には重労働に思えた。それに加えて今日は真夏日だ。太陽光が遠くのビルに反射してまるで太陽が二つあるみたいだった。地面のアスファルトもBBQができるんじゃないかと思うほど高温になっていた。道行く人々は皆、汗をかいている。引きこもりでなくてもこの暑さは厳しいらしい。
起きてから3時間も何も飲まずにいたのはさすがにまずかったようで、頭がだんだんぼーっとしてくのを感じた。なんとか力を振り絞り、コンビニまでたどり着いた。
「いらっしゃいませー!」
店員がやたらと大きな声であいさつをする。なんとなく居心地の悪さを感じた俺は、飲み物と簡単な食糧を買って、そそくさとコンビニを後にした。家へと向かって歩きながら、コンビニで買ったコーラを袋から取り出し一気に飲み干す。身体の底から力が湧いてくるような気がした。
しかし、そう思えたのも一瞬で、燃え盛るような夏の日差しが確実に俺を弱らせていった。視界がぼやけ、足元がふらつく。コンビニでもっと長居していればよかったと思った。コンビニの中はクーラーが効いていて涼しかったからだ。だが、そんな後悔をしても時すでに遅く、俺の視界は真っ暗になりそのまま気を失った。
しばらくして目を覚ますと、明らかに先ほどまでとは違う場所にいた。周りを見渡せばレンガ造りの建物が立ち並び、足元に目をやれば石畳の道があった。うんざりするような夏の暑さもすでにない。そして何より、道行く人々がさっきまでとは明らかに変わっていた。鎧を着ている者、大きな杖を持っている者、体中に傷がある者。中には尻尾が生えていたり、体表に鱗がついていたりと明らかに人間でないのもいる。
俺は直感的に理解した。異世界にやってきたのだと。
一話です。一章丸々プロローグみたいな感じです。