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カロンの日常  作者: やみあ るい
2/3

決闘

場所は代わり、ここはギルドに併設された訓練場。いつもは動きの確認や、武器の素振りなどをする冒険者たちが疎らにいるこの場所だが、今は大男と少年の二人を囲むようにして、冒険者たちや冒険者ギルドの職員たちが円を描いている。

そんな囲いの中から一人、冒険者ギルドの職員が歩み出てきた。

「私がこの決闘の見届け人を担当いたします」

どうやら、その辺りの常識はあるようだ。大男もそこに異論を唱えるつもりは無いらしい。

「まずはルールですが――」

「当然、何でもありだ」

「――それで、宜しいですか?」

見届け人のギルド職員が、少年にも訊ねてくる。

「うん。いいよー」

少年は軽い返事でそれに応えた。

「では次に、双方何を賭けますか?」

これは決闘において、一番重要な点だ。決闘では様々なものが賭けられる。お金であったり、武器防具であったり、アイテムであったり、尊厳であったり名誉であったり正しさであったり、或いは人の命だって。

「勿論命だ。それ以外にねえだろ」

大男は少年を軽く眺めて、端的にそう告げた。大男から見て、少年は何も持っているようには見えない。多少の金銭なら持っているだろうが、それでは大男の酒代程度にすらならないだろう。命を懸けるとすれば、もはやこの決闘に両者生存というつまらない結果はありえない。たとえ途中で敗北を宣言したとしても、その瞬間から勝者は自由に相手の命を奪えるようになるからだ。そしてこの大男が、その状況でこの少年の命を奪わない理由は無い。だからこその、命である。

「双方、自身の命を賭けるということで宜しいですね」

命には命を。大男の言葉を受けて、見届け人のギルド職員は少年にそう尋ねる。

だが、それに対して少年が否を唱えた。

「嫌だよ」

「アァ? てめえは黙って俺に命を差し出しゃ良いんだよ」

「こっちじゃなくてさ、そっちの話だよ。僕は君の汚らしい命なんていらない」

「あんだと、コラァ!」

叫ぶ大男の言葉を無視して、少年は続ける。

「君の全財産を頂戴よ」

「断る」

少年の言葉を、大男は即座に否定した。

「へえ、自信が無いの?」

「生意気を言いやがって。てめえの命如きじゃ、釣り合わねえって言ってんだよっ!」

大男の言うことは間違いではない。釣り合う、釣り合わないは、個人の価値観によるところが大きいけれど、命と命のやり取りならともかく、確かにCランク冒険者の全財産と、出自不明の少年の命一つだと、釣り合わないという意見の方が多いかもしれない。

この世界では。

「それだと、つまらないなあ。あ、そうだ。じゃあ僕はこれも賭けるよ」

そう言うと少年は、何処からかその手へ虹色に輝く丸い宝玉を取り出して見せた。

それはこの場所に不釣り合いなほどの存在感を放っている。素人が見ても明らかに、価値あるものだと言える一品だった。

「な、なんだそりゃ。何処から出しやがった!!」

叫ぶ大男を無視して、見届け人のギルド職員が慌てた様子で少年の下へ駆け寄っていく。

「み、見せて下さい。私が鑑定してみましょう」

鼻息荒く少年に近づいた見届け人のギルド職員は、少年から虹色の宝玉を渡されると、それをあらゆる方向から観察した。

「まさか……でも……いや……確かに……これはやはり……」

ぶつぶつと呟き続ける見届け人のギルド職員。

「おいっ、何だってんだっ」

怒気を孕んだ大男の叫びに、ようやく正気を取り戻した見届け人のギルド職員は、虹色の宝玉を大事そうに抱えて、大男と少年の間に戻る。

「私の鑑定が確かならば、これは虹貴石の光玉と呼ばれる宝玉です。売れば城一つは余裕で建つ程の代物であり、国宝にも幾つか登録されているとか」

「は、ははっ。へえ! そいつを賭けるってか。クックック、いいぜ。大負けに負けて、俺の全財産を賭けてやるよ。まあ結局、全部俺が頂くんだがな」

思わぬ儲けというように、大男はその顔に喜悦を浮かべた。自分の勝利を疑う気は無いようだ。いや、そもそもこの場にいる誰も、少年が勝つとは思っていない。

ここにいる者たちは皆、愚かな少年が馬鹿なことをしているとしか思っていないのだ。

ただ一人、当の本人を除いては。


「では、こちらは勝負が決するまで、私が預からせていただきます」

そう言うと見届け人のギルド職員は、虹貴石の光玉を大事そうに懐へ仕舞った。そして改めて、二人に向き合う。

「全財産と命、虹貴石の光玉と命。どちらの賭ける物は出揃いました。それではこれより、決闘を始めます。宜しいですね?」

「ああ」

「うん」

見届け人のギルド職員に訊ねられた二人は、短く返答をする。

「それでは――――始めっ!」

見届け人のギルド職員が叫んだ瞬間、大男は背負っていた大剣を抜き、少年に向かって走り出した。

一撃で決める。

最初は怒りのはけ口として、少年を嬲り者にする気だった大男だが、虹貴石の光玉を目にした時点で、そんな気は完全に無くしていた。その代わり一瞬で命を奪い、出来るだけ早く終わらせる。

既に大男の頭にあるのは、何処に虹貴石の光玉を売るかということだけ。大金が手に入る妄想が、大男を急かしていた。

だからと言って、その攻撃が鈍ることは一切ない。大男は自身の持てる最大の一撃を込め、少年へ向けて大剣を真横に振るう。

その大剣による一撃は、少年の胴体を上下に分断するはずだった。少なくとも、当の大男本人と、それを見るギャラリーたちにとっては。

だが、現実はそう思い通りにはいかないものである。

こと、この少年の前に限っては。


「よっと」

少年は真横にやってきた大剣を軽い掛け声とともにはね上げると、そのまま大男に肉薄して、その身体へ強かな一撃を打ち込んだ。

「ガッ、ハッ」

すると大男の身体は数メートル吹き飛んで、地面をゴロゴロと転がった。少年がはね上げた大剣は、どうやらその瞬間に大男の手から放されていたようで、クルクルと回転しながら落下してきて、訓練場の地面へ深々と突き刺さる。

「あちゃー、弱いなあ」

痛みにその場でのたうち回る大男を眺めつつ、少年が呟く。

その呟きが聞こえたのか、大男は痛みを噛みしめながら何とか立ち上がった。

「な、なんだってんだ。てめえ、は」

たった一撃で息も絶え絶え。その姿にはもう、先ほどまでの威圧感は欠片も無い。

「ただの一般人の子供だよ。まあ君はそれ以下のようだけど」

「がぁーーーーっ。あ、ありえねえーーーーっ!!」

大男は気合で痛みを抑え込むと、地面に突き刺さった大剣を掴んで再度、少年に向けて振り下ろす。その表情はまるで、獰猛な手負いの獣。振り下ろされた大剣は、先ほどよりもさらに速度を上げて少年へと向かう。

その一撃を少年は、あろうことか片手で止めた。

大男の腕力と大剣の重みによる速度は、誰が見ても必殺の一撃。さらに叩き切ることを目的とした大剣とはいえ、この大男が持つ大剣の刃はそれなりに鋭い。だというのに、それを受け止めた少年は、傷一つ負っていないのだ。


「はっ?」


周りで見ていた者たちは、その異常な光景に口をあんぐりと大きく開けたまま呆けている。現実を受け止めきれないというように。

だが、一番現状を理解できていないのは、大剣による一撃を受け止められた大男本人だろう。大男の頭は、ありえないと言う言葉で埋め尽くされている。もはやここにいる意味すら、喪失してしまっているようだった。

少年はそんな大男の腹を、大剣の柄で適度に殴り飛ばす。

それで勝敗は決した。大男は先ほどよりもさらに遠くまで吹き飛ばされ、転がった先でピクリともしない。


暫く、誰もが理解を放棄していた。

少年は大男の側に近づくと、誰にも悟られぬよう軽く大男へ魔力を飛ばす。一応手加減はしたけれど、万が一を考えての軽い回復の魔力だ。魔法にも至らぬ力ではあるが、少年の力をもってすれば、この程度の応急処置ならばそれで十分だろう。なにせ、決闘後の傷を治療する役目を持つはずのギルド職員たちが、現実を受け止めきれずに呆けているのだ。このまま放っておいて、もし死なれでもしたら、大男の全財産を把握できなくなってしまう。一応見届け人のギルド職員がその辺りを把握しているはずだが、隠し財産が無いとも限らない。

なにせ決闘に勝利した時点で、大男の命は少年のものとなるのだ。どんな残酷な未来すら、思いのままに。

少年が大男の応急処置を終えてなおも暫く待っていると、やがて見届け人のギルド職員が正気を取り戻したのか、少年の勝利を宣言する。

こうして大男との決闘は終わった。


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