―03― もう、俺を殺してくれ
「ウガァアアアアアア!!!」
目の前には、雄叫びをあげる鎧ノ大熊の姿が。
「あれ? 俺死んだよな?」
鎧ノ大熊に殴られて俺は死んだはず。
なのに、なんで生きているんだ?
「ガウッ!」
鎧ノ大熊が拳を振るっていた。俺の体は押し潰されて、死んでいた。
◆
「あっ」
まただ。
死んだはずなのに、こうしてまた生きている。
「ガウッ!」
けれど、生き返ったところではなにもできない。
鎧ノ大熊は腕を振るい、俺の体は潰される。
俺は死んだ。
「あっ」
また、生き返った。
いや、違う。
生き返ったんじゃなくて、死ぬたびに時間が巻き戻っているんだ。
影からもらったスキル〈セーブ&リセット〉が恐らく、そういう能力なんだろう。
「ガウッ!」
時間が巻き戻るのはわかった。
けれど、鎧ノ大熊が腕を振るって俺が死ぬ運命は変わらない。
「……はっ」
まただ。
また、死ぬ直前に時間が巻き戻った。
「ガウッ」
目の前には、今にも鎧ノ大熊が俺めがけて拳を振るおうとしている。
それを見て、俺はあることに気がついてしまった。
このままだと、俺は永遠にこの魔物に殺され続ける目にあうんじゃないのか?
「おい、どうすれば――」
どうすればいい? と俺にスキルを与えた影に対して、尋ねようとして、最後まで言い終えることができなかった。
鎧ノ大熊によって、俺は死んでいた。
「……はぁ」
いやだ。
永遠に殺され続けるなんて、そんなの生き地獄とそう変わらない。
「おい、俺はどうしたらいいんだ!?」
今度こそ、最後まで言い終えることができた。
俺にとんでもない力を与えた影なら、なにかしらこの状況を打破する方法を知っているはずだ。
「………………」
返ってきたのは静寂だった。
「ガウッ!」
次の瞬間には、殺されていた。
「くそっ」
俺は鎧ノ大熊に背中を向けて、真後ろへ逃げる。
もう、死ぬのはどうしても避けたかった。
鎧ノ大熊に殴られるたびに、言葉で表現しようがない激痛と疲労感が襲ってくるのだ。
そして、意識が落ちたと思った瞬間、時間が巻き戻されることで強制的にたたき起こされる。
こんなの続けていたら、間違いなく精神が壊れる。
だから、少しでも生き延びる可能性をかけて、真後ろへと逃げた。
「クガゥッ!!」
「……あっ」
俺が真後ろに逃げたところで、鎧ノ大熊なら腕を伸ばせば、簡単に俺に触れることができる。
俺の体は壁に叩きつけられて、全身潰れるように変形した。
当然、俺は死んでいた。
「……はぁっ」
激痛が全身を襲った次の瞬間、また鎧ノ大熊に襲われる直前まで時間が巻き戻っている。
「くそっ」
真後ろに逃げるのが駄目なら、今度は右方向に体を動かせばいい。
「ガウッ!」
右に逃げたところで、鎧ノ大熊の拳は俺の体を叩き潰すことに変わりはなかった。
「……はっ」
さっき右が駄目だった。
なら、今度は左――。
「ガウッ!」
ドスンッ、と音と共に俺の体が壁に叩きつけられる。
「……あ」
また、時間が巻き戻った。
後ろも右も左も駄目。後がなにが残っている?
「ガウッ」
考えている間に、俺は殺された。
「……ふざけんなっ!」
そう叫びながら、俺は高く跳んだ。
考えがあったわけではない。ただ、単純に後ろ、右、左が駄目なら上しかないと思っただけだ。
「ガウッ!」
「あ……」
上に跳んだところで、鎧ノ大熊の拳は俺の体をしっかりと捉えていた。
「……はぁ」
時間が巻き戻った俺は息を吐いて、地面にへたり込む。
もう、なにをすればいいのか、全く見当がつかなかった。
「ガウッ!」
当然、そんな俺を見逃すはずがなく、鎧ノ大熊は俺の体を撲殺した。
それから、10回ほど、俺はなすがままに殺され続けた。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――殴られては殺されて、激痛と疲労が全身を襲い、時間が巻き戻るたびに、強制的に覚醒させられる。
痛みで苦しみつづけるよりもずっと辛い。
「もう、俺を殺してくれ……っ」
とうとう、俺はそう悲鳴をあげた。
死んでしまえば、やってくるのは永遠の眠りだ。
それはどんなに幸せなことだろうか。
「スキルを消すことってできないのか……?」
〈セーブ&リセット〉を消せば、この地獄の時間から解放されるはずだ。
そう思い、ステータス画面を開く。
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〈キスカ〉
スキル1:セーブ&リセット
スキル2:なし
スキル3:なし
スキル4:なし
スキル5:なし
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〈セーブ&リセット〉以外は空白のステータス欄。
どこかを弄れば、スキルを消すことができるんじゃないだろうか。
そう思って、ステータス画面を指でタッチした瞬間だった。
頭の中に数々の記憶がフラッシュバックした。
ナミアのこと。
ナミアを犯した男たちのこと。
ナミアを殺したダルガ。
そして、冤罪の俺を罰した村人たち。
なにもかもが憎い。
可能ならば、村人たちをこの手で殺してやりたいとさえ思う。
もし、このダンジョンを生きて脱することができれば、それも可能だろう。
俺の憎しみは、こんなことで消え失せるほど、大したことがなかったのか。
否、断じて違う!
「くそがぁあああああああ!!」
叫んだ俺がとった選択は、前に突っ込むことだった。
考えなしに突っ込んだおかげで、足はもつれ、転んでしまう。
結果的に鎧ノ大熊の懐に潜り込む形になった。
ヒュンッ! と風を切る音が聞こえた。
初めて鎧ノ大熊の拳をかわすことができた。
「ぐはッ」
けれど、一撃目をかわした先に待っているのは、二撃目だ。
それによって俺は絶命する。
それでも俺は十分満足感を得ていた。