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―169― 動揺

「えぇ、確かに賢者ニャウ様が動揺されていないなら、私の負けです。しかし、困りましたね。どうやら私にはもう打つ手がないのですから。もともと私にあるのは、この迷宮遺物である〈夢見の香炉〉と〈蠱惑の魔杯〉の二つだけなんです」


 エルシーの目の前に宙に浮いた二つのアイテムが現れた。一方は古びた香炉でもう一方は金色の杯の形をしている。この二つのアイテムこそが俺たちを苦しめていた元凶のようだ。


「負けを認めたようですね。ですが、もう一つあなたに聞かなくてはいけないことがあるです。ニャウから魔力を奪って、なにをしたかったんですか?」


 確かに、魔力を奪う目的までは聞いていなかった。おそらく悪魔ベールフェゴルの召喚だとは思うが。


「ふふっ」


 なにがおかしいのか、エルシーは不気味な笑みを浮かべた。


「いえ、最後にもう一度賢者ニャウ様から魔力を奪えないか試してみようと思いまして」


「試すですか?」


「今日だけで何度も賢者ニャウ様から魔力を奪おうとして失敗しました。しかし、よくよく思い返してみれば、前回試してからけっこう時間が経っていましたね」


「何度試したところで無駄です。ニャウから魔力を奪うなんて無理に決まっているです」


 ニャウは淡々とした様子でそう告げる。


「賢者ニャウ様の自信は承知いたしました。ですが、最後に無駄な足掻きをさせていたください」


 そう言って、エルシーは目の前に浮かんでいる金色の胚をコイツと指で小突いた。あの胚こそが、魔力を奪うための道具なんだろう。

 ニャウの強気な発言を聞いていたからこそ、エルシーが最後になにをしようが、もう問題ないだろうと内心ほっとしていた。

 なんせ、ニャウは賢者であって、彼女ほどの偉人が断言している以上、そこに間違いがあるはずがないんだから。

 そのはずなのに――。

 その安堵は一瞬で砕け散った。


「――ガハッ」


 鈍い音と共に、ニャウが腹部を抑えながら大きくよろめく。

 さっきまでのニャウの余裕ある表情は一瞬のうちに、苦悶のそれへと変わっていた。


「し、師匠っ!?」


 リューネが慌ててニャウのもとへ駆け寄る。

 俺も反射的に駆け出していた。なにが起きているのか、まだ理解できない。


「ど、どうしたの!? 師匠!?」


 リューネの言葉には焦りが滲んでいた。

 ニャウは何かを言おうと口を開くが、うまく言葉が出ないのか、喉の奥で血が滲んだ声を震わせる。


「あ……あれ……? な、なんでです……?」


 か細い声。

 ニャウは視線を彷徨わせ、困惑した様子で足元を確かめるかのようにフラリと倒れ込む。リューネが必死に支えるが、その非力な細腕では支えきれず、二人とも揃って地面へと沈んだ。


「師匠、しっかりして! ねぇ、師匠!」


「ニャウっ!」


 俺も地面に膝をつき、ニャウの顔を覗き込む。

 淡い黄金色の髪が床に散らばり、彼女の瞳はまるで生気を失ったように焦点が定まっていない。さっきまで強気な言葉と態度で周囲を圧倒していた彼女が、今は弱々しく横たわるばかりだった。


「師匠……大丈夫だよね? だって、ここは夢の中だから、どんなに怪我を負っても命に別状はないよね……?」


 リューネも動揺で声が裏返っている。

 そうだ、リューネの言う通りだ。ここは夢の中。だったら、ニャウが苦しもうが死ぬことはないはずだ。


「い、いえ、そんな単純な話じゃないです。ニャウの魔力がすべて奪われたです。こ、このままだと……」


 ニャウは苦しそうに状況を語るも、力尽きた様子で言葉が途切れてしまった。


「そうだった……。魔術師にとって、魔力の急激な消失は精神のダメージが大きいんだった。このままだと、まずいかも」


 しゃべるのが辛いニャウの代わりにリューネが教えてくれる。夢の中では肉体的なダメージを負わないけど、精神的なダメージは別って話だった。

 そして、魔力の急激な消失は精神に関わるようだ。


 息を切らしながら、俺はニャウに近づいて肩を支えた。


「ニャウ、しっかりしてくれ……!」


 彼女は苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。まるでうめき声を押し殺しているみたいだった。もはや目の焦点は合っていないのに、必死で俺の方を見ようとしているのがわかる。


「いったい、どうすれば……」


 うろたえている俺の隣で、リューネが涙声で何度も呼びかける。


「師匠、まだ大丈夫だよね? ねぇ、返事をしてよ……!」


 ニャウは荒い呼吸の中、かすれ声でなにかを言おうとしたが、うまく言葉にならないらしく、ただ唇が震えているだけだった。頭を寄せ合いながら、俺とリューネは必死に言葉をかけ続ける。

 しかし、ニャウの顔はどんどん青ざめていて、今にも意識を手放しそうに見えた。

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