表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
166/176

―166― 豹変

「ッ!」


 咄嗟に〈猛火の剣〉で受け止めるも、その衝撃は尋常ではない。まるで巨大な岩に押しつぶされるような重圧。腕が悲鳴をあげ、膝が砕けそうになる。


「リューネ! 俺だ、キスカだ!」


 必死に叫んでみても、目の前のリューネの瞳には微かな感情すら浮かばない。人ならざる存在と化した彼女は、ただひたすらに漆黒の刃を降り注ぐ。


「っく……!」


 剣を振るう腕が震える。今までのリューネからは想像もつかないような怪力が、容赦なく襲いかかってくる。

 だが、それ以上に心が震えていた。たった今まで、俺のために戦ってくれた優しいリューネが、こんなにも豹変してしまうなんて。

 そのとき、不意に彼女の心の声が聞こえた。この部屋の効果は、まだ残っているのか。


(だめ……止まって……。キスカっちを傷つけたくない……!)


 かすかな声。けれど、確かにリューネの声だった。彼女は自分と戦っているんだ。


「リューネ、がんばれ……っ!」


 咄嗟に剣でリューネの攻撃を受け止めながら声をかける。


(だめ! キスカっち、逃げて!  私、止まらないの!)


リューネの心の声が響く。けれど、次の魔術の詠唱が始まっていた。


「第二位階、影爪(クロウ)


 黒い魔力の爪が俺の足を貫く。立っていられず、片膝をつく。どうする? このままだと、リューネの手によって殺されてしまう。


「第三位階、闇陣(シャドウリング)


 逃げ場もなく、魔力の波が体を打ち付ける。全身が軋むような痛みに、意識が遠のきそうになる。

 だが、その中で俺はあることにふと気がついた。

 リューネの動きが、確実に鈍くなっている。

 吐く息は乱れ、額には汗が浮かび、膝まで小刻みに震えている。さっきまでエルシーと戦ったときには見せなかった疲労の色が、全身から滲み出ていた。


(もう、魔力が限界なのに……暴走を止められない……。このままじゃキスカっちを……)


 心の声に混じった苦痛と疲れ。だが同時に、暴走に苦しむ声も。


「リューネ!  魔力を抑えようとするな!」


 倒れかけながら叫ぶ。


「俺のことなんか気にせず、残りの力を全部出せ!」


(でも、このままじゃキスカっちが……!)


「早くしろ! それとも、中途半端な魔力で俺を痛めつけ続けるつもりか!」


 リューネの動きが一瞬止まる。


「お前の全力なら、一撃で終わるだろ。だったら、俺を信じてさっさと出し切れ!」


 まるで全速力で走り続けた後のように、リューネの体が大きく揺らぐ。それでも、最後の魔術の詠唱が始まる。


「闇の魔術、第十三位階――虚無律(ニヒリズム)


 その瞬間、リューネの周囲の空間が歪み始めた。これまでの魔術とは比べものにならない程の漆黒の魔力が、渦を巻いて集まってくる。その禍々しい力に、部屋そのものが軋むような音を立てる。

 だが、それも一瞬の出来事だった。


「う、あ……」


 リューネの体から力が抜け、詠唱が途切れる。膝から崩れ落ちる彼女を、漆黒の魔力が霧のように消えていく。


 角も爪も消えずに残ったままだが、横たわる彼女の瞳には、確かに意識が戻っていた。


「どうやら賭けに勝ったみたいだな……」


 俺はフラフラになりながらそう呟く。

 あまりの疲労に、俺もしばらくは動けそうにないな……。



 リューネが倒れてからしばらくした後だった。


「ごめんね……。ごめんね、キスカっち……」


 ふと、涙がポロポロと零れ落ちる音が聞こえる。横たわった状態でリューネが泣いていた。


「なんで謝るんだよ」


「だって……リューネ、キスカっちをこんなに傷つけて……。それに、リューネのこんな姿、キスカっちも幻滅したでしょ」


「確かに、その姿は驚いたが、リューネが俺を守ろうとしてくれたことは確かに覚えてるぞ」


 リューネの瞳が驚きに見開かれる。


「エルシーから俺を守るために、隠してた力を使って。その代償がこれだっただけだろ」


 横を向けば、角の生えた姿で泣きじゃくるリューネが目に入る。リューネが力を開放しなければ、そもそもエルシーに俺たちは殺されていた。


「ありがと。キスカっちは優しんだね」


「優しいって、当たり前のことを口にしているだけなんだが」


 そう言うと、リューネは安心したのか頬を緩ませるも、すぐさま深刻そうな表情に戻る。


(でも、キスカっちにこの姿は見られたくなかったな……。いくらキスカっちが優しくても、この姿は怖いよね)


 リューネの心の声が漏れ聞こえてくる。相変わらず、この部屋の効果はまだ続いているようだ。

 思わず、リューネの姿を改めて観察してしまう。

 大きな二本の角に、長く伸びた爪。異様に鋭い歯。目も人間のそれとは大きく異なる。確かに、初めてみたらギョッとする姿かもしれないが、それは魔族に似た姿だからであって、彼女がリューネだとわかっている今、恐ろしいなんて微塵も思わない。


 むしろ、今のリューネもかわいいと思うけどな。

 元のリューネもかわいかったが、魔族の姿になったところでそのかわいいさは一切失われていない。それどころか角や爪が生えたことでチャームポイントが増えただけなような。

 まぁ、だから、彼女には悲観しないでほしいわけだが……。


「き、キスカっち……流石に、それは恥ずかしいんだけど……」


 そう言ったリューネは顔を真っ赤にさせて俯いていた。


 あー、そうか。

 俺の心の声もリューネに聞こえるんだった。そのことをすっかり忘れていた。


「えーと、まぁ、そういうことだから、あまり自分を卑下するなよ」


 自分の失言を隠すかのように俺はそう告げた。リューネに悲観しないでほしいという気持ちは本心だし、それを意図しない形だったとはいえ伝わってよかったような……。


「う、うん……」


 リューネは短く頷く。まだ照れくささが残っているようだ。


「体力が回復したなら、早く次に進むぞ。これ以上ニャウに心配かけるわけにいかないしな」


 エルシーが口にしていた出口のほうを指しながら俺はそう言う。

 これ以上、この『真実の間』にいれば、さらなる事故が起きそうなので早く抜け出したいというのもある。


「わ、わかった」


 リューネも頷いてくれたことだし、俺達は早足で出口のほうへ向かう。視線の先には、明らか出口っぽい扉があり、それを抜けた先に宝箱とやらがあるはずだ。


(う~~~~~っ、どうしよう。あんなこと不意に言われたせいで、キスカっちのこと好きになっちゃったかも。さっきから恥ずかしすぎて、キスカっちの顔、まともに見ることができないんだけど)


「え……っ?」


 思わず俺は後ろにいたリューネのほうを振り向いてしまった。

 いや、だって、心の中とはいえあんなことを言われたら驚かないはずがなかった。


「~~~~~~~ッ」


 リューネもすぐに察したようで、みるみるうちに涙目になっていた。


「キスカっちのバカ」


 そして、彼女は小声でそう言葉を漏らすのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍発売中!
画像をクリックすれば特設サイトに飛びます!


画像
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ