―162― 秘め事
扉を開けると、淡い虹色の霧が溢れ出してきた。
「わぁ、きれい……」
リューネの声に頷く。部屋の中に入ると、そこはまるでおとぎ話に出てくるような空間だった。
壁一面にハートやチューリップのような模様が描かれている。天井からは風船のような光の粒が無数に浮かんでおり、その光は部屋中をカラフルに照らしていた。床には水晶のような透明な石が散りばめられ、歩くたびにキラキラと光を放っている。
「あれ? 入ってきた扉が……」
リューネの声に振り返る。
確かに、さっきまでそこにあったはずの扉が消えていた。
「なんなんだ、この部屋は」
俺が呟いた瞬間、透明なスクリーンが現れた。
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ここから先はお互いが心に秘めた真実を知ることになります。
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「真実を……知る?」
リューネが困惑したように呟く。正直、俺も意味がよくわからない。心に秘めた真実って、いったいなにを指しているんだ?
(お腹すいたなぁ……。この前、王国で買ったアップルパイまた食べたいんだよなぁ。なんてお店だっけ)
「えっ?」
俺は思わず声を上げた。いま聞こえた声は間違いなくリューネのものだ。けれど、彼女は口を開いていない。
「リューネ、今、アップルパイが食べたいって……」
「えっ!? キスカっち、どうしてそれを!?」
リューネは目を丸くする。彼女は確かに声に出してはいなかったはずだ。
「頭の中で聞こえてきた」
「えっと……もしかして、これが真実を知るってことなのかな」
なるほど、お互いが考えていることがわかるってことか。
「なぁ、試してみないか? 本当に考えていることが伝わるのか」
「うん、そうだね。じゃあ、リューネが好きな動物を思い浮かべるから、キスカっちは当ててみて」
「わかった」
「えっと……」
(ウサギ……。白くてふわふわで、耳がぴょこんってなってて、赤い目をしたウサギ)
「ウサギか。しかも白くて赤い目のやつなんだな」
「うわっ、ここまで細かいのまで伝わっちゃうの!?」
リューネは驚きの表情を浮かべた。
なるほど、これが真実を知るってことなのか。お互いの考えていることが、イメージまで含めて直接伝わってしまうらしい。
「今度はキスカっちが好きな料理を思い浮かべてみて」
「ああ」
(羊肉のシチュー。特にカタロフ村の【銀月亭】という店で出される、ハーブがきいた香り高いやつ……)
「シチューだね! 【銀月亭】の! すごくおいしそう! リューネも食べに行きたいなぁ!」
「まさか店まで特定されるとは……」
どうやら本当にお互い思ったことが筒抜けのようだ。
「えっと、それでどうすればいいんだろう?」
「わからないが、とりあえず……進んでみるか?」
視線の先にはわかりやすく一本道があった。おとぎ話にでてくるような虹色の道だ。この道をまっすぐ行けってことなんだろう。
「とりあえず、この道を進むか」
「うん!」
そういうわけで、俺たちは恐る恐る道を進んでいくことにした。
しかし、思っていることが全部バレるのか……。まぁ、リューネに隠していることなんて特にないし、問題はないか。
(うぅ……キスカっちには絶対にバレたくないことが、ひとつだけあるんだけどなぁ……)
リューネの心の声が聞こえた。
「っ!」
思わず足を止めてしまう。
「あ……」
リューネも立ち止まる。どうやら、俺の動揺が伝わったらしい。
(あ、やばっ、考えないようにしないと……。えっと、えっと、おいしいものとか、可愛い動物のことを考えよう。ウサギとか、子猫とか、えっと、あと……)
リューネが慌てて別のことを考えようとしているのが手に取るようにわかる。正直、気まずいな。
リューネの隠し事がなんなのか気にならないわけではないが、こんな状況で聞いてしまうのは流石に不本意だ。
「あっ、キスカっち、魔物! ほら、魔物がいるよ!」
前方に、黄色い体をした蜂のような魔物が飛んでいた。見た目は鉢なのに、大きさは犬ほどもあり、針は剣のように鋭く光っている。
「黄金蜂だよ。毒を持ってるから気をつけて!」
リューネが説明してくれる。さすがニャウの弟子だけあって、知識は豊富にあるようだ。
「キスカっち、ほら、魔物集中しないと! ほら!」
リューネは明らかに話題を逸らすように大声で叫ぶ。まぁ、ここは乗っかってやるべきか。
「ああ、任せとけ」
剣を抜いて構える。黄金蜂は一直線に襲いかかってきた。だが、それが逆に都合がいい。真っ直ぐ飛んでくる魔物なら対処は簡単だ。
サッと横に身をかわし、飛び過ぎた魔物の翅を剣で切り落とす。バランスを失った魔物は床に墜落。とどめとばかりに首を切り落とした。
「キスカっち、さすが!」
リューネが手を叩いて喜ぶ。と、次の瞬間、彼女は俺の手を掴んで前に引っ張り始めた。
「早く行こう! この先にも魔物がいるかもしれないし!」
「お、おい……」
リューネは明らかに急いでいる。というか、焦っている。さっきの件から、できるだけ早く逃げ出したいという気持ちが手に取るようにわかる。
(考えないように、考えないように、考えないように……)
彼女の心の声が聞こえてくる。俺も黙って引っ張られるままについていくことにするか。
グゴォオオオオオオオオオオオオッッ!!
ふと、奥から低い魔物の咆哮のようなものが聞こえた。
「ねぇ、キスカっち。あれって岩の巨兵だよね!」
目の前には通路を塞ぐように、石で作られた巨大な人型の魔物が立ちはだかっていた。体高は優に五メートルを超える。
(やばいよー。岩の巨兵ってけっこう強い魔物だよね。でも師匠がいないと魔術は使えないし……)
リューネの心の声が聞こえた。
岩の巨兵なら、カタロフダンジョンで出会ったことがあるはずだ。くわしいことはなぜか思い出せないが、俺でもどうにかできる相手だと直感が告げていた。
「リューネは下がってろ!」
岩の巨兵は一歩一歩、重い足取りで俺たちに近づいてくる。
(キスカっち、岩の巨兵の弱点は胸にある魔力の核だよ! 動きは遅いから、きっとチャンスはあるはず!)
リューネの心の声に頷く。
流石ニャウの弟子だ。魔物の知識は豊富にあるらしい。
ゴーレムが両腕を振り上げ、俺をつぶそうと攻撃してくる。動きは遅いが、その分威力は凄まじい。横に飛び退いて避けると、床が大きく抉れた。
(うひゃっ! キスカっち大丈夫!?)
「俺は大丈夫だから、リューネは自分の心配だけしていろ!」
リューネの心の声に、思わず返答してしまう。
次の一撃を避けながら、ゴーレムの胸に狙いを定める。魔物の弱点を知っているのと知らないのとでは大きな差だ。
「そこだっ!」
渾身の一撃で、胸の魔力の核を刺し貫く。
ゴゴゴゴ……と地響きのような音を立てて、ゴーレムが崩れ落ちる。
「やった! キスカっち、すごいよ!」
リューネが飛び跳ねるように喜んでいた。メイド服のスカートが揺れている。
(やっぱりキスカっちって強いなぁ。師匠が信頼しているだけあるな……)
リューネの心からの感心が伝わってきて、少し照れくさい。
「いや、リューネが弱点を教えてくれたおかげだ」
「えへへ、せめてそのくらいはできないとね」
リューネは嬉しそうに笑う。だが、その表情はすぐに曇ることになった。
「ねぇ、このままだと先に進めない気が……」
倒れたゴーレムの死骸が狭い通路を完全に塞いでしまったのだ。他に道はなさそうだし、これはまずいかもな。
「キスカっち見てよ!」
リューネが指さす先には、ゴーレムの胴体と腕の間にできた隙間があった。
「ここなら、がんばれば進めそうな気が……!」
そう言いながらリューネは這うようにして、隙間を通り抜けようとする。たしかに、この程度の隙間なら俺でも通れそうだな。
とか、思っていたときだった。
先に隙間を通っているリューネのスカートがめくれそうになっていた。スカートの裾がどこかに引っかかってしまったみたいだ。
彼女は気がついていないようで、そんなのお構いなしに先に進もうとする。
まずい。このままだと、スカートの中身が見えるな。
とか思っているうちに、見えてしまった。その、リューネの純白の……。
「えっ?」
リューネが声をあげる。
あっ、やべっ。そういえば、俺の心の声もリューネに聞こえてるんだった。
「うぎゃぁああああ!!」
リューネは悲鳴をあげながらスカートを抑えながら、狭い通路を急いで通っていく。
(やだやだやだ……! キスカっちに全部見られた!)
リューネの心の声を聞きながら、俺もリューネの真似して狭い隙間を這って進む。
「その、悪かったな」
隙間を抜けて、ひとまずそう口にする。
リューネは顔を真っ赤にさせて、俺のことを睨んでいた。
(キスカっちがこんなに変態だと思わなかった。変態変態変態変態変態変態変態
……)
うっ、こんなふうになじられるのは、流石に精神にくるな。
そもそも不可抗力で仕方なく見えてしまっただけで、そんなふうに言われる筋合いはないと思うんだが。
「不可抗力って……」
ボソリとリューネが口にする。
(目を逸らせばいいところをしっかりとガン見していたくせに……)
まぁ、確かに、ちゃんと目に焼き付けたのは事実だが……。あっ、やべ。
「キスカっちのバカ――――ッ!!」
リューネの怒鳴り声が聞こえた。