―160― 新たなミッション
変態の烙印を押されるという精神的なダメージを受けた俺はしばらくソファに座ってうなだれていた。
もし、エルシーの目的が俺に恥ずかしい思いをさせるってことなら成功なんだろうな。
「あ、次のミッションがでたよ!」
リューネの言葉で俺は顔をあげる。
ゲームはまだ続くようだ。まぁ、さっきのミッションで終わるならば、あまりにもあっけないか。せめて次のミッションはもっとマシなのにしてくれ、と願いつつ、新しく表示されたスクリーンに目をやる。
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ミッションその2
地下ダンジョンにある宝箱を見つけろ!
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「なんですか、これは……」
ニャウが呆れた様子でそう告げる。
俺も似たような感想を抱いた。メイドの次はダンジョン探索か。相変わらず突拍子がないな。
「そもそも地下ダンジョンなんてどこにあるんだ?」
見たところ周囲にはそれらしきものはなさそうだが。
「ねぇ、あれじゃない?」
リューネが指をさした先にはさっきまでなかったはずの扉があった。
「なんか、随分と物々しい扉だねー」
リューネの言う通り、この錆びついた鉄の扉はこの豪華な建物に中にあるには流石に場違い過ぎた。見るからにどこか不吉な雰囲気を漂わせている。
おそらく、エルシーがこの扉ごとダンジョンをつくったのだろう。
「でも、宝箱がなければ先には進めないですし、とりあえず入るしかなさそうですね」
「その格好のまま、ダンジョンに入るのか?」
ニャウの提案に思わず口を挟んでしまう。メイド服のままダンジョンに入るのは流石に危険なような……。
「別にこの程度は大した支障ではないですよ」
ニャウは淡々とそう告げ、
「メイド姿でダンジョン探索なんて、逆にワクワクするかも!」
リューネは何が楽しいのか、ポンポンと跳ねるように喜んでいた。スカートがフワッと揺れるたびに、目のやり場に困るんだが。
ともかく俺の心配は杞憂だったようだ。
「ニャウとしてはキスカさんのほうが心配です。なんたって、キスカさんはメイド服に欲情するような変態さんなようですし」
「おい、なんでそうなる」
「あれ? 違ったですか?」
ニャウのその表情は心から驚いているようで、つまり、俺のことを本当に変態だと思っているようだ。
うっ、ニャウにそう思われるのは、ショックなような……。
「ふふっ、キスカさん冗談ですよ。まさか本当に落ち込んでしまうとは思わなかったです」
「……へ?」
思わず間抜けな声を出してしまう。
どうやら俺はからかわれていたらしい。けど、そんな事実はどうでもよくて、ニャウが一瞬だけ見せた小悪魔のような笑みに心を奪われていた。
無性にかわいかったからだ。
「……キスカさん、いつになく間抜けな顔をしていますね。どうかしましたです?」
「別に、少し考えごとをしていただけだ」
まさか一目惚れしていたなんて言えるはずもなくごまかす。
すると、ニャウは訝しげな顔をしながら「ふーん、そうですか」と頷いた。
「ねぇ、二人とも話してないでこの扉を開けるの手伝ってよー!」
どうやら俺たちが話している間にリューネが鉄の扉を開けようとしていたらしい。
見ると、錆びついて建て付けが悪くなっているようで簡単に開かないようだ。
それから三人で協力してなんとか扉を開ける。
慎重に扉をくぐると洞窟のような空間が広がっていた。
建物の構造上、こんなところに洞窟があるのはあり得ないとは思うが、エルシーの能力で作られたのなら、そういった外の常識は通じないのだろう。
「二人とも、気をつけてながら進んでくださいです」
そう忠告したニャウは警戒しながらダンジョンを進んでいく。
壁面に時々、魔石製のランプが置かれているおかけで、灯りがなくても遠くまで見渡すことができそうだ。
「特になにもないねー?」
ふと、リューネがそう告げた。
しばらく歩いたが、ただ通路が続くだけで魔物といった危険な存在がでてくる気配がない。
「リューネ、あんまり油断するなです。あなたのそういうとこは悪い癖ですので」
そうニャウが警告した瞬間だった。
「あっ」
リューネの声が響いた。俺とニャウはギョッとした表情でそっちのほうを振り向く。
見ると、リューネは申し訳なさそうな表情で床を見つめていた。
「ご、ごめんね。なんか床のスイッチを踏んじゃったみたいで……」
言葉の途中、不吉な音が響く。
ゴロゴロ……。
それは遠くから次第に大きくなっていく。
「まさか……」
俺が振り返った先には信じられない光景が広がっていた。巨大な岩が後ろから転がってくる。しかも、かなりのスピードで。
「逃げるです!」
ニャウの叫び声と共に、俺たちは全力で走り出す。
「リューネ! どうするんですか!? お前のせいでこんなことに!?」
「そんなこと言われてもーっ。あんなところにスイッチがあるなんて思わないじゃん!」
「しゃべる余裕があるなら、もっと全力で走れよ!」
こんなことをしている間に徐々に巨大な岩は迫ってくる。
「あっ、師匠!」
ふと、リューネの声が聞こえたので振り返る。
見ると、ヘトヘトになったニャウが立ち止まっては「ぜぇーぜぇー」と息を吐いていた。どうやらこの中で一番体力がなかったのは彼女だったようだ。
もうすでに彼女に岩が迫ろうとしている。
助けにいくべきか、そう思考した途端、ニャウの周囲に光の粒が降り注いだ。
あの光は魔術を使った証拠だ。
「二人とも、調子はどんな感じですか?」
いつの間に、ニャウは余裕綽綽といった余裕で俺たちに並走してきた。どうやら風の魔術で低空飛行しているようだ。
「師匠、ずるいー!」
リューネが非難する。正直、俺もおんなじ気持ちだ。
「俺も体力が限界だ……」
流石にこのままだと岩に押しつぶされてしまいそうだ。
「二人ともしょうがないんですから」
ニャウはそう口にして、俺たちに手を伸ばしながら近づいてくる。
どうやら俺たちを助けてくれるらしい。
「あっ……」
リューネの声だった。
見ると、さきほどと同様の床に隠されたスイッチを彼女が踏んでいた。
途端、彼女の真下に魔法陣が光り輝いた。
「さ、流石にヤバいかな……?」
リューネの顔が青ざめる。足元に浮かび上がった魔法陣の放つ光が段々と明るくなる。
これは転移陣だ。
何度も見たことがあるすぐにわかる。
「リューネ!」
咄嗟にリューネに向かって飛び込む。どうにか彼女を転移させてはいけない、と思ったのだ。
しかし、間に合うはずもなく俺までも転移に巻き込まれてしまいそうになる。
「キスカさん!?」
背後でニャウの声が聞こえた。だが、すでに手遅れだった。
視界が白く染まる。
一瞬、ニャウの焦った表情が目に入った気がした。
「うっ……」
どこかに転移してしまったようで、思わずうめき声が漏れる。
ん? なにか柔らかいものがあるような……?
転移の衝撃で目が眩む中、手が何かを握っていた。
「キ、キスカっち……?」
その言葉を聞いてようやっと状況を理解する。
どうやら転移の勢いでリューネが上から重なるように倒れかかっていたようだ。
ってことは、この手に握っているのは……?
「その、エッチなのはよくないと思うんだけど……」
リューネが照れくさそうにそう言う。
なるほど、どうやらこれはリューネの胸だったようだ。
「意外とあるんだな」
「――ッ!!」
コツンと衝撃が走る。
リューネが手の側面で殴ってきたのだった。
「キスカっち、今のは流石によくないんじゃないかな!?」
そう言って、リューネはパシパシと何度も俺に攻撃してくる。
うん、咄嗟に言ってしまったこととはいえ、これは流石に俺が悪いな。
それからしばらくリューネが満足するまで殴られ続けた。
そして、彼女が落ち着きを取り戻したとろで、俺たちは周囲を見渡す。
ゴツゴツとした岩肌に囲まれていて、ダンジョンのどこかしらに転移してしまったんだとすぐに理解する。
そして、なにより俺たちはニャウとはぐれてしまったようだった。