―153― 第二王子
言われたとおり俺は護衛隊長を探していた。
ひとまず近くにいた兵士に声をかけてみて、最初は億劫そうな目で見られるが、賢者ニャウのサインが入った推薦状を見せると、驚いた表情で丁寧に案内してもらえた。
よほど、ニャウはこの国で畏怖されているらしい。正直違和感しかないが。
「この俺が護衛隊長のガレットだが、この忙しいときにいったいなんのようだ?」
案内されたのは甲冑を身につけた男だった。
隊長というだけあって、威風堂々とした佇まいだ。近くで見ると、鎧の表面には無数の戦闘で付いた傷跡があり、幾多の戦場を潜り抜けてきた経験が滲み出ている。
「はじめまして、キスカと申します。王子殿下の護衛隊に加わりたくて伺ったのですが」
多少緊張しつつ、そう口にした。
するとガレット隊長は、追加の募集はしていないのだが、と言いつつ、俺のことをマジマジと見る。
「人にお願いするとき、フードはとるべきなんじゃないのか?」
至極まっとうなことを言われてしまった。
しかし、俺にはこの忌々しい銀髪を隠したくてフードをかぶっているんだが。とはいえ、隠すわけにはいかないかと思い、俺はフードを取り払った。
「こいつ、アルクス人じゃないか!!」
ふと、銀髪を見るなり俺をここまで案内してくれた兵士が声をあげた。そう、この銀髪は国民全員に忌み嫌われているアルクス人の象徴なのだ。
「なるほど、アルクス人か。なりふり構っていられない戦時下ならアルクス人であろうと隊に加わってもらいたいが、今回は祝いの場だ。アルクス人が同行となると流石に縁起が悪い」
ガレット隊長は渋い顔をしていた。
まぁ、こう言われるのは予想できたことなので、俺は黙ってニャウの推薦状を渡した。
「こ、これは、賢者ニャウ様の!? し、しかし、あの方はいったいなぜ……?」
お手本のような驚き方をしていた。
しかし、推薦状には一言、俺を護衛隊に加えろといったことしか書かれていないので、ニャウの真意がわからないガレット隊長は狼狽するしかない。
「やっほー、元気してるー?」
そう言って、現れたのはニャウの弟子を名乗っていた魔術師リューネだった。彼女は気怠そうな身振りで手をふっていた。
「魔術師リューネ様、こ、これはいったいどういうことなのですか!?」
「彼、師匠の古い知人みたいだよ。だからさ、優遇してやってよ」
「そ、そうなのですが……。ですが、いくら賢者ニャウ様の頼みであってもディルエッカ殿下がどう思うか……」
リューネとガレット隊長のやりとりを俺は他人事かのように眺めていた。ガレット隊長のほうがへりくだっているのがなんだか意外だ。
「だったらさー、第二王子に直接聞けばいいじゃん」
「そ、それは流石に……」
「隊長が聞けないならリューネが直接聞いてあげるよ。第二王子はこの先にいるんでしょー。ほら、キスカっちついてきて」
「えっ? えっ……?」
リューネに引っ張られるがまま扉の先へとつれてこられる。隊長が叫んでいた気がするが、お構いなしだ。
扉にはいって真っ先に気がついたのは強烈なアロマの香りだ。それからすぐさま異常な空間だと気がついた。
胸元が随分とはだけたたくさんの女の子。部屋の中央に大きなベッドがおり、その周りを白いカーテンが覆っていた。白いカーテンにうつるシルエットと女の艶美な声が聞こえて、カーテンの奥でいったいなにが行なわれているかわかってしまう。
「第二王子は今日も元気だねー」
隣にいたリューネが呑気な感想を漏らしていた。俺はただひたすら居心地が悪いんだが。
「リューネ様ではありませんか!!」
メイド服をきた女性が駆け足でこっちにやってきた。
その女性は髪をポニーテールと、この異様な場に相応しくない地味な印象をうける女性だった。とはいえ、よく見ると端正な顔立ちをしていることに気がつく。彼女も第二王子のお気に入りかもしれない。
「この方は第二王子の近くにいつもいるメイドのエルシーさん、こっちは師匠の旧友のキスカ」
リューネがお互いを紹介すると、エルシーさんは「はじめまして、キスカさん」と丁寧にお辞儀をしたのを見て、俺の頭をさげる。
「彼のことで第二王子に聞きたいことあるから、呼んできてよ」
「はい、かしこまりました」
返事をしたエルシーさんは駆け足で第二王子がいるであろうベッドのほうへ向かった。
第二王子は真っ最中なわけだが、そんなときに用件なんかを伝えてもいいのだろうか?「邪魔をするな」と怒鳴られるんじゃないかって気がして不安になるが、今はリューネを信じるしかない。
カーテンの奥にエルシーさんが入っては、しばらくするとエルサーさんがでてきては再び、こっちにやってくる。
俺たちが立っている場所とカーテンがしきられている場所はそれなりの距離があるのだが、それを何度往復させて申し訳ない気持ちになる。
「殿下は服を着たらやってくるみたいです。もう少しお待ちくださいね」
エルシーさんの言葉に内心ほっとする。
第二王子は意外と物わかりがいい方なのか?
それとも、第二王子でさえ無碍にできないほど、リューネ、もしくはその後ろにいるニャウの存在が大きいのだろうか?
そして、エルシーさんの言葉通り第二王子が姿を現わした。
その姿はずんぐりむっくりとした絵に描いたようなだらしない体型の男だった。
「リューネか。こんな忙しいときに我にいったいなんのようだ?」
第二王子は不満そうにしながらやってきた。
「えー、どうみても暇してたじゃん、このクソ淫乱王子」
「おいっ、我はラスターナ王国の第二王子だぞ! 王子に向かって、クソとはなんだ!? クソとは!!」
第二王子が叫んだのを見て、俺は内心肝を冷やす。
怒らせてどうすんだよ!? と、思いながらリューネをほうを見た。しかし、彼女は焦るわけでもなく第二王子をあざ笑っている。
「だが、それがいいっ!!」
ふと、第二王子が怒りから恍惚の表情に変えていた。
「まさか我を足蹴にする女が現れるとはな。リューネ、我の女になれ。金ならいくらでも積もう!」
「うわっ、きーっも。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
「あっ♡ あっ♡ あぁっ!!♡」
……いったい俺はなにを見せられているんだ? エリシーはとめないんだろうか、と見るが彼女はただ微笑んでいるだけだった。
主人がこんなことになっているのに、なんで笑っていられるんだよ。
「それでクソ王子、早く要件を済ませたいんだけど」
「だから、我をクソと呼ぶなと。あぁ……! だが、それがいい!」
「彼を今回の遠征の護衛隊に加えたいんだけどさー、いいでしょ?」
そう言ったリューネが俺のほうを見る。
俺は息を飲んだ。第二王子がどんな反応するだろうか、と緊張したのだ。
「護衛隊だと?」
そう言って、第二王子は俺のことをマジマジと見た。
ここは自己紹介をして誠意を見せないと、と思い俺は頭をさげて自分の名前を言おうとする。
「くだらんな。こいつが護衛隊に入るのになんで我の許可がいるんだ? そういうのは全部隊長に任せてある」
第二王子が興味ないとばかりに俺から目を逸らしたのだ。
「その隊長が、第二王子の反応が気になるっていうからさー。ほら、彼ってアルクス人じゃん」
そんなリューネに対し、第二王子が衝撃的なことを口にしたのだった。
「アルクス人。なんだそれは?」
◆
「キスカっち、よかったねー。護衛隊に加わわれて」
第二王子がいた部屋をでてガレット隊長にそのことを報告した後、リューネが俺にそう口にしたのだった。
「ありがとうございます。リューネさんのおかげで、こうして無事に」
「なんでリューネに敬語なの?」
「えっと、ガレット隊長がリューネに敬語だったので、そのほうがいいのかなと」
その答えると、彼女は口を開けて笑った。
「あはははっ、いや、師匠にため口なのに、リューネに敬語はおかしいでしょ」
確か、そう言われたらそうだな……。
いや、しかし、第二王子に対し一切臆せず話すリューネをみて、もしかしてリューネってめちゃくちゃ偉いんじゃないかって思ったのだが、そんなことはないのかな?
「リューネって第二王子にめちゃくちゃフランクに話すから、実はめちゃくちゃ偉いのかと思ってしまったが、そんなことはないのか? 正直、第二王子に対して、よくあんな態度ができるな、とずっと驚いていたんだが」
「えー、あのバカ王子の対応なんて、みんなあんな感じだよ」
「バ、バカって!? 誰が聞いているかわからないところで、そんなこと口にするなよ!」
慌てて周囲を見回す。今の会話、誰かに聞かれたら不敬罪で捕まるだろ。
「あはははっ、キスカっち慌てすぎ。そんなの気にする人なんて一人もいないよ。バカで変態でのろまの第二王子って、みんなよく口にしているんだからさー」
「そ、そうなのか……」
確かに、今も他の兵士とすれ違ったが、俺たちの会話を気にする人なんて一人もいなかった。
というか、俺自身カタロフ村にいたとき聞いたことがあるな。王都には、真面目な第一王子とだらしない第二王子がいると。
「第二王子って、あの通り評判悪いじゃん。いつも女遊びばかりで政務には一切携わらない。民衆からも嫌われている。今回の行事は、国王陛下が無理矢理第二王子にやらせようとしたらしいよ。この政務で、少しぐらい評判を取り戻せって思ってるんじゃないかな。バカだよねぇ、あんなのが人前にでたら益々評判悪くなるのに」
「そ、そうなのか……」
リューネの歯に衣着せない物言いに驚きつつ、しかし、これこそが国民の本音なんだろう。
ふと、思い出したのは、七つの予言だった。
その予言の一つに『第二王子ディルエッカは見殺しにしろ』というのがあった。
下手に優秀な人物より、あぁも愚鈍なほうが見殺しにする分にはいくばくか心が痛まない気がした。