代償
最初だからばしばし投稿していきたい
「──君が、呼ばれた異世界人か」
目の前から掛かる声に、瞼を持ち上げる。
目の前にいるのは、鎖に雁字搦めにされて姿の見えない何かであった。
「……どうやら、君でもダメそうだな」
目の前の彼女が何かを言っているが、そんなことはどうでもよかった。
「──会いたかったよ」
その言葉には、万感の思いが籠っていた。
「なに?」
「本当に、会いたかった」
困惑するそれを前に、テラスは微笑みかける。
「私を、知っているのか?」
「もちろん、知っているとも。誰よりも、何よりも」
当たり前だ。
これは彼が描いた世界の中でも、世界の根幹に触れる存在。
設定は作り上げていたが、未だ登場していなかったはずの存在。
「君の名前を教えてくれ」
「……知っているのだろう? 我に名などないことを」
「ああ、知っているとも。だからこそ、聞いておきたいことがある」
「召喚の理由だろう? それなら──」
「そんなことは後でいい。俺が知りたいのはほかにある」
もしこの光景を人間が見ることが出来たなら、違和感を感じることだろう。
意味のない会話に意味を見出し、意味のある答えに興味を示さない。
大きなことを些事だとさえ言い放つ在り方は超常の如く。
それはどこか、超自然的なものさえ感じる問答であった。
「それの答えを示したら、私はここにはいられなくなる。やっと会えたんだから、もっと会話がしたいじゃあないか」
「……何者だ、お前」
「さあ? この世界における立場なんて私にもわからない。だから訊きに来たんじゃあないか」
「ここでは望むものを手に入れるためには代償が必要だ」
「知っているとも。私の器の半分でどうかな?」
その言葉に驚いたのか、目の前の鎖が軋む。
「お前、意味が解っているのか?」
「生命力を内包するための器……最大生命力というのがわかりやすいか」
「……だから、それは──」
「『存在証明機構』による存在の証明を困難にする、だろう? 自分の存在力の半分をかけてでも知りたいことがあるんだ」
その声音に、その表情に本気を感じたソレはどこか狂気じみた思いに恐怖を覚える。
「……何が知りたい」
「この世界が何によって、どうやって作られたのか。代償が足りないようなら、話が終わってから自分が何者なのかを話そう」
「いいだろう。これは【契約】だ。達成されなければ解放されないものだ。逃げられはしないが──貴様にこの問いは必要なさそうだ」
にっこりと笑うテラスに呆れたように告げる。
「長くなる。座れ」
「では、お言葉に甘えて」
「では語るとしよう。浅ましく愚かな神の話を──」
鎖で編まれた椅子に腰かけ、その話に耳を傾ける。
それはテラスにとって想定通りであり、意外でもあり。救いであり、苦痛であり──決意でもあった。
■
(やれることはすべてやった。あとは──俺自身と周囲をどうするか、だ)
──意識が戻って言葉にしようとし、口元に噛まされた拘束具に抑えられる。
「気が付いたみたいだね。最初の取り決め通り、確認させてもらうよ」
前もって決めていた問いに、同じように答えていく。
「記憶の欠損も無し。問題はなさそうだ。【代償の書】はどうしてか君が離さなかったからそのままにしてある。国王様に伝えてくるから、少し待っていてくれ」
そう言って退室した医師を見送って照は大きく息を吐く。
「……とりあえず、知りたいことは知れた。後は俺がどうするのか、決めるだけだな」
自覚するために口に出して、思考を巡らせていると扉がノックされて国王が入ってくる。
「今回はこのような役目を……」
「謝るのは無しですよ。これは私も望んでやったことです」
謝罪しそうな勢いだった国王を止めて本題に入る。
「わかりましたよ、私たちが呼び出された理由」
「誠か!」
「ええ。今回私たちが呼ばれたのは世界のリソース不足を補うためです」
ぴんと来ていない国王に、どう説明したものかと思考を巡らせる。
「簡単に言えばこの世界を存続させるために必要なエネルギーが、様々な理由で不足しているんです」
「なるほど。して、どうすればいいのだ?」
「いくつか方法はありますが、簡単なのが魔物を倒すことです。相手が付よければ強いほどいい。それこそ、【魔王種】はいい標的になるでしょう」
そう、この世界の陥っている危機とは『リソース不足』。
簡単な話、世界に循環しているエネルギーが不足しているため、多くエネルギーを蓄えた標的を倒すために呼ばれたのだ。
(まあ、それだと根本的な解決にはならないんだけどね)
今の事態が起こっている理由からすると、それはむしろ悪化する可能性すらあるのだが──それ以外に方法がないのだ。
(どうせこの世界の住人で気づけるのは一握りだ。そして、それに気づき、行動したものから死んでいく……我ながら、救いようのない世界を書いたものだな)
自嘲の笑みを浮かべながらも、どう言葉を紡いだものかと首を傾げる。
「【代償の書】は他に何を……」
「何をどうしろとは言ってませんでした。逆に何をしてはいけないとも言われていません」
言外に、なにをするかは自由だと告げながら笑う。
「貴方はこの世界にあるこの国の王です。私たちをぞんざいに扱わない範囲であれば、この国を優先して考えるべきです。どちらにせよ私たちは──この問題を解決しない限り帰れないのですから」
そこに寂しげな影を落としたのはわざとだ。
甘い国王の心に楔を打ち込んで、自分たちを軽んじることが無いように。
「そうだ、国王様には話しておかないと」
間髪入れずに追い討ちをかける。
「私が受けた代償は二つ。【代償の書】を手放せなくなる事。それと……」
懐からステータスカードを取り出し、示す。
◆◆◆◆◆
幕内 照
クラス:
生命力 8/8
魔力 8/8
【スキル】
薬剤調合
◆◆◆◆◆
そこにあったのは、最大値が2減ったステータス。
「これ、は……」
「ステータスの数値の2割を失う事。それが私の背負った代償です」
「馬鹿な、【代償の書】が求めたのは『異世界人との邂逅』の筈だ!」
「彼女曰く、『それは答えることを考える代償』らしいですよ」
「なら戻ってくれば……」
「『帰るのにも代償は必要』らしいですよ。まあ、そんなこんなで気に入られて、手放せなくなったんですけどね」
本を持った手を開いて振るが、手から離れる様子はない。
「何故だ、死ぬのが怖くないのか……?」
「怖いですよ。だから少しでも生き残るために薬を作ったりしてるんですから。でも、彼らが死ぬのはもっと怖い」
その言葉の真意を見通せた人間はここにはいなかった。
誰もが友達を、仲間を失わない為の自己犠牲だと感じてしまった。
(無論、そんなつもりは一切無い。俺の描いた物語を、今度こそ終わらせてやりたい)
彼の思いはただ一つだけだった。
(その為には俺が邪魔だ。それに、死んだらこの先の物語を拝めなくなる)
こうしてテラスは動き始める。
全ては己の『物語』を完結させるために──
この世界のステータスは知っている人は少ないですが、別名を『存在証明機構』って言います。体力が『0』になった時点で『生命体』から『死体』に情報が変化するため、最大体力が少なくなることは忌避される出来事です。