異物は物語を進める
(この世界を見て回ったわけではないけど……この世界は俺の書いた小説に似すぎている)
外から聞こえる喧騒を感じながら、『この世界』について思考を巡らせる。
(ステータスの表示も俺の書いたものと同じだった。その最たるものが俺のステータスだ)
思い出すのは生命力10、魔力10と表記されていたステータス。
(ステータスをいちいち書くのが面倒だったから、コピペ用に作った初期ステータス。断定するわけではないが、仮定としてこの世界が『そうだった』としよう)
その前提を作ったとき、考えられることが一つある。
「──俺の『枠』は用意されていなかったということか」
自分の書いたものに比べて、ひとりだけ多い登場人物。
設定されていない初期ステータス。
ここまで状況がそろえばおのずと見えてきたものがそれだ。
ここは自分の書いた世界でありながら、自分が一番の異物であると──
「そんなこと言わないでください。きっと、何か理由があるんですよ!」
そう言って励まそうとするのは、最近ずっと傍に居続ける『創世教』の少女。
【聖女】であるユースティナだ。
「声に出てたか。べつに、絶望したりしてるわけじゃないんだ。ただ、こんな状況だと思考にふけるくらいしかできなくてね」
そう言って自分を検めれば、車椅子に座り身の回りの世話は他人任せな少年の姿だ。
「すみません。でもそれくらいしないとあなたの場合……」
「ああ、文句を言いたいんじゃないんだ。この『生命力』だと日常の中で死にかねないからでしょ? わかってる。ここまでしてくれてむしろ感謝してるくらいだよ」
言葉と共に、意識して笑みを向ける。
彼女も不安に感じているのだ。
何せこの『ステータス』は赤子と同じレベル。
ふとした拍子に転びでもすれば死にかねないのだ。
それが今の俺なのだ。
それを死なせないように言いつけられている彼女にとって、どれだけ負担がかかっているのか。
「体を動かせないのは暇だし、少し話さない? そうだね、この世界についてなんて、どう?」
「え、ええ。そのくらいでしたら……」
様々なことを質問して行く。
『スキル』や【魔法】についてや、どんな国があるのか。
どういった組織が存在するのか。どんな有名人がいるのか。
そう言ったものを聞いてゆくうちに、漠然としていた違和感が色濃くなってゆく。
(『冒険者ギルド』が存在するのはいい。それは俺の物語にもある。しかし、名のある『冒険者』に齟齬があるのは何故だ? まだ有名ではないだけか、それとも……)
まだ判断を下すのは早計だと結論を先送りにする。
(念のため、ただ似ている世界っていう可能性も考えておくか)
同行している彼女との会話でこの世界のことを調べながら、この世界で自分がどうするべきなのかを模索する。
もしもこの世界が自分の書いた世界であるならば、緩やかに破滅へと向かっているはずなのだから──
■
「俺の割り当てられた部屋がコレってのも……まあ、妥当か」
他の人達はが終わり、各々が生活するための宿舎に帰って行く中、自分に割り当てられた部屋を見て呟く。
白を基調とした装飾が目立ち、清涼感溢れる部屋は何処からどう見ても医務室であった。
「ここできれいな女性とかなら文句なし、だったんだがなぁ」
「ははは、すみませんね男で」
どこかおどけているのは、ルームシェアする相手である医務官である。
「少し安心しました。もっと精神的に参ってるかと思ってましたから」
そう言って微笑んだ医務官は表情を引き締めて告げる。
「追い打ちをかけるようですが、あなたは今、ものすごい死にやすいということを覚えていてください。生命力は赤子並みですが、身体は大人とそん色ない。ただ転ぶだけでも、死の危険は赤子よりも大きいということを、絶対に忘れないでください」
そこには医務官として死なせないための意志が籠っていた。
「ええ、もちろん」
(ごめんね、優しい医務官さん)
そう言って微笑む彼だが、心の中では謝罪を紡いでいた。
(もしこの世界が本当に俺の書いた世界なら、俺は異物。どこかで死なないといけないだろうから──)
■
「……おかしいな」
あれから数日が経った。
であるのにもかかわらず、彼も含めて召喚された者たちの状況は変わっていなかった。
「……世界の常識を学ばせるのはいい。だけど、それ以外での進行がない」
戦わせるにしても、何かを探させるにしても。
何らかの目標を達成させるために呼び出したのなら、それに付随する行動が起こされるはずなのだ。
それが全く見られないことに違和感を覚えているのだ。
「本来なら魔王討伐だが……いまだに何をさせるのか、決まっていないのか?」
ふとそんなことを思ったのは、召喚された当時に「目的は判明していない」と言っていたことを思い出したからだ。
(探りを入れてみる必要がある、か)
目の前に並ぶフラスコに薬液を注いで混ぜながら、そのためにはどうするべきか思考を巡らせる。
(この国にいる【創世教】の神官に『神託』を受けてくれと頼むか? 幸い、【聖女】は色々と気を回してくれてるが……いや、いろいろな意味で難しいな。もともと、『神託』での指示なのに目的がわかっていないんだ。それに頼るのは難しい)
フラスコを手に取り、くるくると揺らして攪拌する。
(どちらにせよ、こちらから行動を起こすのは難しい。環境が変わることを待ってみるしかない、のか……)
歯がゆさを感じながら、泡立ち始めた液体にほんのり輝く液体を混ぜる。
(……まるで液体がその者の心情を映す鏡のようであった──なんてな)
完成間近の『魔法薬』を眺める。
かき回され、泡立つ心を自覚しながら彼は小さく笑みを浮かべるのであった。
■
状況が動いたのはそれからさらに数日後のことであった。
「……すまない、少しいいだろうか」
質素な医務室に現れたのは──初日に一度だけみた国王であった。
「……ああ、そのままでよい。これは非公式の場だ」
驚いた様子の彼に、行動を起こす前に声をかけて、護衛と共に入室してくる。
その様子はどこか疲れたような、憔悴したようなオーラを感じてしまい、思わず問いかける。
「……なにかありましたか?」
「……わかるか。公式の場では気を張っているのだが、こういう場だとどうしてもな」
乾いた笑みを浮かべて言う国王だが、視線を定めずあたりを見渡している。
「……『魔法薬』か。作り始めたとは聞いていたが、なかなかの出来ではないか」
「ありがとうございます」
なかなかここに来た理由を話さない国王は、何かをためらっているようにも見える。
「……言いにくいことでもありますか。それが言うべきことであるならば、私は気にしません」
「君は、よく人の心がわかるな。ああ、とても言い辛いことなのだが……」
国王はとても言いずらそうに告げる。
「君には贄になってもらうかもしれない」
悲痛な表情で告げる国王は、どこにでもいる只の人間と変わらない脆さを抱えていた。
「贄とは、これまた穏やかでない。理由を聞いても?」
「ああ、そなたには聞く権利がある。この国には【代償の書】というものがあってだな」
簡単に言えば、代償を払うことによって軌跡を起こすという本があるらしく、この世界に【召喚】された理由を知るために問いかけたところ、求められた代償が【召喚された者】だということらしい。
「求めているのは、【召喚された者】であって、命を要求されているわけではないんですよね?」
「うむ、そうだが……」
「なら、一度やってみましょうか」
そう言って立ち上がると、何とも言えない表情を向ける国王。
「……いい、のか?」
「ええ、ただ俺も知りたいことがあります。それが終わったらでいいので、その本の使用許可をください」
「それくらいなら構わない。だが、生きて帰ってきてくれ……!」
そう願う国王を見て、この世界に付き合わされる形となった自分たちに申し訳なさを感じているのがわかる。
同時に、随分と甘さの残る王だとも思ってしまう。
「国王様、私が言うのもなんですが……あなたがわたしを選び、ここに来たのは間違いではない。国王として利用価値を考えるなら、これが最適な選択です」
だからこそ、そんな国王に語り掛ける。
【異世界人】『幕内 照』ではなく、ひとりの作者として。
──自分勝手に世界を描くものとして。
──世界を創造するものとして、慈愛を込めて。
「そして、わすれてはいけません。そこに多かれ少なかれ、犠牲が存在していたことを」
そこには怒りや蔑みはない。
彼も作者として、愛情をこめて作り上げたキャラクターをたくさん殺してきたのだ。
我が子のように愛を注いで作り上げたそれらを殺すのは苦しかった。
そんな彼だからこそ、どこかその気持ちも理解できた。
「……そう、か。そうだな。いいことを聞いた」
どこか意を決したように立ち上がる。
「名は」
「照と」
「では、テラスよ。此度は頼むぞ。実行は明日だ」
「御意に」
どこか芝居がかったように見えるのは、先ほどまで見せていた弱さゆえだろうか。
互いにあえてこう言ったやり取りをしたのは、ただの人から国王という立場の人間へと切り替えるため。
「弱者を前にするとその人間の本質が見えるというが……国王も人間というわけか」
閉じた扉を眺めながら、照は呟く。
そして自分を『弱者』と、自然に呼称してしまったことに弱く笑う。
「まあ、いい。これで物語は先に進む」
小さなナイフで軽く指先を切り、薬に着ける。
塞がる傷と生命力が1だけ減ったステータスを眺めて、彼は昏い笑みを浮かべるのであった。