その四
散々酒を飲んでから、また夜風のなかを徘徊するのが常であった。
酔い醒ましに川沿いの土手へ行き、月明かりの下でぐったりととぐろを巻くのが定番のコースだった。
土手に二人で腰を下ろし、世迷い言を繰り返す。
なんの為に生きているんだろう。ただオロオロしながら右往左往してずっと死ぬまで生き続けるのだろうかね。考えると気が重くなりますよね。
もっとシャキッとして格好よければ自信もつくのかなぁ…?
そうしたら可愛い女の子と上手く話せたりするのかなぁ…。
いやその前に授業でもバイトでもサクサク理解できてハキハキ発言できれば多分もう一寸違うんだろうけどもなぁ。
こんな調子でバブル崩壊後のリストラの嵐吹き荒れる不況の社会で生きていけるのでしょうかね…。
無理かも知れないですなぁ等と軽薄でありながらもなかなか深い悩みを答えも出せぬまま語り続けていた。
土手には野良猫が何匹も住んでいた。
私達は近寄ってくる社交的な茶虎模様の猫の背中を優しく撫でては土手に自生している猫じゃらしを引っこ抜いて戯れながら、現代の今日から思えばいささか暢気にしかし鬱々と日々世を儚んでいた。
S君の失踪する一月ほど前にも、この土手に来た。
S君は家から持ってきたカメラを取り出して、記念撮影をしよう等と酔いに任せて普段ならあり得ない提案をしてきたのだ。
不承不承カメラの前に私と茶虎猫と並び、タイマーをセットしたS君と揃って唯一の写真を撮った。
この間出来た写真を貰ったばかりだったのだ。
S君のお母さんに曖昧ながらも語りつつ、何か手がかりはなかろうかと探していた手がふっと止まった。
あまり使われた形跡のないS君のパソコンの横に浜田省吾のカセットテープが二つ重ねておいてあったのだ。
思えばS君はあまり音楽を聴くたちではなかったが、たまに聴くなかでは浜田省吾の切ないバラードと怒りを込めたロックが好きだった。
私は音楽に疎くて、そのサングラス姿のミュージシャンの事を知らなかった。
S君がウォークマンで聞いていた、すでに珍しくなりつつあったカセットテープに録音された悲しい曲を一緒に聴き、私もやるせなさに黄昏ていた。
いつか一緒に行ったレンタルCD屋で表紙だけ見た浜田省吾の姿を見て、一寸タモリとか井上陽水みたいですね、と言った時のS君の首を振り小さく笑った寂しげな笑顔が忘れられない。
内気で臆病なS君にできる訳はないが、できるならば、サングラスだけだろ、違うだろうがっと、声を大にして叫びたかったのかも知れない。
私の浜田省吾の音楽を聴く時間はこの辺りから始まり途切れ途切れに今へと続いている。
パソコンデスクにそっと置いてあるテープにはひょっとすると遺言とはいかなくも書き置きみたいなものでも入ってやしないかと、部屋にあったラジカセで再生してみた。
無言の部屋に、しんみりとした浜田省吾の声が悲しい旋律と共にただしみじみと響きわたる。
どうやら普通にCDから録音したものらしい。
あてが外れたなぁとテープを止めようとすると、待って下さい、そのまま流して下さい…、と言ってS君のお母さんは慌てて私を制止した。
それからしばらく浜田省吾の歌を聴きながら時々思い出したエピソードをお母さんに話しつつ虚しくS君の部屋を捜索したが、特に目ぼしい手がかりは何ら見つからなかった。
やがてカセットテープの再生が終わり、カチャッという音と共に元のまま、いや元よりももっと静かな寂しさが主なき部屋に満ちてきた。
昨日までを振り返りながら大体全て日々の私とS君のやり取りを、いささかかいつまみながらもS君のお母さんへ伝えて、ふと見るとS君のお母さんはうつ向いたまま幽かに嗚咽を漏らしていた。
あの子の性格でしょう?私には何も話してくれなかったから、そんな、そんな日常が有ったんですね…。
まるでS君が死んでしまったみたいなお母さんの嘆きは、いささか大袈裟だなと思いつつも私の胸をも苦しくさせた。