第3話:百人前のチャーハンを完食するのは普通ですよね?
「いやーしかし驚いたわい。まさかあの大木を軽々とな……」
「いえいえ、そんなに大それたことじゃないのであんまりお気になさらず」
俺が大木を移動したことで、道路が開かれた。
馬車はまた町に向かって走り出している。
「普通ではないですけれど、コージ様は凄い方ですから」
と、マリンが答える。
「そういえばマリンはなんで俺のことを凄いと思うんだ?」
「あの大木を動かすのは普通の人では無理ですので」
「それはそうなのかもしれないけど……」
マリンは俺が盗賊を全滅した時に『さすがはコージ様です!』と言っていた。何らかの根拠があると思っていたのだが。
俺の思っていることを察したのだろうか。
マリンは前後の文脈と噛み合わない言葉を口にする。
「……コージ様はとても忍耐強いお方です。どんな困難にも正面から立ち向かい、決して逃げることはない。だから実力を伴うのも自然というか……普通の人間と比較すれば普通じゃないとしか言えないのですが……」
要領を得ない説明ではあったが、言わんとしていることは伝わってきた。
でも、マリンの捉え方は根本的に間違っているところがある。
俺は忍耐強いんじゃない。ただ弱いだけだ。虐められていたことを誰かに相談しなかったのは、俺が強かったからじゃなく今の状況が変わることに恐怖したからだ。
何か行動を起こして状況がさらに悪化するくらいなら、現状を受け入れる。こんなのは強さじゃない。
「マリンは俺のことをそんな風に思ってたんだな……わかったよ」
宿の相場や消耗品を購入する場所などを聞いているうちに、馬車はついに町に到着した。門を入ってすぐのところで停車する。
「エリュシオンも随分と変わったのぅ」
馬車から降りたビエールが感慨深そうに言う。
どうやらこの町の名前はエリュシオンと言うようだ。まだ入り口ではあるが、町というよりかは都市と呼ぶのが相応しい気がする。
「ワシはこれからここの領主と会わねばならんからここまでしか連れていけんのじゃが……」
「いえいえ、十分すぎます! 本当に助かりました!」
「ふむ、しかしコージ殿は謙虚よのう」
「俺が謙虚……ですか?」
「うむ。力を持つ者はその力を誇示しようとする浅ましい心が嫌でも見えるのじゃが、コージ殿にはそれがないのじゃ」
そんなものなのだろうか?
俺は単に力を持つ者って部分がピンと来てないだけの気がするのだが。
「友好の印にこれを持っていくが良い。グリセルダ王国にいる限りは何かと便利なはずじゃ」
「はあ」
くれるというのだからもらっておいても損はないか。
ビエールから金色のバッジを受け取った。バッジには剣と杖の印が刻まれている。
「じゃあ、達者にするんじゃぞ!」
そう言ってビエールが馬車に乗り込む。
俺たちは馬車の姿が見えなくなるまで手を振った。
「宿を探したいけど……その前にギルドだな」
金がなくては宿に泊まることもできない。周りの評価によると、どうやら俺はそこそこ強いらしいので、簡単なクエストならこなせるだろう。
「我はお腹が減った」
シロナが弱った様子で訴える。
「いや、でも金ないとご飯も食べられないからな。気持ちはわかるが先に何かクエストをこなして……」
と言いかけるや否や、シロナが向こうを指さす。
その方向には、一軒の中華料理屋があった。なぜ中世ヨーロッパ風異世界に中華料理屋があるので目立っているが、そんなこともあるのだろう。
「いや、だからだな……金がないと食べられないだろ?」
「お金なくても食べられる」
無銭飲食でもする気だろうか。異世界にきて早々犯罪者になるのは御免被りたいのだが。
「コージ、ちょっとちょっと! タダで食べられるわよ!」
店の前をジッと見ていたルビアが嬉しそうに大声を上げる。
「そんなわけがないだろ……ほらここに値段が……ん?」
『大食いチャレンジ! 三時間以内に四人でチャーハンを食べきれたら金貨十枚差し上げます!』
ふむ、フードファイトなら確かにタダで食べられるが……。
「食べてお金もらえるなんて最高じゃない! 何も迷う必要はないわ。行きましょう!」
「待て待て、その下に小さく『失敗したら金貨一枚をお支払いいただきます』って書いてあるだろ!」
「今ならなんでもできる気がするわ!」
ルビアはキリっとかっこよさ気に主張する。
「マリンはこんなことしないよな? 無茶だと思うよな!?」
「私も無茶だとは思います」
「だよな!」
大食いチャレンジなんて特殊な胃袋が無きゃ無理なんだ。誰でもできたら商売にならないんだから。
「でも、金貨十枚は魅力的です。冒険者ギルドに登録すればクエストを斡旋してもらえますが、その前に入会料と入会試験の受験料が必要なんです。なので、これは必要なことで……じゅる」
こいつもダメだ! もっともらしいことを言っているが、よだれを垂らしている!
食欲に負けそうになっている!
「その辺のお金は多分借りられるだろ! いいから行くぞ!」
俺は女神を無視してギルドに向かおうとする。すると、三人の女神を俺の前に立ちふさがった。
「コージよ、我はの……チャーハンが食べたいから挑戦しようというのではないのじゃ、腹が減っては戦ができぬというからじゃの……」
「戦なんてしてねえから!」
「私だってね、好きでフードファイトなんてしようってんじゃないのよ。これからの生活を総合的に考えてこれがベストだと思ったのよ」
「お前の脳みそを総合的に判断した方が良さそうだよな!」
「私はその……お腹が減ってつい……」
「正直すぎだろ……」
はー……しかしチャーハンか。美味そうだよな……。
きゅるきゅる……。
ま、払えなくても殺されることはないだろ!
もしダメなら皿洗いでもなんでもして……。
「よし、わかった。行こう」
俺は食欲に負けた。
◇
中華料理屋の中は比較的空いていた。昼時はとっくに過ぎていて、夕食には早すぎるという微妙な時間だったからだろう。
俺たちが四人掛けの席に座ると、店員の男が注文を取りに来た。
「へいお客さん、ご注文はいかがなさいますかね?」
筋骨隆々のまるで冒険者のような見た目をした店員。かがんでいるが、居るだけでかなりの威圧感がある。よく見れば左胸に名札があり、店主と書いてある。
「大食いチャレンジに挑戦したいんだけど!」
ルビアが宣言する。
店主はほぅと俺たちを舐めるように見ると、
「……大食いチャレンジは久しぶりだな。自信があるんだな?」
「もちろんよ!」
店主はスッと立ち上がると、大声で厨房に叫んだ。
「おっしお前ら、チャレンジが来たぞ! ニ十分でお届けしろ!」
「「「「「うぃーっっっす」」」」」
元気よく返事をする若者らしい男たちの声。
店主は厨房に行った。
それからニ十分後。
大きなワゴンに乗せて運んできたのは、どう考えても大きすぎる皿。人が乗ってしまいそうなほど大きな皿には、一杯にチャーハンが詰まっている。
……これを食うのか? いや、無理だろ……。
勝負する前からギブアップしたいのだが、女神たちは目をらんらんとさせて大喜びだ。
もしかしたらこいつらには自信があるのか?
「チャーハン百人前だ。ようし、今から開始するぞ!」
店主が砂時計をひっくり返す。大食いチャレンジがスタートした。
「来たわね、チャーハン! 私が全部食べちゃうから!」
この店のルールでは、四人で協力して一皿を食べきることが勝利の条件だ。
俺たちには一人ずつ小皿が配られ、それぞれが食べていく。
小皿と言っても大皿と比較しての話だ。
大きなどんぶり茶碗を小皿と呼んでいる。
「私だって負けていられません!」
「我はチャーハンごときに負けぬ……」
ガツガツ、ガツガツと美味そうに食べていく女神たち。
本当に全部食べ切るつもりなのだろうか?
あっという間にどんぶり一杯を食べたルビアがお代わりする。
「あら、コージはまだ食べてないの? ボサっとしてるとなくなっちゃうわよ?」
余裕しゃくしゃくの表情だ。
マリンとシロナも続いてお代わりしていく。
このまま鬼のような量を減らしていってくれると助かる。
俺もそろそろ食べるとしよう。まずはスプーンで少しだけ掬って一口。
「これは美味いな」
一口食べただけでもわかる。このチャーハンは美味い。
ご飯はパラパラ。しっかりと味がついているのにしつこいという感じはなく、ちょうどいい。不味いチャーハン独特の臭みもなく、日本でもなかなか食べられない味だ。食に関してが不安だったのだが、心配は無用だったらしい。
スプーンが次へ次へと進む。
ああ、美味い。
――スキル【大食戦士】を獲得しました。
――スキル【大食戦士】が使用可能になりました。
またこの声だ。いったいこれはなんなんだろう?
俺が一人でチャーハンを楽しんでいる間にも、三人の女神は食べ続けている。
しかし最初の勢いはなくなっていた。
「おえっぷ……ね、ねえマリン? 私の分のおかわりちょっと多くない?」
「そんなことありませんわよ? 気のせいじゃなくって?」
「我もちょっとこれは多いと思うのじゃが……」
女神たちは限界に達していた。
どんぶり三杯。確かに普通の昼食なら大食いなのだが、目の前の大皿は一角を崩したに過ぎない。
三人で九人分。俺が食べている分と合わせてやっと十分の一だ。
女神の様子を見ていると、食べきれる気がまったくしない。
「ねえ、コージ? 私ね、もう十分頑張ったと思うの」
俺が三杯目のチャーハンを食べていると、ルビアが弱音を吐いた。
「まだ四杯目じゃないか。女神はその程度しか食べられないのか?」
「それは……そんなことはないわ!」
ルビアは少しだけ補充して食べ始める……が、すぐに手が止まってしまう。
目の前のチャーハンが怖いのか、涙を流していた。
「コージはなぜまだ食べられるのじゃ?」
「うん?」
俺は五杯目のチャーハンを食べていた。美味しいのでどんどんスプーンのペースが加速していっている気がする。
「美味いからじゃないかな」
「ありえぬ……身体の体積よりもチャーハンの方が多いのじゃから、こんなの最初から無理な挑戦のはずじゃ……なぜ」
言われてみれば確かにそうだな。五杯も食べれば俺の胃袋は満タンになっていないとおかしい。
でも、俺は苦しまずに食べることができている。
「まさか……【大食戦士】の素質があるのかしら!?」
十杯目のチャーハンを流し込む俺の隣で、驚愕するマリン。
「【大食戦士】とはなんじゃ? 聞いたことがないの」
「ユニークスキルのようなもので、その能力は食べたものを即時にエネルギーへと変換し、魔力として貯蓄することができるんです」
「フードファイトと合わせると悪魔のようなスキルじゃの」
俺は次から次へとチャーハンを流し込み、すでに半分以上を平らげていた。
【大食戦士】……俺がさっき聞いた声と同じだ。今スキルを獲得したということか?
さっきから俺が何杯も食べられているのはこのスキルのおかげだったということか。
「でもこの大食いチャレンジだが、そのスキルを持ってることが前提としか思えないな」
後ろで見守っていた店主に聞こえるように言った。
「うむ、いかにも。しかしな【大食戦士】が魔力に変換できる量にも各々の制限があるのだ。そろそろ一人では限界がきてもいいはずなのだが……どういうことなんだ?」
店主は少し狼狽していた。
俺はそうこうしている間にも、七割を完食。
少し腹が苦しくなってきた。
「ちょ、ちょっと大丈夫なの!? ペース落ちてない!?」
ルビアが他人事のように心配してくる。
「心配するならチャーハンを食え」
「……それはごもっともね」
反省したのか、少しチャーハンを小皿に取るルビア。
俺の限界は近い。……でも、ここで諦めたら金貨一枚を払わなければならない。
俺たちは金を持っていない。
なら、食べきるしかないんだ!
俺は無心でチャーハンを食べる。
食べる。食べる。食べる。食べる。食べる。
もう味なんてわからない。最初は美味しかったチャーハンも、こんなに食べるとただの物体だ。
時々水を飲んでチャーハンを胃に流す。
「あと一皿分……俺が……もう少し頑張れば……!」
くっ……! 手が震える。
絶対に食べきれない。この四分の一ならまだしも、一杯が重い。
くそ! ここで諦めたら終わりじゃないか! 今までの努力が全部パアだ!
「なに一人でカッコつけてるのよ。私たち、仲間でしょ?」
ルビアがちょうど四分の一くらいのチャーハンを攫っていく。
「私だって、コージ様だけに任せてはおけません」
マリンが四分の一を攫う。
「我はもう限界じゃから後はみんなで……ってのは冗談じゃ! 食べる、食べるから!」
俺の睨みが効いたのか、シロナも自発的に四分の一を攫う。
あとほんのちょっと。
まったく、普段は使えない女神だが、ちょっとは見直したぞ。
そしてついに――完食。
大皿には米粒一つ残っていない。完璧なフードファイトだった。
「……まさかクリア者が出るとはな……これはたまげた! おめでとう」
店主もめちゃくちゃ驚いているようだ。
しかし『謙虚』な俺はどうにも凄いという実感がないな。一応確認しておくか。
「えーと、これってそんなに凄いことなんですかね? ふつ――」
「「「普通じゃないから!」」」
俺が言う前に、女神が教えてくれた。
ふむふむ、普通じゃないなら頑張った甲斐があるというものだな。