命の順位
コルドラ村の麓の谷間まで数日の時間をかけてやっとたどり着いた。
ここまで何とか一人の死傷者も出さず全員で来る事が出来た。
多少の怪我人は出たものの、シアーの回復魔法ですぐに元通りにしてしまった。
「貴女ほどの回復魔法の使い手をこのような場所に置いておくのはもったいないな」
王宮お抱えの回復魔法の使い手よりも数段上手の彼女を絶賛するが
「こんな場所だから回復魔法も上達していくのよ」
冗談が上手なんだからとさらりとかわすシアー本人は間違っても癒し系のタイプではない。
「この先を上った所に目的のコルドラ村があるんだけど、ここまでくればどれだけヤバい場所か判るでしょ?
ここから先は回復魔法も追いつかないし、私達も自分優先するから死ぬ事も覚悟して。
正直貴方達をここから先に連れて行きたくないわ。
はっきり言わせてもらうと貴方達は弱い。
想像した以上に弱いわ。
ここまで来るのに一人でたどり着けない程度だから、この先に進めたくない。
だけど貴方達にはどうしても行かなくてはならない理由があるのでしょ?」
今まで気の良いねーちゃんなんてかんじでやり取りしてたから、突如ここまで突っぱねた口調になった彼女にみんな戸惑いを感じているが、この先に行かなくてはいけない理由を思い出してか誰もが顔を引き締めて黙って頷いた。
「ここで私は一つの残酷な選択を要求させてもらうわ。
命と言う物はすべからく等しい物ではない。
優先する命がある事を。
だから今すぐここで優先すべき命を教えて。
最低限その命を私とエンバーが守りきる事を約束するわ」
自分の命は守りきる事は出来ると思うが、もう一人ぐらいなら守りきれる……コルドラ村からの気配はあと一人が限界だなと考えている間に
「ならばクローム様とクレイ様の命を!」
迷いなく言ったのはセイジだった。
とてもこの探索に参加させるには一番ふさわしくない人物だったが、一瞬誰もが浮かべた自分の命を口にする前にセイジは二人の名前を口にした。
「我々の代わりはいくらでもいます。
散るべき時に散らずに今まで燻った命。
だけどクローム様とクレイ様の命は尊い王族の血を流しております。
どうか、任務の成功より何としても二人を必ず王都へと連れ戻してください」
すがるような視線でシアーを見上げていた。
戦闘向きではない彼は今も足が震え、ここに来るまで一番怪我をしたのも彼だ。
だけど、この中で一番優先されるべき命を指名したセイジは平民にとっても王家より下ってくれたお二方は希望そのものなのですと言う説明に
「判ったわ。
何があってもクロームとクレイを王都に連れ戻す事、紅緋の翼の名に懸けて約束しましょう」
出来ない約束なんてするもんじゃない。
だけどしなくてはいけない約束と言う物もある。
場が悪ければ総てを置いてでも逃げ出さなくてはいけない場合、自分の命をかけても守らなくてはいけない存在。
これは一つの意地だろうと思うも、だけど失ってはいけない命というものは確かにあって、彼ら二人を生き伸ばすために雌黄の剣はここまで着いて着たのだ。
代わりとなる命としては少ないかもしれない。
代わりになるという考えすらおこがましいかもしれない。
けど、背負うにしては重い命。
それを彼、セイジ・ドミーは選んだのだ。
命を懸けて守るべき存在に忠誠を捧げるべき人物を見つけた時、この命は自分の物だけではない事を。
セイジの決断に宙をさまよっていた他の雌黄の人達の目も二人の後姿を見て小さく頷く中、一人の男が手を上げた。
「後、もう一人可能なら、セイジをどうか守ってください」
ぽつりと呟いた声にセイジは声の発生源の方へと勢いよく振り向く。
何を言っているのだと言う目は明らかで、これがセイジの意志とは全く別の所に在るのは見ていた俺とシアーでさえ分かる光景だった。
「セイジは今後もクローム様とクレイ様にとって必要となる方となります」
「我々のような手足はいくらでも替えがおりましょう」
「ですが、セイジの様な頭脳は我々ほどの替えはおりません」
「我々のような手足を探すよりセイジの頭脳を探す方が困難を極めましょう」
「セイジは必ずやクローム様とクレイ様の役に立ちます」
「かけがえのないと言うより代わりのない存在なのでどうか余力があればセイジもお守りください」
「我々より連れて帰る意味のある命です」
「我々はクローム様とクレイ様の命を選ぶよりも自分の名前を口にしようとした……
騎士の精神を穢してしまう前に彼は騎士でもないのに、我々の誇りを守ってくれました」
「彼こそがクローム様とクレイ様の騎士です」
話し合いをしているわけでもなかったのにいつの間にか意見が一致していた言葉にセイジは狼狽えるだけ。
平民出身で、王宮勤めの時は一番下っ端の雑用係で、家族の多さに生活は何時もぎりぎりのせいか身なりはいつも着古された者ばかりの垢ぬけないただの文官だった青年は自分にそんな価値なんてと狼狽えているのを俺もシアーもどこか微笑ましく眺めてしまい
「余力があればだ。
王族の二人はともかくセイジには悪いがあんたはおまけ程度に守らせてもらう。
悪いがこれから行く所はそう言う所だって言う事で割り切って欲しい」
全員の顔を見回せば、誰もが静かに頷いて承諾した。
これから行く所は生きては帰れないそう言う場所だ。
遅からず全員が認知をせざる場所へと赴く事を理解できた瞬間だった。
誰もが武器を抜いて道なき先を見る。
恐怖に顔が歪むのを隠す事すらできない。
だけど口先だけは大丈夫だと言う様に、そして恐怖を誤魔化すようにこの任務から帰ってからの約束をする。
行きつけの店の一番高い酒をおごってやる
帰ったら恋人に結婚を申し込む
田舎に帰って仕事を継ぐ
どれだけフラグを立てるつもりか知らないが、誰もが希望を口に出す。
そして俺達の存在に気付いた魔物の、魔物の巣となったこの森で育ったせいかやたらと巨大化したその姿に雌黄の剣だけでではなく俺も息を飲んでしまう。
「気をつけなよ。
ここから先は人間が踏み込んではいけない世界だ」
シアーの言葉に誰もが頷く事も出来ずにその通りだと認めるしかないそのおびただしい異界となった世界に向かって俺達は駆け出すのだった。