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始まりの剣  作者: 雪那 由多
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彼女にまつわるエトセトラ

 クロームと俺でしんがりを務め、シアーの隣にはアジトでメンバー分けをしていた細身の男、セイジ・ドミーが手早くマッピングをしながら遅れる事無く歩いていた。

 時折何か話をしていたが、シアーが嫌がる所が見えないのでただ世間話しをしているわけではなさそうだ。

 途中現われる低級の魔物であればシアーの弓が一発で仕留め、複数いれば彼女は武器を持ち替え瞬く間に二刀流の剣捌きで瞬殺してくれる。

 俺も雌黄の剣も今の所まったく役に立つどころかずっとお客様状態だった。


「シアーはまた腕を上げたなぁ」


そう言わずにはいられない剣術にクロームも唸りながら


「あれがSSクラス。

 桁外れな強さだな」

「魔術を使って本気だせばもっと凄いよ?」

「さすがこの森で一人で生きているだけはある」

「まー、シアーもああ見えていい感じにぶっ壊れてるから。

 人の中で生きてけない以上この環境に適応するしかないさ」

「ぶっ壊れてる?」

「あの人魔物相手にしか濡れない人。

 発情したら見境なく襲ってくるから全力で逃げろよ」

「いや……あれ?

 これはもう少し詳しく聞いてもいい事だろうか?」

「魔物の血で欲情して、近くにいる男を捕まえて適当な所で事に及ぼうとする性癖。

 獣暴の乱の時暴走したのは魔物だけじゃない事は知ってるだろ?

 乱の時に魔物に襲われて、でも数人の偶然居合わせた男達と生き延びて、恐怖の発散の方法の一つとしてそれ以来狂ってるって言う噂。

 本当の事は知らないけどね。

 だもんで、ガーネットが男共を食い荒らす位ならここで仕事しろと言う名目で島流ししてるんだよ。

 だからあんたらも気を付けろよ、って言う設定」


「設定……とは?」


 長い間思考を止めて目を点にして一体どういう意味だと俺とクロームの会話を聞いていた数人の連中も振り返って俺を見るも、ただ苦笑して


「女一人こんな所で暮している理由と虫除けじゃないが、こんな身の上の女を抱きたい男なんて物好きなんていないだろ?」

「まぁ、遠慮はしたい……かな」


言えば俺は少しだけ怖気づいた男達を見て


「大体シアーは暴獣の乱以降立ち上がった紅緋の翼に入隊したんだ。

 どこの生まれかも本名はもちろん年齢も誰も知らない……まぁ、それはお互い様だ。

 ただ、ガーネットが連れて来た時シアーの魔力はほぼ枯渇していて意識もなく、真っ白なシーツを血で染めて、誰のか判らない……多分女だろうな。下半身だけもおまけに着いて来たんだ。

 ガーネットもシアーも当然そのいきさつは話さないし、いくら紅緋でもそんな血なまぐさい女なんて御免だね」


 上半身はどうなったんだろうな?下半身は誰のモノなのか?

 そんな誰も口に出して問えない秘密を抱える彼女をガーネットはこの森に放つ事でシアーに対する恐れを殺いでいた。


「まぁ、普段は気のいいねーちゃんなんだけどな。

 ガーネットがギルマスって言う時点で何でまともな奴が一緒に居られるんだって話だよな」


 そうなると俺もかなりぶっ壊れている事となり、認めたくない事だと俺だけはまだまともだと主張しておくが、16歳でSSクラスって言う時点でもう駄目だろと言われいる。

 俺程度ならざらにいるだろうと言うも、SクラスとSSクラスの差は天と地ほどの差があると言うのをそろそろ気付けと周囲から言われているが今一つその差はよくわからない。

 そこがお前がSSクラスと言われる所以だと周囲は頭が痛そうに俺に説明する紅緋の永遠のナンバー2と言われるウード・ウーヴェ副隊長でさえSクラスだ。

 気づいてくれたらナンバー2の座を譲れるのになと言うのだが、それを譲られるぐらいなら俺は気づかないままでいいと本気で思っている。

 名義上のナンバー2のウードと実力上のナンバー2のシアーはお互いガーネットのおもちゃ兼お守り役をお互いに押し付け合っている状況の為に周囲は和やかにこの譲り合いを見守ってくれている。

 ガーネットのおもちゃとお守り何て死んでもごめんだ。

 そんなシアーのかなり酷い自己紹介を勝手に話を盛りながら話していれば夕日が沈む前に本日の休憩の場に辿り着いた。

 見上げるほどの巨木群が立ち並び大きく枝葉を広げ、重たく垂れ下がった枝を利用するように作られた小屋のような仮住まいの場所にシアーは案内してくれた。


「悪いけどベットとかテーブルと椅子もないけど、とりあえず火は使いやすいように竃はあるよ。

 水は欲しけりゃ言ってね。

 って聞くよりもエンバー悪いけどそこの井戸をちょっと火で燃やして!

 あんまり使ってなかったから消毒したいから!」


そこの井戸と言われてエンバーは石垣に板を置いてある井戸を見付けて、井戸の中を覗き込む。

見事な枯れ井戸だった。

喉が渇いていただろう雌黄の一行は口には出さない物の誰もが期待を裏切られた顔をしていたのを俺は見逃さなかった。


「水はないんだけど」


前に来た時は水鏡のように澄んだ水が蓄えられていた井戸を思い出して俺も溜息を零してしまうが


「何言ってるのよ。

 もともとそれ井戸風に作ってあるけどただの水瓶よ?

 水を入れるから早く炎で焼いちゃって」

「はあ?井戸風って……」


シアーは食事の準備をするためにどこからか取り出した木の板を切り株の上に並べて机のようにして食材の調理をしている。

 雌黄の人達も目の前に出された森の恵みの新鮮な野菜を前に料理の手伝いを積極的に参加していたが、さすがにシアーの言葉にその手を止めていた。


「水場が出来たら魔物の産卵場になるでしょ?

 それを避ける為に井戸何て掘れるわけないじゃん。めんどくさいし。

 あんた達も砂漠を通って来たから全身砂まみれで顔ぐらい洗いたいでしょ?

 ここからだと見えないから汗ぐらい流しても構わないわよ」


シアーの言葉に未だに意味が判らないと言う面々に


「火で焼いたら水魔法で水を貯めるから早くやっちゃって」


驚きの面々でシアーを見つめ


「水魔法、使えるのか?」


恐る恐ると言うようにクロームが尋ねる。


「まあね。旅に水筒を用意しなくてもいい程度には使えるわよ」


トントンと王都では見ない謎の野菜と謎の干し肉をいつの間にか用意していた鍋に放り込んで湯がいて行く器用な手先を休みなく働かせるシアーの背中を眺めながらクロームを井戸風の水瓶を隠すように作られた掘立小屋に押し込めて


「それがシアーの謎の所だ。

 少なくとも水魔法が使える時点でロンサールの人間じゃあない。

 見ての通り魔法が使える。魔法が使えない東側の人間ではない。

 これで彼女の生まれはいくつかが除外された、それだけの事だ。

 ギルドの人間に過去を根掘り葉掘り聞くのはマナー違反だぜ?」


 そう言ってクロームの見ている目の前で井戸を焼けば、雑草も焼かれ、小さな生き物達が底へと落ちて行くのが見えた。

 少し石が赤く焼きただれてしまったのは、まあご愛嬌と言う物だろうか?

 でもそれは何もこれが初めてではないと言うように炎で明るく照明代わりになった場所が映し出す光景は何度も焼かれて積み重なった石が溶けて一つの巨大な瓶の様な物になっている物だった。

これを繰り返して行けばやがていつか大きな瓶が出来るのかな?などと瓶の作り方は知らないが、多分間違った作成方法だろうし、その前に石が溶けきってなくなってしまう。

 そうなった時はどうするのだろうかとどうでもいい事を考えていればシアーが出来た?とのんびりした声で掘立小屋に現れた。


「ありゃー、これまた徹底的に焼いてくれちゃったわねぇ。

 まあ、いいか。じゃあ水張るねー」


言いながら、まだ熱を孕む井戸の中に細い腕を伸ばせる限り伸ばして


『我求めるは清き水。

 大気に漂いし水精よ、ここに集い、満ちよ』


 シアーの呪文に彼女の手に水がまとわりついた途端、それは一気に量を増し、瞬く間に井戸を満たす水は溢れだし、燃やした草や小さな生き物を井戸から水の勢いで押し出して俺達の足元を洗い流して行った。

 

「こんなトリックだったとは」

「水魔法が使えないロンサール人って本当に不便よね。

 桶はここに在るから、火魔法で適当に水を温めて使ってね」

「感謝する」


 クロームのどこか言葉の少ない謝辞にシアーは小さく苦笑。


「いくら身体を綺麗にする魔法があっても、身体をちゃんと洗わないとこの体中に砂がまとわりついているあの感覚って取れないから」


 感覚の問題だ。

 魔法で幾ら綺麗になるとは言っても、砂埃の中を通ってきてそれだけで綺麗になるとは納得しきれない何かがある。

 特にクロームの様な王族として豊かな水で身体を清めてきた人間にとったら魔法で綺麗にするだけでは割り切れない物があるだろう。

 それだけの問題なのだが、それはやがて心の中に滓の様につもっていく。

 何かがあるわけでもないが、つもりにつもった滓はやがて時間をかけて心を壊していく毒に変って行く。


 魔法は万能ではない。

 魔力が無ければ魔法は決して応えてくれない。

 少し役に立つ程度と思って付き合うように。


 ガーネットの言葉だ。 


 生憎俺はそんな状況にまで追い込まれた事はないが、討伐の時に何度か魔力切れを起こした隙に魔物に屈してしまった仲間を見てきた。

 魔力の配分と持ち量には常に気を付けながら何とか生き残ったと言うのが今のメンバーだろうか。


 シアーは既に掘立小屋から出て食事の準備に戻って行った。

 俺とクロームととりあえず服を脱いで程よく温かくした水を頭からかぶればシアーの言葉にも納得する。

 魔物の森なのに水浴びが出るのかなんて驚いているクロームを急かしながら体を乾かして新しい下服に替える。

 次のタイミングなんてわからない。

 だけど折角綺麗にしたのだ。何もまた砂まみれの服を着る必要がないと新しい物に変えればクロームもこんな俺を見て誰かを呼んで新しい服を用意してもらっていた。

 この様子できっとこの水浴びに続く人はみんな衣類を新しくするのだろうと心の中でこそっと笑いながら料理を作っている人と変る為に一足早く掘立小屋を出るのだった。



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